NASCARの初歩的(?)なお話 3 レース編

 車とエンジンを理解したらレースを見てみないことには始まりません。今回はレースについての基本的な話、キーワード的なものを、たまに脱線しながら見ていきます。モータースポーツ好きの人なら見慣れているであろうF1、SUPER GTなどのレースと比較しつつ話を進めるため、こうしたレースを便宜上『日欧のレース』と呼びます。

・基本的なレースフォーマット

 カップシリーズは最大出走台数が40台で、これを超えると予選落ちが発生します。と言っても40台以上集まることは今の景気ではほとんど無く、開幕戦にして最大のイベントであるデイトナ500だけは多くの台数が集まるので、決勝進出を賭けた予選レースの戦いも白熱します。
 そのデイトナ500だけは予選制度が特別で、練習走行→予選→予選レース→決勝、という組み立てになっていますが、他のレースは普通の 練習走行→予選→決勝 の方式です。2020年の途中からは感染症対策としてできるだけ大会を小さく、滞在時間の短い運用とするために練習走行も予選も行わずにいきなり決勝だけ走る、という方式が定着しました。
 2022年から練習走行も予選も復活。年間を通して同じ規則で運用するのが日欧のレースの常識ですが、NASCARはレーストラックによっていくつかのパターンに分類されていて話が複雑です。基本的には

ランキングで2つのグループに分けてグループごとに練習走行→予選Q1(1台ずつアタック)→上位のドライバーがQ2に進出→予選Q2(1台ずつアタック)→スタート順位決定

という予選制度です。シリーズ順位でグループ分けするあたりは少しフォーミュラEと似ていますが、感染症対策とコスト面から練習や予選だけで1日を費やすことはせずに、練習と予選を短時間で1セットにしてしまいます。こうすることでテレビ放映でも見てもらいやすいような設計です。
 決勝レースは毎戦レース時間が3時間になるような長距離レース。1人のドライバーで走りますから体力がかなり必要です。たとえば、日曜日にレースを終えると月曜日には拠点へ。火曜、水曜あたりは休んでも、金曜日には次の開催地へ移動してもう次のレースが控えています。人気者ほどこの間の平日にはスポンサー関係の仕事や病院などの施設訪問もあったりして、これを休みなく2月から11月まで続けていくことになります。今はそうそうあちこち顔を出すのは難しい時代ですが、正常な世の中だと非常に多忙です。

・車検

 レースには車検がつきものです。NASCARの車検では、かつては『テンプレート』という定規のようなものが使われ、定規を当てて隙間や出っ張りがないかを調べていました。
かつてのテンプレート車検の様子

 これが近代化されてレーザーによる車検制度になったんですが、一部は正確に測定できないために手作業の計測も併用されています。とりわけこのレーザー計測には多少の測定誤差があり、誤差があるということは運営側は一定の許容範囲をもっていると考えられます。
 許容範囲があるということは、言い換えるとその範囲でならちょっと飛び出して作っても誤差として許してもらえるかもしれないので、チーム側は少しでも利益を得ようと攻められる箇所を探します。運営側は「誤差がプラスマイナスいくらです」と自分から言うと誤差分の違反をチームに認めてしまうことになるので言えませんから、チーム側も「ちゃんと作ってます」という建前で車検の穴を探りに行きます。結果、予選やレース前の車検で違反するケースが異様に多いです。
 1回の違反で修正された場合は許されますが、2回以上ひっかかると最後尾スタートや罰金のペナルティーを受けてしまいます。また、エンジンやトランスミッションの交換も最後尾スタートのペナルティー。他カテゴリーと比べて予選順位通りスタートしないことはかなり多いです。

・スタート

 決勝レースのスタートに至る手順は日欧のレースと似ていたり違ったりします。ピットから発進した車両は日欧のフォーメーション ラップに該当するパレード ラップに入ります。フォーメーションは普通1周ですが、NASCARのパレードはレース毎に周回数がバラバラです。
 日欧のレースでは路面に水が残っている際などに『セーフティーカー スタート』という手順が採用され、隊列走行のままレースがスタートして路面状況の好転を待ちつつ周回数を重ねることがあります。NASCARでも稀にこういう状況がありますが、基本的にはレースができるようになるまで延々とパレード周回を続けます。パレードの周回数が具体的に定まっていないためにできる荒業で、周回数は一切進みません。
 先導するペース カーをゲストの人が運転したり、引退するドライバーの地元レースだと一時的に隊列の先頭に出てもらってお客さんに見せたりと、日欧ならやらないであろう演出が行われることもあります。また、予選後の違反やエンジン交換などで降格ペナルティーを受けた人がいた場合、まずパレードの段階では予選順位の位置から並んでスタートして、スタート前本来のスタート順位へと降格します。

 スタートは2列の隊列で行われ、予選で1位の人が内側か外側か選び、2位以降は順番に並んでいきます。1位の人が内を選んだら2位は1列目の外、3位は2列目の内、となります。ただ、ペナルティーを受けた人がいた場合には、それが1位の場合以外は空いた場所をそのまま前に詰めます。
 1位の人が降格する場合、全員が繰り上がって2位の人にレーン選択権が与えられるだけなのであまり影響はありませんが、たとえば3位が降格すると奇数列の人が前に詰めるので事実上5位の人が3位になります。同じ列の人がやたら降格処分を受けると、予選順位と全然違う位置からスタートしていることが稀にあります。
 スタート/フィニッシュ ラインの上にいるマーシャルがグリーン フラッグを振ったらレース開始。2位の人はスタート/フィニッシュを通過するまでは追い越しは認められません。基本的には以降の人もスタート/フィニッシュ通過まで追い越しは禁止、ラインの変更も禁止ですが、滑った、出遅れた、前に詰まった、ということは40台もいれば起きるので横の人を抜いてしまうぐらいは問題ありません。ラインは変えれないので前の人は抜けません。



・基本的なレースの流れ

 レースは基本的にはどんなレースでも同じですのでそれ自体に特殊なものはありません。スタートしたらタイヤ摩耗や無用な争い、事故に気を付けつつ走行して順位を争います。燃費的にどうやっても最低2回、実際にはもっと多くの回数の給油が必要ですし、燃料が足りてもタイヤがもたないこともあるのでピットストップの回数が非常に多いです。耐久レースと考えれば当然ですが、F1やGTからするととんでもなく多く感じます。戦略も駆使してレースを組み立てます。タイヤの供給セット数にはレース毎に規定されていますが、ピット回数が増えると「もう新品タイヤの在庫が無い」なんてことも稀にあります。
 途中、『ステージ順位』も気にしてポイントを稼ぎながら最終的な順位を争います。当然最大の目標は優勝ですが、勝てなくてもポイントを稼ぐ、順位を上げられなくても周回遅れにならないように踏ん張る、などそれぞれにある程度目標があります。中堅チームなら15位あたり、下位チームならがんばって20位あたり、など各々の目標があるでしょう。
 NASCARには周回遅れになっても取り戻せる仕組みがいくつかあるので、序盤で故障や貰い事故に遭って周回遅れになっても諦めるのは早く、数周遅れからの優勝ということも起こりえます。と、よくわからない単語が色々と出てきたところで、細かく見て行きます。

・ステージ制レース

 NASCARの決勝レースの特徴がステージ制レースです。2017年から導入されたこの制度、決勝レースをさらにその中で『ステージ』と呼ばれる区切りに分けてしまうもので、レースの中だるみを無くして視聴者数を確保するための取り組みです。例えば267周の決勝レースを
ステージ1=80周
ステージ2=85周
ファイナル ステージ=102周
といった感じに分けます。レース途中、この周回に到達するとステージ終了となり、強制的にコーションが出てレースは一時中断、ここでステージの上位10人にはポイントが与えられます。
 ステージ終了の際には緑と白の格子柄の旗『グリーン ホワイト チェッカー』が振られます。グリーンホワイトチェッカーを受けた人はその時点で順位凍結、10位の人までが通過した段階で、トラック全域がコーション扱いとなります。
 最終的なレースの結果はもちろんファイナルステージを終えてチェッカード フラッグを受けた結果ですが、レース途中でもポイントが獲得できるのでレースの設定内容によっては『最終順位を狙いに行くか、ステージでのポイントも狙った勝負をするか』といった駆け引きが生まれます。レースの中だるみを無くして視聴者を引き付ける経営戦略です。
 また、これによってま~~~~~~ったく何も起きないレースであっても必ず休憩時間がありますから、テレビ放送ではここをコマーシャルの時間にすることができ、お客さんは軽くトイレ休憩、買い物、体操ができます。
 逆に、これがあるせいでレースがぶつ切りになってしまったり、中断されることが予め分かっているせいでみんなそれを見越した作戦に動いてしまって、全然コース上の争いが盛り上がらないという弊害もあるため、当ブログではたびたび遠く離れた日本から改善を勝手に叫んでいますw

・コーション

 日欧で言うセーフティー カーに相当するもので、コーションが宣言されるとコース上は全車追い越し禁止となります。インディーカーでもおなじみ、アメリカのレースに欠かせない要素です。
 日欧だとそれまでの差がリセットされてしまうのであまり出ないことを望まれたり不公平感を抱かれがちですが、NASCARではむしろこれもレースの一部分として存在しています。事故や故障、落下物、降雨などが確認されるとかなりの早さでコーションが出されます。短いと1周僅か15秒という場合もあるので、事案発生後すぐにコーションを出さないと次々と事故現場に車両が来てしまうので、判断を迷っていられません。
 オーバルのレースは高速ですのでちょっとした破片が危険な事故を招く恐れがありますし、ぐるっと周囲を壁に囲まれていますので、車に蹴飛ばされてコース外に出て行ってもくれず、台数が多すぎて全域を車が走っているので、勇気あるマーシャルが隙を見て回収することもできません。日欧のレースから見れば「たったこれだけで?」と思うものでも、コーションを出すしかないのです。
 ですが一方で、「これでレースを一旦リセットだ」という演出的な意味合いも含まれています。かつては、目をこらしても本当に何もあるように見えない、確かに何か落ちてるけどどう考えてもレースに影響するとは思えないものでコーションとなる、運営側の恣意的運用と思われるもの、いわゆる『見えないデブリー(破片)』のコーションというのもありましたが、近年は非常にプロフェッショナルでそういった様子は見えません。

・コーション中のピット

 コーションが出ると、その瞬間にピットの入り口は『クローズ』となります。コーションが出た瞬間のピットは利益を得やすいため、クローズ中に作業を行うとペナルティーを受けて次のリスタートは隊列の最後尾になります。万一、本当に偶然入ろうとしたらその0.1秒前にクローズになっても、不可抗力は認められずペナルティーとなります。クローズ中に入っても作業しなければ違反ではないので、この場合作業せず通過するしかありません。
 この先の運用はNASCAR独特のもの。ペースカーが1位の車の前に入るのはどのレースでも同じですが、ここからリード ラップ(1位と同一周回)車両は内側、ラップ ダウン(1周以上の周回遅れ)車両は外側に並びます。
 事故処理がある程度終わるとピットが『オープン』となりますが、まずピットに入って良いのはリードラップ車のみ。翌周に全ての車のピット作業が許可されます。もちろんピットに入るかどうかは任意なので、入らないのも戦略です。使って良いタイヤの本数にも上限がありますし、追い抜きのしやすさは場所によりけりなので、残り周回数やタイヤの劣化度合い、追い抜きのしやすさなどから判断を下します。
 なお、破片を回収する程度の軽微な作業だけしか必要でなく、なおかつ展開的にそれほど多くの車がピットになだれ込まないであろうと判断された場合には『クイック イエロー』と宣言され、1周目から全車にピットが許可される場合もあります。

 ピット作業本体については別の項で書きます。

・フリー パス

 これがなかなか見ていてすぐに覚えられない制度の1つですが、覚えてしまうと面白く見れます。コーションが出た際、『周回遅れの中で最上位』の1人は無条件で1周だけ周回を取り戻すことができます。これをフリーパスと呼びます。ついでに言うと、周回を取り戻すことは『ラップ バック』と呼びます。

 元々NASCARではコーションが出た際、即座に全順位が凍結されるのではなくコーションが出た周の満了まではレースが続行されていました。すると何が起きるかというと、順位が凍結されるまでになんとか順位を上げたり、周回遅れを免れようとみんな必死に走るために余計に危険なことがあるため、2003年に規則が変更されて『コーション宣告=即時順位凍結』に変更されました。その際に登場したのがこのフリーパス規則です。
 フリーパスが適用された車はラップダウンと同じタイミングでピットがオープンとなり、コーション中に一度だけピット作業を行うことが可能。その上でペースカーを追い越して周回を取り戻し、隊列の後方からリスタートすることができます。普通に走っていたらなかなかできないラップバックを一瞬でできるので極めてオトク。つまり、ラップダウンになった人もその中で先頭にいれば競争に戻れる大チャンスなので、ラップダウン同士の争いも激化します。
 ただ、自分でスピンしたり、他の人を突き飛ばしてコーションを出すと不公正なので、発生したコーションの当事者がフリーパス対象者だった場合には『該当者無し』と判定されることになっています。

 完全に余談ですが、フリーパスのことを『ラッキー ドッグ』と呼ぶことがあります。これは元々2003年に、犬をマスコットにする企業がスポンサーとなっている車がフリーパスを得た際に解説者が『これはラッキードッグだね』と思い付きで言ったのが始まりとされ、なぜか妙に広まりました。
 他にも犬をマスコットにした企業がいくつかあったことも手伝って表現として定着し、後年テレビ中継で『ラッキードッグ賞』みたいなものもできた時期までありました。しかし一方で、時折ラッキードッグから派生したブラック ジョークで犬を笑いのネタにしていると捉えられることもあったそうで不評を買うケースもあり、現在ではどの放送でも『フリーパス』が定着しています。
 

・ウエイブ アラウンド

 もう1つ、コーションでラップバックできるのがウエイブアラウンドです。例えば、コーション時にこんな並びになっていたとします。丸数字は順位、下の列が内側=リードラップ、上がラップダウンです。


 先ほど書いたようにコーションではまずリードラップ車両だけがピットに入ります。たとえばここで全てのリードラップ車両がピットに入ったら、ペースカーの後ろには外側に並んだラップダウンの人がついて、その後ろにリードラップの人が並びます。見た目上『ペースカーと1位の車の間にラップダウンが挟まる』ことになります。


 ここで、ラップダウンの車がピットに入らずにコースとどまった場合、リスタートの1周前にペースカーを追い抜いてぐるっと1周し、隊列の最後尾につくことが許可されます。これを『ウエイブアラウンド』と呼びます。F1にも似た仕組みがありますね。
 だったらフリーパスと何が違うんだ?という話になりますが、フリーパスの人はピットに入った上でラップバックできます。一方で、ウエイブアラウンドを適用されるためにはピットに入ってはいけません。入るとまたリードラップ車の後ろに戻るので、『ペースカーと1位の車の間に挟まる』状態ではなくなるからです。

 また、この図で言えば4位の人が他と違うことをしてコースにとどまった場合、挟まるのは20位までの人になるので21位以降はどう足掻いてもウエイブアラウンドは受けられません。ということは、1位の人がピットに入らなければウエイブアラウンドは一切発生しません。図で言えば17位の人だけがフリーパスの対象なのでどんな条件でもラップバックできます。ウエイブアラウンドはリードラップ車の動きに運命が左右されてしまうわけです。

 ウエイブアラウンドには『ピットに入れない』という犠牲が伴うので、あまりにタイヤが古かったり、もう燃料が残り少なくてすぐにピットが必要ならリスクが極めて高くなります。逆に、ついさっきピットに入ったばかりだ、とか、あと5周したらどうせステージ終了でまたコーションになる、とか言う時は低リスクに受けることができます。
 「どうせこのままラップダウンで走っててもアカンから、イチかバチかやったるわい!」と実行して、リスタート後の早い段階でコーションが出てくれることを願う賭けもあります。いずれにしても、ウエイブアラウンド組は早めに次のコーションが出てくれることを常に望んでいます。

 NASCARではリスタート時にリードラップとラップダウンが混戦になることを避けるため、原則的にリスタート時には

リードラップ → ラップダウン → フリーパス適用車 → ウエイブアラウンドを受けた車 → ペナルティーを受けた車

の順に整理することになっているため、ウエイブアラウンドの対象にならなかったラップダウン車は、ピットに入らなくてもリードラップ車より後ろに下がるよう命じられます。ピットに入らなければラップダウン同士の争いでは先頭に立てますが、後ろにタイヤを換えた人がいたら確実にすぐ抜かれるので、おとなしくピットに入るのがセオリーです。

・チューズ ルール

 事故処理、ピット、ウエイブアラウンドなどの隊列整理が終わるといよいよリスタートとなります。リスタートは2列の隊列で行われますが、リスタート1周前に各ドライバーが内側か外側、どちらからリスタートするか各々選択することができます。これを『チューズ ルール』と言います。2020年途中から採用された規則で、以前は1位の人にしか選択権はありませんでした。
 トラックの特性や勢力図の関係で内側と外側のどちらが有利なのかは異なるため、リスタート位置そのものがレースの一部として組み込まれています。ドライバーはスタート/フィニッシュ ライン付近に描かれた三角形の印を通過する際にいずれか好きな方を選びます。もしどっちに行くか迷った末に印を踏んだらペナルティー、後方リスタートを強制されます。
 普通に内、外、内、外、と選んで行くこともあれば、外側が有利な場合には1位から3人連続で外を選び、4位の人が空いた内側の先頭に入るというようなこともあります。4位の人はリスタートの瞬間に見た目上2位に浮上しているわけです。前の人の動きで自分がどうするかは変わるので、ピット側との緊密な連携が必要です。なお、ロードコースのレースだけはチューズルールが実施されません。
コーション中に無線インタビューに答えていたら
危うくラインを踏みそうになった
パーカー クリガーマン

・リスタート

 ペースカーのライトが消えてピットへ退出するとリスタート。リスタート ゾーンと呼ばれる範囲があり、この中のどこかで1位の人がアクセルを踏みます。タイミングをズラすのは構いませんが、踏んでまた戻すような不規則な動きは反則とみなされます。
 現在リスタートゾーンは GEICO がスポンサーを務めており『ガイコ リスタートゾーン』と呼ばれています。コースの内側と外壁に部分にガイコのバナーで印がしてありますから外からでもリスタート位置は分かりやすくなっています。中継映像ではここにバーチャルでさらに視覚化されていることもあります。


 2位の人は1位の人より先に加速してはいけませんが、レースが再開される基準点はスタート/フィニッシュ ラインの通過ではなく、加速を確認したオフィシャルがグリーン フラッグを振った瞬間とされており、ここさえクリアしていればスタート/フィニッシュまでに1位を追い抜いてしまっても構いません。
 ただし、スタート/フィニッシュを通過するまでは各車はラインを変更することは許されません。そのため、横に並んだ車を抜くことは可能ですが、前にいる車を抜くことはできません。


・コンペティション コーション

 コーションの一種で、事前に発動する周回数が予告されているものを『コンペティション コーション』、略して『コンプコーション』と呼んだりします。NASCARでは決勝前の練習走行は行わないのでセッティングは予選までに済ませておかないといけません。
 しかし、予選後に雨が降ってしまったり、夜間にするはずだったレースが雨天順延で翌日の昼になったりすると想定と路面状況が大きく変わってしまうので、タイヤの摩耗データが不十分だったり、セッティングが外れてしまうことがあります。
 そうした場合に、ピットに入ってタイヤ摩耗や調整の機会を与える目的で予めスタートからしばらくしたところにコーションが設定されることがあります。これがコンペティションコーションです。もちろんピットに入るかどうかは任意ですが、コンプコーション設定時は基本的に『コンプコーション以前には給油してはいけない』という決まりがあるため、少なくとも給油はした方が賢明です。
 設定した周回数付近でコーションが発生したらそこへ統合されたり、逆にあまりにスタートからコーションが多すぎてほとんどレース出来ていないと、走ってもいないのにデータ収集はできないため実施周回数が延期されたりと、柔軟な運営も行われます。

・レッド フラッグ

 道幅いっぱいに事故車が止まってしまった、破片や車両の回収が広範におよんで時間がかかる、雨が降って来た、といった場合にはレッドフラッグが宣言されることがあります。日欧のレースと同様、これが出たらレースは完全に停止して中断です。この間は一切の作業は禁止、ちょっと車に触れてもペナルティーを科せられる可能性があります。
 ただ、日欧のレースでは宣言されると全車がピットまで戻って待機されますが、NASCARの場合は破片が多すぎて現場を通過できないならトラックの途中でそのまま停止するなど柔軟です。夏場の暑いレースで長時間に及びそうであれば、NASCARから水が差し入れされたります。オーバルの場合大半のトラックは直線ですら路面が左に傾いているので、少し車を内側に向けて停車しないと、ずーーっと体が左に傾いていてしんどいそうです。

癖なのかロードコースでも内側に向けて止める人たち


・ホワイト フラッグ
 
 残り1周になると振られる旗で、1位の人がこれを受けるとこの後にコーションが出てもリスタートは行われずにそのままレースは終了となります。冗談のような話ですが、1位の人がホワイトフラッグを受ける直前にどこかで事故が起きてコーションが出ると、『コーションとホワイトフラッグのどちらが早かったか』が映像検証されて、運命の分かれ道になることがあります。

・NASCARオーバータイム

 レースの最終盤でコーションとなってそのままレースが尻すぼみに終わってしまうことを防ぐために設けられている制度で、名前の通り延長戦です。オーバータイムが宣言されると予め設定されたレース周回数は関係無くなり、とにかく『リスタートから残り2周』になります。
 ぐるっと1周回ってホワイトフラッグまで行けばその後は何があろうがレースは成立しますが、その前にまたコーションが出てしまったらまたオーバータイムになり無制限にリスタートを繰り返します。本来なら燃料が足りた人が足りなくなる、1回目のオーバータイムで事故に巻き込まれて修復作業してた人が、3回目で気付いたら優勝争いしている、こんな非常識なことも起こります。

・雨天時の対応

 オーバルのレースでは雨が降ると即座にレースは中断され、軽い通り雨程度ならコーションで天候回復を待ちつつ周回を継続、そうでなければ赤旗にしてしまいます。なぜかといえば、雨用のタイヤが無いからです。
 なぜ無いのかというと、オーバルというのは基本的に高速で狭い範囲をぐるぐると走行するので、仮に雨用のタイヤを作っても水煙で何も見えなくなってしまい全く意味が無いからです。ただし、ロードコースではこの限りではないので雨用のタイヤとワイパーが用意されており、2023年からは一部の低速オーバルでも同様の装備が用意されることになりました。これにより多少の雨であればレースは開催が可能となっています。


・レースの成立条件

 時々規則が変わってしまいますが2021年時点での規則では、レースは設定された周回数の半分か、ステージ2の終了のうちいずれか早い方に到達した時点で成立とみなされます。そのため、ここを超えてから天候不良でレースが中断され、天候回復の見込みがない場合にはそこでレースは短縮して終了の判断が下されます。
 一方で、クラッシュでレース終盤にレッドフラッグになっても再開して最後まで行うことが大半です。ただ、万一照明設備の無いトラックで日没になってしまったら続行できないのでおそらくそこで終了になると思われます。
 日欧のレースだと規定の周回数に満たない場合は獲得ポイントが半分になる等のことが規定されていますが、NASCARの場合どうなっているのか、調べた範囲では見当たらず、またレース成立条件を満たせなかったレースというのも見つけられませんでした。


・ダメージ ビークル ポリシー(通称DVC)

 レース中に事故で車が壊れることは多々ありますが、修理にもルールがあります。事故によって生じた車両の修復はピットボックス内でしか行うことができません。予め用意しておいた新たな外装部品と交換したり、上から新たな部品を被せることは禁止。修復に使える道具はテープぐらいのもので、あとは金槌、金属バット、ノコギリ、人力のキック、パンチ、踏みつけなどで形状をどうにかするぐらいです。その作業時間も最大6分間と規定されています。

 6分間の修復時間を『ダメージ クロック』等と呼び、ピット入り口に差し掛かった瞬間から時計が進んで、ピットロード内にいる間は時計が進み続けます。1回のピットで使い切っても、何周にも分けてピットに入って使うこともできますが、ダメージクロックが0になったらそれ以上の修復はできません。
 NASCARではレース毎に予め『最低周回タイム』が設けられており、原則としてこれより遅いタイムでしか走れない車は失格の裁定が下ります。修復した結果このタイムより速く走れた場合には修復完了とみなされ、ダメージクロックは6分にリセットされますが、走れなかった場合は修復不能とみなされて失格となります。
 一方で、車両の破損が事故によるものではなく機械的な故障である場合には、ピットの裏側にあるガレージまで車を持って行って時間無制限で修理作業をすることが認められます。機械的故障であるのかどうか、という判断はNASCAR側が行いますが、たまーに「それは事故の破損では^^;」と思うことがあります。損傷を受けてもすぐピットに入らずに暫く走行して走行継続の結果として悪化すると、その故障は機械的と判断してもらえることがあるようです。
修復内容:むしり取る

 こんな感じで、日欧のレースと共通部分もあれば、考えられないようなこともありながら毎戦のレースは進行していきます。2021年のF1では最後の最後になって、周回遅れをどうするかとか、セーフティーカーのままでは終わりたくないとか、運営の意図が規則とぶつかって変なことになりましたが、NASCARは最初からそのあたりが全部決められているのでたぶん心配ありません。

NASCARの初歩的(?)なお話シリーズ
レース編(現在ご覧の記事です)

コメント

studiocurve さんの投稿…
「コーション中のピット」辺りから頭の中は「???」ですが、頑張ってついてゆきます(笑)
シーズン編以降も拝見しましたがF1やアメリカン球技等よりも数倍複雑なイメージがあります(個人の感想ですw)
SCfromLA さんの投稿…
>studiocurveさん

 本来は1対1のチーム競技であることが前提のプレイオフ制度を無理やり持ってくるとこういうややこしいことになりますねw
NASCARのプレイオフ制度を参考にして作ったゴルフのPGAツアーのプレイオフも、どうやったら上手く納得いくチャンピオンを不確定要素を持ちつつ生み出せるか、でそうとう迷走してますしね・・・