NASCARの初歩的(?)なお話 6 戦略編

 NASCARの車両やセッティング、レースのやり方が分かったら、次は戦略です。3時間を超えるセミ耐久レースなので何も考えずに突っ走っていたらレースには勝てません。不確定要素の多いレースなので事前の想定だけでどうにかなるわけではなく、その場での瞬時の対応力が求められます。

〇重要な司令塔・クルー チーフ

 戦略を語る上で欠かせないのが、『クルーチーフ』という存在です。クルーチーフはいわばそれぞれの車両の管理を行う最高責任者。レース前にはセッティングをドライバーと連携して進め、レース中は全体を取り仕切って作戦立案やアジャストの方針策定、各クルーへの作業指示などを行います。日欧のレースで言えば『チーフ エンジニア』とか『レース エンジニア』に該当する職務です。
 F1でも、ルイス ハミルトンのエンジニア・ピーター ボニントンや、マックス フェルスタッペンのエンジニア・ジャンピエロ ランビアーズなんかが有名ですが、NASCARの場合はレース中も常にアジャストを行って車のセッティングをいじるので、非常に出番が多くなります。
 ドライバーが「ちょーっとタイヤが落ちて来るとアクセルが踏めないなあ」とか「×××!×××で乗れたもんじゃねえぞこの×××!!」とか言ってるのを聞いて、「だったら次はウエッジを半回転上げよう」「内圧を変えよう」と考えつつ、ドライバーに「陽が沈んだらちょうどよくなるから我慢してね~」とか声もかけていくので、お互いの高い信頼感、1を言ったら10を理解するような意思疎通が求められます。
 重要度と存在感が非常に高いのでドライバーとセットで名前が紹介されることも多く、ドライバーと一緒に移籍したり、成績が悪いと思ったらシーズン途中に交代させられたり、とクルーチーフの動向もドライバー並みに高い注目度を持ちます。ラリーにおけるコ ドライバーに近いかもしれません。車両規則違反があれば罰金や出場停止の処分を受けるのも、多くの場合は車の責任者であるクルーチーフです。戦略、セッティングなどに長けているのでテレビ中継の解説者も元クルーチーフが多いですね。
最強コンビとも呼ばれた
ジミー ジョンソン(右)と
チャド カナウス(左)

〇ピット サイクル

 レースでは展開の中で『だいたいこの周あたりにみんなピットに入るであろう』というタイミングが自然発生します。たとえば残り100周でリスタート、残り周回数の半分である残り50周あたりが最後のピットの目安になるとします。早い人は残り55周ぐらいでピットに入り始め、ここから順次みんなピットに入っていくことになります。
 この一連のみんながピットへ入っていく流れを『ピットサイクル』と呼び、最初の人がピットに入り始めることを『ピットサイクルが始まる』、全員がピットを終えて同条件に戻ることを『ピットサイクルが終わる』や『~が一巡する』などと呼びます。
 基本的に、コーションが出るとピットサイクルは一旦関係なくなって『今このコーションでどうするか』が判断基準に切り替わるので、サイクルはあくまでコーションが出ずにグリーンの状態でレースが続行している場合の話となります。グリーンの状態で行うピット作業を『アンダー グリーン ピット』と呼んでコーション中のピットとは区別して表現します。

〇ピット位置

 日欧のレースだと各チームのピット位置の割り当ては運営側によって行われますが、NASCARでは決勝レースでのピット位置の割り当ては予選順位の上位から順に自分たちで選択していく規則になっていて、そのためピット位置の選択が既に戦略の1つと言えます。
 人気のピットは決まっていて、出口に最も近い1番ピットです。作業を終えた後に前を遮られることなく真っすぐに発進することが可能で、僅かながらピットを出る時間が早くなるためです。次に人気なのは入る時に邪魔になるものが無い最も入り口側のピット。その他はトラック毎に色々ですが、裏側のガレージへ向かう接続路が途中の数か所に用意されているので、この前後も少しだけ出入りがしやすく人気になります。
 だんだん周囲が埋まっていくとその動きを見ながらの選択にもなっていきます。例えば、順位を争いそうな人とお隣さんになると出入りや作業で交錯しやすくなるので、できれば離れた位置を選んだ方が余計な問題が起きにくくなります。出口に近いと相手の動きを見て咄嗟に戦略を変更する余地を作ることができます。
 予選までの違反行為に対してはピット位置選択権剥奪というペナルティーを食らうこともありますので、これは優勝争いする際に結構効いてしまうこともあります。誰がどのピット位置にいるのかはそこそこ重要です。偶然自分のお隣さんが両方とも早々にリタイアすると結構ラッキーですw


〇コーションの損得

 SUPER GTを見ていると、セーフティーカーが出た際の思わぬ損得に「・・・何で1位になったん?」と思うことは多々あります。コーションの多いNASCARでも当然損得はあり、そしてそれを見越した戦略があります。まずは基本的な概念から確認します。

・先に入ると損するパターン

 多くの場合、コーションが発生する前にピットに入ると損をします。オーバルでは1周が30秒そこそこ、一方でピットに入るとその周は1周に1分近くかかります。ということは、ピットに入ると確実に周回遅れになってしまうからです。
 全員がピットに入ってサイクルが一巡すればまたリードラップ、元居た位置に戻りますが、サイクルの途中でコーションが出てしまったり、パンクなどで緊急ピットした直後にコーションになると自分だけが周回遅れで取り残されてしまいます。
 ピットサイクルが近ければ、リードラップ車両はコーション中にピットに入ってくれるのでウエイブアラウンドでラップバックすることができますし、コーション時点でラップダウンの先頭ならフリーパスを受けられますが、いずれにしてもリードラップの最後方に落ちてしまいます。3位から17位へ転落、なんてことになると致命的打撃です。1周が短いと先に入るのは損、と覚えておきます。


・先に入ると得するパターン

 逆に、1周が長くてピットに入っても周回遅れにならないトラックもあります。スーパースピードウェイやロードコースです。こうした場所では、逆に先回りしてピットに入った方が得をすることがほとんどです。SUPER GTはこれと同じ理屈ですね。
 周回遅れにならずリードラップで復帰できる場合、コーションさえ出れば隊列に追いつくことができます。見た目上は順位が下がってビリに見えますが、もし他の全員がピットに入ってくれたなら、当然ながら繰り上がって1位になります。
 もちろん自分の方がタイヤは古いんですが、普通ならタイヤを酷使して一生懸命抜くべき相手を全部戦わずして抜いているのでものすごく得をしています。1周が長いと先に入るのは得、と覚えておきます。
 なお、ステージ終了の2周前、1位の人がスタート/フィニッシュ ラインを通過した瞬間にピットはクローズとなる規則なので、ステージ終了直前にピットに飛び込む、ということはできません。入れるのは上位の人はステージ終了2周前、中団の人はそれだと既にピットが閉まっていて間に合わないのでステージ終了3周前が限界点です。

・超ラッキーなパターン

 NASCARではコーションが出た瞬間に機械的にピット入り口がクローズとなり、クローズ状態で入ってしまった人が作業をするとペナルティーです。しかし、既にピットに入っていた人は作業をしてもかまいません。結果、たまたまピットに入った時にコーションが出た人はものすごく得をすることがあります。
 コーション発生と同時にみんな減速をするのでコース上の車が全体に遅くなり、その結果周回遅れにならずにリードラップのまま合流できたり、先にピットに入った人よりも前で合流できたりするからです。いずれの場合でも、この後にまだピットに入っていない人が全員ピットに入ったら高い確率で1位になります。しかもピットに入ったばかりですからタイヤは新品も同然です。これは狙ってできるものでは無いので、遭遇した人は宝くじに当たったようなものです。

 上記を踏まえて、レース中によく見られる戦略を挙げてみます。

〇ショート ピッティング戦略

 これは日欧で言うアンダーカットでわりとお馴染みの戦略、相手より先にピットに入って新しいタイヤで速く走り、相手もその後にタイヤ交換をして出てきたら、なんと既にもう逆転している!というやつです。NASCARでは『ショートピッティング戦略』と呼ばれます。NASCARの場合は車が1500kgもある上に運営側もレースを盛り上げたいので摩耗しやすいタイヤを使いがちなため、ものすごく効き目があります。
 ただ、摩耗が激しいので先に入った代償も結構大きくて、抜いたはいいけどあっさりコース上で抜き返された、なんてことも多くあります。とりあえず逆転してトンズラしたら、抜き返される前にコーションが出て欲しい戦略です。

〇燃料切れまで走る戦略

 特に名前がありませんw ショートピッティングとは逆に、延々とピットに入らない戦略です。F1だとオーバーカットというのがありますが、摩耗の激しいNASCARでオーバーカットはほぼ不可能。先にピットに入ると損するタイプのトラックで、とにかく燃料が尽きるまでコーション発生を祈る賭けに近い戦略であることが多いです。
 他が全員ピットに入って自分以外が全員周回遅れの状態でコーションが発生するのが最高のシナリオで、リードラップ車両が自分しかいないのでピット作業はゆっくりやっても絶対に抜かれる心配なし。リスタート時に自分と同じ新しいタイヤを履いているのはフリーパスを適用された1台だけで、あとは全員ウエイブアラウンドした中古タイヤの人たちですから、リスタート後もかなり有利です。

 一方、コーションが出なくて期待が不発に終わると、古いタイヤで走り続けたせいでかなりタイム的に損をしており、場合によってはピット後にリードラップに残れず周回遅れになってしまう危険性があります。本当に燃料切れギリギリまで待つのか、ピット後もリードラップを維持できるタイミングを見定めて早めに『損切り』するか、というのも戦略に含まれます。
 かつてはいつコーションが出るか分からないので燃料が無くなるまで走るのが一般的だったんですが、ステージ制導入以降は予め分かっているコーションがあるのでそっちから逆算して速く走る戦略が定着。たとえば燃料的に60周の走行が可能でも、ステージが80周なら40周の均等割りを基本にしてショートピッティングするのが主流になってしまい、この作戦はたいてい弱者の兵法になっています。

〇ロードコース戦略

 ショートピッティングと同様に先にピットに入るものの、考え方が少し異なるのがロードコース戦略です。ピットに入っても周回遅れにならないトラックで使います。
 ショートピッティングの場合は80周を均等割りにして理論上で最速になることをまず前提にし、そこから相手を戦略的に出し抜くためにこれを35/45にするとか、割り振りを少し崩して相手を抜きにかかります。
 一方ロードコース戦略では、目標とする地点から逆算して『燃料がその目標点に足りるかどうか』が考えの起点となります。ステージが50周、燃料が35周もつ設定だった場合、均等割りなら25周目がピットのタイミング、ショートピッティングするなら22~23周が目安です。
 しかしロードコース戦略の場合、とにかく『コーションが出た時にまだピットが終わっていなかったら大損だ』という考えを重要視します。そのため、15周したら『ここで給油したらもうピットに入らなくてもいいぞ!』と考えてさっさと入ってしまいます。15/35というタイヤ摩耗を考えたら理論上はそんなに速くない割り振りになりますが、そんなことよりもとにかくコーションで損するのを徹底的に避ける考えです。SUPER GTで近年最も使われている戦略と同じですね。
 この『ここで給油したら最後まで行ける』というタイミングをよく『ピット ウインドウ』や『フューエル ウインドウ』と呼び、もうピットに入れますよ、というタイミングを『ウインドウ オープン』と呼びます。

 結果的に22周目あたりから入る人に対しても猛烈なショートピッティングの効果があるので、サイクルが終わるとものすごく順位が上がっていることが多いですが、タイヤが古いのでその後は追いかけ回される未来が待っています。抜きにくいトラックならタイヤ温存に集中して鬼ブロックすることで逃げ切れるかもしれませんが、管理が下手だと抜かれまくった上に結局もう1回タイヤを交換するという悲惨な目に遭います。
 もう1つ最悪なのは、他の人のピットサイクルが終わる26周目あたりにコーションが出ることで、これだと自分だけかなり古いタイヤな上に何のリードも無い状態でリスタートしないといけません。ロードコース戦略では、コーションが出るとありがたいのは自分がピットに入った直後か、ピットサイクル一巡後にそこそこ走った後です。
 なお、タイヤ摩耗があまり関係無く、なおかつ順位が重要でコーションが出ると損をするスーパースピードウェイも、戦略としてはこのロードコース戦略が主流です。

〇ステージ制適応型ロードコース戦略

 勝手に名付けましたw ステージ制レースになった結果ロードコースで主流となった戦略で、予めコーションの出る周回数が分かっているので、そこから逆算して戦略を決めてかかるやり方です。
 具体的な数字で見てみましょう。2021年にインディアナポリスのロードコースで開催されたレースはステージが 15/20/47 という割り振りの合計82周の決勝レースでした。燃料的には30周ぐらいもつとされています。
 燃料から言えば2回のピットでも走り切れますが、途中に2回のコーションは絶対に発生します。2ピットで行くなら少なくとも2回のステージ終了後のコーションのうち一度はピットに入らないでそのまま行く必要があります。ということはリスタート直後に新品タイヤに追い回されるタイミングが必ずあって有利とは言えません。ここから逆算して、最初に『レース中に3回ピットに入るぞ』とまず考えます。
 3回入るのなら、ロードコースは『コーション前にピットに入ると得するパターン』なので、1回目と2回目はステージ終了間際が望ましいと当然考えます。ということは13周目と33周目です。ピットに入ると順位が下がるのでステージポイントが貰えませんが、大事なのはレース結果なので潔く諦めます。
 あとは残った47周のどこかで1回ピットに入ったら終わりです。あんまり早く入ってもタイヤがダメになるけど、安易にショートピッティングされても困るので、だいたいこれを 20/27 ぐらいの割り振りにするのが賢明に見えます。ということは3回目のピットは55周目です。実際、このレースの上位陣はこのあたりで入りました。

 と、こうやって最初からある程度戦略の方向性が先に分かってしまい、ステージ終了が近づくとみんなピットに入ってしまってコース上が寂しくなってしまうのがステージ制適応型のロードコース戦略です。前後の車とある程度距離が開いていたら、ピット後からステージ終了までの2~3周は温存走行になってしまい、映像的にも展開的にもやや冷めてしまうため私はロードコースでのステージ制廃止論者になりましたw
 もちろん、みんな同じことをすると逆をやって利益を得たい人も出て来ますがそうそう上手くもいきません。一方で、序盤にトラブルに見舞われたトップ選手はこの戦略を活用すると気付いたら上位に戻って来ることが多いので、不確定要素を増やしているようで実は同じような人が上位に来ることを手助けしている側面もあります。

 こうした問題意識はNASCAR側も認識していたようで、2023年のレースではロードコースのみ『設定されたステージ周回数でステージポイントは貰えるが、コーションは出さない』という規則へ変更しました。これによりステージ制適応型ロードコース戦略は一旦姿を消すと考えられます。

 
〇変則ピット戦略

 通常、ピットではタイヤ4本と給油缶2缶を給油します。当然ながらたくさん燃料が入っている方が航続距離が伸びますし、タイヤは全て交換した方が速く走れます。しかし、時には違うことをして、速さが多少失われても順位を上げることを重視することがあります。追い抜きが難しいので前に出た方が有利なトラックや、クリーンエアーが欲しい時などです。
 よく行われるのは2輪交換。オーバルでは外側のタイヤに多くの負担がかかるので、多くの場合2輪交換といったら右側の2本を交換します。トラックによっては左が意外と大事なので左を交換したり、左右を交互に交換していくパターンもあります。ジャッキは片方ずつ手動で上げる仕組みなので、前輪のみ、後輪のみ、というのはありません。
 燃料がすっからかんの状態でピットに入った場合、2輪だけ交換してもタイヤ交換より給油時間の方が長くなってしまうので、それだったらもう数秒使って4本全部交換した方が得策とされています。2輪交換は給油が1缶でじゅうぶんな場合に大きな効果を発揮します。

 さらに攻めるのがタイヤを交換せず給油だけを行う戦略。古いタイヤで実行するとリスタートの瞬間に自滅する未来しか見えないので、コーションが連続していてさっきタイヤを交換したばかりだ、というような時しか使いません。
 例外もいくつかあり、スーパースピードウェイではタイヤ摩耗が少なくタイムへの影響は極めて小さいのでアンダーグリーンの作業はたいてい給油だけになります。
 また、2マイルのトラックであるミシガンでは、タイヤ摩耗が少ないので走り続けてもタイムをあまり損せず、かつ1周がやや長いのでピットに入って短い作業時間でささっと終わらせると周回遅れになりにくい特徴があります。
 この特性を利用して、燃料切れまで走る作戦を採用してコーションを待ちつつ、出なかった場合には『残り少ないステージ周回をとりあえず周回遅れにならずにこなしたらいいや』と割り切って給油のみ、あるいは2輪交換を行うことがあります。NASCARはわりと燃料はたっぷり入れることが多いんですが、この戦略は少ない燃料搭載量で走る時間が比較的長いので、タイヤの摩耗状況次第では案外速いこともあります。
 
〇集団ピット戦略

 スーパースピードウェイのアンダーグリーンピットでのみ使う戦略です。スーパースピードウェイは単独で走るととても遅いので、できるだけ仲間同士で一度にピットに入り、一緒に出て行ってまた集団で走行するのが基本、はぐれたらそのうち自分だけ周回遅れになります。はぐれてはいけないのでピットでの作業内容も統一するのが基本で、たいていは給油のみを行います。
 メーカー単位で集団行動するために台数の少ないトヨタ勢は仲間があまりいません。そのため、シボレーかフォードのどちらかの動きに同調して便乗することも多いですが、たまに我が道を行く事もあります。
ピット大混乱の図

〇燃費レース

 コーションを迎えた段階で残りのレース距離がフューエルウインドウ内に入っていた場合、ピットに入って失う時間を考えるとアンダーグリーンでの再度のピットは得策ではないため、基本的にみんな「このコーションでのピットを最後にしよう」と考えます。
 この際に、残りのレース距離がそんなに無ければ何も考えなくて良いんですが、残りの距離が標準的な航続可能距離が同等か、やや燃料が足りないぐらいだと予想される場合に燃費レースとなることがあります。例えば、燃料が60周もつレースで残り64周でリスタート、みたいな場面です。燃費レースになるととにかくガス欠しないように、無駄のない走りが重要となってレースの雰囲気が変わります。
 その後にコーションがまた出てくれれば、ピットに入って給油するか、コーション中に節約することで燃料不足は解消しますが、みんなが燃費を意識して走ると争いもタイヤ摩耗も減るので何も起きなくなってコーション発生率が下がってしまい、結果やはり燃費レースのままレースが終わることは多々あります。みんなが燃費レースを意識したがために燃費レースを呼ぶ、という不幸な連鎖が起こるのですw
 燃費走行するには日欧のレースでもお馴染み、本来の減速開始位置より手前から加速をやめてしまって空走させる『リフト&コースト』や、あえて相手を抜かず後ろについて空気抵抗の削減を狙うドラフティング。これでも足りないなら、全開区間でアクセルを全開にしなくなります。たぶん、『アクセルを踏まない』なんてことをしてまで燃費走行をするレースはそんなに無いと思います^^;

 できれば最初から最後まで同じようなペース配分にするのが理論上は速そうですが、そうは言ってもコーションがどこかで出たら話が一変するのでリスタート直後からあまりにも節約しすぎて抜かれまくるのもリスクが伴います。クルーチーフと緊密に連絡を取り合い、『抜かれずに燃料を使わず速く走る』という矛盾だらけの戦いを行います。
 燃費レースの展開になったら大抵の場合は計算通り行かない人、攻めすぎた人が出てくるので、残り数周から燃料切れで緊急ピットに入る人が現れます。言うなればみんな爆弾を抱えて走っているような状況になるため、道中は争いが無くて静かなんですが、最後の3周ぐらいがものすごく盛り上がりますw


〇ピットでのペナルティー

 いくら戦略を一生懸命考えても、ピットで違反をしてしまってペナルティーを食らい台無しとなることがあります。主なペナルティーもおさらいしておきます。ちなみに、ピット作業は厳格に違反を見極めるため全てのピットがカメラで監視されており、テニスのビデオ判定などで知られるホークアイのカメラが使用されています。ホークアイは現在はソニーの子会社ですね。

・too many crew members over the wall

 作業人員が規定の5人を超えてしまう違反です。うっかり6人で作業しちゃった、テヘ、なんてことはまず無いので、たいていの場合はピットウォール側の人がうっかりピットボックス内の地面に手を触れたとか、タイヤを受けようとして転んで落っこちた、とかが原因です。
 以前は壊れた車を修理するためにペナルティー覚悟で故意に大量の人間で作業していましたが、ダメージビークルポリシー制度の導入に併せて公平性を保つために罰則が大幅に強化され、最悪の場合失格になるためにそうした故意犯も無くなりました。

・over the wall too soon

 クルーがピットボックスに下りるのが早すぎることに対する反則です。日欧のレースでは準備万端のクルーが車を待ち受けていますが、NASCARではクルーがピットボックスに出て良いのは『自車が自分の1つ前のボックスに相当する距離に差し掛かった時点』とされています。

 このスクリーンショットで言えば、緑の枠で示したチームのクルーが降りて良いのは赤い線に車両の前端が差し掛かった時点から。空中に浮いている間は大丈夫で、地面に触れた瞬間が基準です。
 隣のピットとの間にガレージへ向かう接続道路がある場合は、隣のピットが遠いので早く降りられそうな気がしますが、基準は『ボックスに相当する距離』で判断されるので得するわけではありません。ピットボックスの長さが7mだったら、ピットの形状がどうあっても7mが基準です。
 なお、うっかり早く降りてしまった場合、対象のクルーは何も作業をせずに一度引き返し、ウォール側に両足を一度付けたらリセットされてペナルティーは免除されます。野球のタッチアップに近いですね。そんなことは滅多に起こりませんけど。

・speeding penalty

 文字通りピットの速度制限違反です。NASCARではピットの速度リミッターが使用できないので、ドライバーは自分のペダル操作で頑張って速度調整する必要があります。また、制限速度はトラックごとに異なっているのできちんと確認しないといけません。
 速度の監視は車両のセンサーによる常時監視ではなく、ピット内に複数埋め込まれたタイム計測点を使って『区間タイム』で判定します。そのため、ピットロードが曲がっている一部トラックでは、内側を最短距離で走ると速度は守っていても時間が短いので速度違反とみなされる場合があります。
 逆に、自分のピットボックスを含んだ計測点は、一旦停止するわけですからどうやっても基準タイム以下で走れるので、停車直前や直後に故意に少し速度違反をしても規則上違反ではありません。以前はピット内の計測点が数箇所しかなかったためにこのインチキが横行してしまい、当然ながら危険なのでこれを阻止するために計測地点が大幅に増やされました。

・uncontrolled tire

 制御できていないタイヤ、ということで誤ってタイヤを明後日の方向へ転がしてしまった際の違反です。具体的にはピットボックスを真ん中で2つに割って考え、外から内へ転がすぶんには問題無いですが、内側にいたタイヤが外へ出てしまった場合は違反となります。お隣さんのピットまで転がって行ったらこれも違反です。
どう見てもアンコントロールタイヤの例

・unapproved adjustment

 認められてない調整、という意味ですが車体に違法な改造を加えてしまうことで、修繕目的以外で故意に車体を変形させて競争上の利益を得ようとする行為などが該当します。

・driving through too many pit boxes

 多くのピットボックスを通り過ぎ、ということですが、ピットボックスに出入りする際には3つ以上の他者のボックスを踏んではいけないという規則への違反です。混雑していたら必然的に他人のボックスを踏みまくることは不可能なので、この違反はアンダーグリーンでみんなバラバラにピットに入っている際に起こりがちです。前後に誰もいないからと言って他の人の領域を真っすぐ通過してはいけません。

・commitment line violation

 ピットの入り口にはオレンジ色の目印が描かれており、これをコミットメント ラインと呼びます。ピットロードに入る際にはこれよりも内側に入っている必要があり、僅かでも踏んでしまったり、コミットメントラインを通り過ぎてからピットロードへ入ると違反となります。日欧のレースにおけるピット入り口の白線と同じです。


 この他、当然ながらピット作業は自分のピットボックス内に完全に車が入った状態でないと作業することは許されず、給油缶やアジャスト用レンチを外し損ねて付けたまま走るのも違反です。一方で、日欧におけるアンセーフ リリースに相当する違反はなく、後ろから車が来ていても発進して横並びになるのは日常。よほど不注意で大事故を起こさない限りは、仮に接触して相手をスピンさせるようなことがあってもペナルティーとはなりません。

・loose wheel

 名前の通り脱輪です。Gen7になってナットが真ん中1本になったので普通に考えたら5本より脱輪は減りそうなものですが、実際は『5本あったら1~2本締まってなくてもなんとななるが、1本しかないものを締め損ねたらどうにもならない』というような状況で脱輪が大幅に増加しました。
 脱輪は当然もう一度ピットに入って新しいものを装着する必要があるのと、ドライバーの責任ではないので、従来はレース後にクルーに対しての罰金・出場停止が課せられていました。しかしあまりに脱輪が多かったせいか2023年はクルーへの罰則がやや軽減された一方で、即座にドライバーへのペナルティーも課せられることになりました。


・違反に対するペナルティーの内容

 基本的には2種類で、アンダーグリーンであればピットを通過するパス スルー ペナルティー、コーション中なら隊列最後尾からのリスタートが課せられます。パススルーはオーバルだとほぼ周回遅れかそれに近い仕打ちになるので、後方リスタートより損失は大きいと考えられます。そのため、アンダーグリーンでのペナルティーは絶対に避けないといけないんですが、でもアンダーグリーンの方がピット作業違反はやらかしがちです。
 ほとんどはこの2種類ですが、違反内容が重大なものであると判断された場合には強制的に1周以上の周回遅れにさせられる周回ペナルティーや、リスタート後のパススルーを命じられる場合もあります。脱輪はピット内でやらかした場合パススルー(コーション中は隊列最後尾)を課せられますが、トラック上で転がした場合は危険なので2周のペナルティーを受けます。

 オーバルやステージ制といった仕組みのために、F1のように『定石通り2ストップですね』『思い切って1ストップ!』といった分かりやすい戦略にはならず、見ている側も今何が起きているのかを把握するのが大変になることが多いですが、ある程度の傾向を知っておくと面白くレースを見られます。覚えてもグランツーリスモでは毛ほども役に立ちませんw


NASCARの初歩的(?)なお話 シリーズ

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