NASCARの初歩的(?)なお話 1 基礎編

 2023年もNASCARの開幕時期がやってきました。そこで、昨年にアップしたNASCAR記事を、内容の一部手直し、誤字修正などを行いつつ公開日を変更する形で再度アップしてみました。

 NASCARは2022年に競争を面白く、より安全性を高め、より自動車メーカーの宣伝になるようにしつつもコストを抑えるために新しい車両規則を導入しました。結果としてシーズンは36戦で19人もの優勝者を生み出す近年稀に見る混戦となり、ひとまずは狙い通りに機能しました。
 方や世界最大のモータースポーツにして、近年はアメリカでも人気上昇中のF1はマックス フェルスタッペンが22戦で15勝と圧倒。その前年となる2021年は最終戦の最終周に物議を醸す決着を迎え、そこに至る過程もかなりギスギスとしたものでした。
 そんなわけで、ひょっとしたら世の中には「F1はもういいや」と思った方も1人ぐらいいるかもしれないので、NASCARへ少しでも日本のお客さんを誘導する絶好のタイミング到来!と勝手に思い込んで、今さらながら改めてNASCARとはどういうものなのかという基本的な話、をとっかかりにして気づいたらコアな話をお届けしたいと思います。最終的にこの記事を含めて9記事+おまけという膨大な量になりましたが、一応数年間は役に立つ内容にしたいので、気づいたら内容に修正が入っているかもしれません。

基礎編(現在ご覧の記事です)

〇そもそもNASCARとは

 NASCARという名称、『SUPER GT』『DTM』などのようなシリーズ名に見えますが、実際は『組織名』です。正式名称は『National Association for Stock Car Auto Racing』、直訳すると『全米市販車競争協会』というような名前になります。ずいぶんたいそうな名前ですね。
 起源をたどると、禁酒法時代に密造酒を積んだ車のドライバーが警察から逃げて走るために車を改造してそれを上手く走らせていた人々にある、とも言われていて1930年代にはそうした車で競争を楽しむ人たちがいてNASCARの源流となりました。フロリダ州デイトナの海岸なんかでレースをしていたそうです。
 1948年にこうしたものが組織化されて、ビル フランスという人が設立したのがNASCARです。現在では市販車とまるで関係のないレース専用車両を用いていますが、当時は市販車を改造して走っていたので『ストックカー』という名称になり、現在も使われています。そのため、むしろ『ストックカー』というとこうした『市販車を模してるけど全く共通点が無くてレース専用に作られた車』という、本来と真逆の意味を持つようになりました。


〇ピラミッド式カテゴリー

 その後発展を遂げて現在に至るNASCAR。その最高峰にあたるのがNASCAR Cup Seriesです。1949年にNASCAR Strictly Stock Seriesとして全8戦のシリーズが開催され、1950年からはNASCAR Grand National Seriesとしてレース数も増えて本格化。以後冠スポンサーや形態を変えつつ維持し続けています。
 そして、カップシリーズだけでなくNASCARは様々なシリーズを展開しています。カップシリーズの下には、別の車両規定を用いておりレース距離で少し小規模になるNASCAR Xfinity Series、ピックアップ トラックによるシリーズであるNASCAR Craftsman Truck Seriesが存在し、年間の多くのレースでカップシリーズと併催されています。『エクスフィニティ―』『クラフツマン』というのはいずれもシリーズの冠スポンサーとなる企業名です。
 これら3つのシリーズは全米を転戦しテレビ中継されるので『ナショナル シリーズ』と呼ばれています。さらにこの下には西部・東部での地方シリーズがあるほか、カナダ、メキシコ、ヨーロッパにも傘下のレースがあり、2023年にはブラジルでも、既存レースと提携する形でNASCARの名前を冠したシリーズが新たに始まります。いわばF4からF1への階段のようにピラミッド状にカテゴリーが作られています。
 NASCARというのは厳密には運営団体の組織名なので、単に『NASCAR』と呼ぶとSUPER GTを『GTアソシエイション』と呼んでいるようなことになっているわけですが、たいていは最高峰のカップシリーズを指すと思います。この記事でも、基本的にカップシリーズについての話を書きます。

〇車両

 2022年から新規定車両・『Generation7』や『Next Gen Car』と呼ばれる車両が導入されました。細かいスペックはこんな感じになっています。V型8気筒 5.8LのOHVエンジンを搭載し、車両重量は約1500kg、最高出力は元々は900馬力近く出るように作られたエンジンでしたが、現在はNASCARの意図によってかなり絞られており2022年は基本的に670馬力で運用されます。


 見た目は市販車っぽい形状ですが、市販車とは全く共通点の無いレース専用車両。ライトは装備されていなくてそれっぽく見えるただのシール、安全性の問題でドアも無く車の乗り降りは窓に相当する部分から行います。
 ほとんどが共通部品になっていてNASCAR側が製造を委託した企業から各部品を購入する形になります。車両の中心骨格はチューブ フレームでテクニック チャシーズという企業が製造を引き受けているようです。あ、日本で普通は『シャシー』と呼ばれていますが、英語読みではチャシーと呼ぶので当ブログではこの表記で統一しています。
 2021年までの車両ではリアのサスペンションが独立懸架でなかったり、ホイールが15インチだったりと市販車よりも時代遅れだったものが『近代化』され、外観上はより一般の車と近い印象になりました。また、コース上でのバトルの多さを確保できるような設計が念頭に置かれています。外装は旧来の金属製から炭素繊維強化プラスチックへと変更されました。

 現在参加しているGM(シボレー)、フォード、トヨタの3社とNASCARで緊密に連携し、市販車のイメージを競技車両に反映させながらも、性能面で優劣が出ないように工夫が成されており、限りなくワンメイクに近い高い競争レベルが保たれるように努力されています。
 それでも各チームは引き渡された車両に規定の範囲内で知恵を絞って工夫をこらし、少しでも有利になるような研究を重ねていくと思われます。重箱の隅をつついて、もう何も食べるものが無いと思ったところからさらに顕微鏡で覗いて食べられるものを探す、なんなら器にも食べられるところが無いか探す、こんな努力が続けられます。

〇シリーズ戦

 カップシリーズは年間になんと36戦もあります。2月の中旬に開幕したら、11月中旬の最終戦まで、お休みは1週ぐらいでほぼ毎週末にレースが開催されています。F1が可愛く見えるレベルですが、むしろ世界で転戦して規模も大きいF1が20戦以上あるのが多すぎるとNASCARファンですら思います^^;
 プレイオフ制という独自の制度を導入しており、単純なポイントの積み上げではないためにチャンピオンは最終戦まで絶対に決まりません。消化試合を少なくして、あくまで見ている人が最後まで楽しめる要素を重視します。というのはあくまで理由の1つに過ぎず、こうしないと視聴率が上がらないので経営が苦しくなるんですね。
プレイオフ制の緊張感は時にドライバーの感情を
必要以上に高揚させて問題が起きる・・・

〇開催地

 NASCARでは開催されるレース場は『サーキット』ではなく『レース トラック』や、単に『トラック』などと呼ばれますが、全米を転戦します。多くは楕円形のところをグルグルと回る『オーバル』ですが、近年は映像的に変化をもたせる目的で、一般的な『ロード コース』も増加傾向にあるほか、1戦だけ舗装がされず土の路面をした『ダート』もあります。(舗装されたトラックに人工的に土を大量に運び込んで上からかぶせた特設方式)。また、2023年にはシカゴで初の市街地レースが開催されます。
 日本人の感覚で言うと、ただ左方向に回るだけのオーバルは単純で何をやっても同じに見えますが、トラックの大きさ、バンク角、舗装などによって特徴は全く異なっており、筑波サーキットと鈴鹿サーキットぐらいに全く違う特性を持った様々なトラックが存在します。
高いところから見下ろす
フェニックス レースウェイ

〇レース

 カップシリーズは世界屈指のセミ耐久レースとも言えます。年間に36戦もあるのに、レース距離は短くても300km以上(ダートを除く)。500kmを超えるレースはザラで、レース時間は3時間以内に終わったら早い部類です。重たい車を一人で一生懸命3時間運転するのを毎週末ですからかなりの体力ですね。最大出走台数も40台と非常に多くなっています。
 有力チーム同士であれば車両の性能差は極めて小さいレベルに収まっており、優勝できる可能性のあるドライバーの数は簡単に10人は名前が挙がるのがF1と大きく異なるところです。SUPER GTでもそうはいかないかもしれません。
 とりわけオーバルでは単に左にしか曲がらないがために『その一点にいかに完璧に合わせるかが』重要であり、路面温度、タイヤ内圧、セッティング、何か1つ少し条件が異なるだけで、その少しの差がペースの差となって現れます。3時間もレースしてますので、最初から最後まで何もしなくても完璧にずっと速い車、というのはまず存在しません。
 そのために、各ドライバーはピットに入るごとに車両に微調整=アジャストを加えて、レースの一番最後に最高の状態に仕上がるように進めて行きます。場合によっては序盤をあえて捨てたセッティングを組んで、序盤はひたすら耐える、なんてこともあります。

 日欧で言うセーフティー カーに該当する『コーション』も比較的多く出るので3時間ずっと競争をしているわけではありませんが、コーションが出るたびに今度はピット作業での争いとレース戦略が見せ場となります。ここでアジャストも行われるのでコーションのたびにレース展開が変わり、これらの要素で勝者は最後までなかなか分かりません。
 レースの序盤、日差しが強い時間に速かった人は、夕方になって路面温度が下がると遅くなるかもしれない。曇り空で遅かった人が、晴れてきたら急に速くなるかもしれない。こんなことが日常的に起こり、出入りの激しさはSUPER GT以上ではないかと思います。
 また、F1では2021年の最終戦で『レースをSC下で終わらせるのはよろしくない』という姿勢がレース ディレクターの超法規的措置を後押ししたと言われていますが、NASCARでは予め延長戦の制度があります。そのため、コーションの状態でレースが終わるのは、『最終周に入ってからアクシデントが起きた場合』だけに限られています。
 さらに、F1ではベルギーGPで悪天候により待てど暮らせどレースが始まらない上に、結局3周だけ隊列走行して終わる、ということがありましたが、NASCARは基本的に翌日に順延され、長いと3日ぐらいは待ちます。とにかく、決着がつくまでレースするのが基本です。野球でもそうですが、引き分け、時間切れは極力起こさない文化です。

〇ドライバー

 最大出走台数が40台ですからドライバーの人数も多く、いわゆる『推し』を作ることでレースを面白く見られます。オーバルでは経験値がモノを言うため比較的長く現役を続けられるという特徴があり、現在も46歳の大ベテランから20歳そこそこの若手まで幅広い選手が参戦。
 仲の良い選手同士もいれば、因縁を持つ組み合わせもあります。昔は乱闘もザラで、そもそもNASCARが有名になった理由というのも乱闘が要因。1979年、初めて全米に生中継されたデイトナ500で優勝争いからの乱闘が発生。これを見た人たちが面白がったことで、一部の人たちのものだったレースが一気に全国区になった、と言われています。
 現在は年に1回あるぐらいのものですが、乱闘一歩手前の険悪ムードは数知れず。放送局も煽りますし、放送局はドライバーにすぐにインタビューに行き、またそれに答えるのが流儀。メディア対応で教科書に書かれたお手本のような振る舞いを強要されるF1と比べれば、ドライバーの感情は表に出てきます。
こちら乱闘寸前の揉み合い

 よく『プロレスのようにヒール役とヒーロー役がいて個性がある』なんて言われますが、そこまで極端な悪役はさすがに減ってはいるものの、確かにやらかしがちな人と、みんなから好まれる人は存在します。まあこれはF1でも大差ないですが、いかんせん競争力が拮抗していますので主役が多く、当然これに絡んだあれこれの発生頻度もやらかし案件も数が多くなります。
 ちなみにNASCARドライバーになるためにも当然ながらライセンスが必要です。F1のように明確にクリアすべき事項が存在するわけではないですが、審査を通ろうと思うとそれなりのレースでの実績等が必要になります。また、安全性の観点から18歳未満の選手は一部の高速トラックには出場ができない年齢制限がかけられています。そのため、全戦に出場するためには満18歳以上であることが条件となります。

〇スポンサーとペイントスキーム

 そして、NASCARといえばカラフルで個性的な色をした車両も人気で見どころ。日本だと以前は『カラーリング』、グランツーリスモSPORTの発売以降は急速に『リバリー』という呼び方が増えていますが、NASCARでは『ペイント スキーム』や、単に『スキーム』と呼びます。
 これらを構成するのは当然ながらスポンサー企業。F1は2台体制でも同じ色が義務ですし、日欧のレースの多くは1年間同じ色・スポンサーなことが多いですが、NASCARではチーム内でもドライバーごとにスポンサーは様々。
 さらに、レースによって主要スポンサーが入れ替わることも多く、そのために1年を通じて様々なスキームが登場するため、見る側にとっても関心事の1つです。もちろん1社で1年を賄えればありがたいですしかつてはそれも可能でしたが、必要な予算は年々増加し、一方で企業の広告宣伝費はなかなか厳しい情勢なので、近年は1社で通すということはほぼありません。





 特定の地域に店舗網を構える企業なら、その周辺地域で開催されるレースだけスポンサー契約をしていたり、同じ企業でも宣伝する商品を変えてみたり。ここに、独立記念日、戦没者追悼記念日、ハロウィーン、といった行事による特別なものも加わって、非常に彩り豊かな車が毎戦並びます。人間ではなく車の見た目から応援する人を決めるのもありです。
 他のレースとの決定的な違いは、カー ナンバーを車両の側面と屋根に大きく描くことで、規定によって定められています。2021年までは側面の数字はドアの中央付近にありましたが、企業とするとこれでは側面に大きなロゴを貼れないので、2022年からはドア前方へ数字を移設し、より大きな場所を側面に確保しました。少し他のカテゴリーのゼッケンと性質が近くなりましたが、それでもなお数字がとても大きく特徴的です。


〇放送

 肝心なのは放送です。アメリカでは現在、大まかにシーズンの前半をFOX系列、後半をNBC系列が放映権を取得して両社で全戦を放送しています。なお、NBCのスポーツ専門チャンネルであったNBC SNが廃止されることに伴い、2022年からは一部レースが系列局のUSAネットワークで放送されています。
 一方日本ではというと、かつてはNHKのBSが放送していた時期もあり、その後はGAORA、2004年からは日テレG+が放送。しかし2019年限りでこれも終わってしまい、2021年時点で日本の放送局でNASCAR中継を行っているところはありません。
 一方で、NASCARは国外向けには動画配信を強化したい意向のようで、レースのフル動画を開催日の数日後に公式YouTubeアカウントから公開しています。もちろん放送は全編英語の現地放送をそのまんま。一部スポンサー関係の都合でテロップなどは海外配信用のものに差し替えられていますが、現地ではCMが流れている間も無音で映像が流れているので、CM中に起きたアクシデントも確認できます。
 難点は、たまに設定ミスか何かでテロップが出ない、アップロードはされてるけど非公開設定が解除されていない、途中なぜかザックリと切られてしまった場所がある、といった不具合がある点。2021年には『画面が固まって同じ映像のまま音声だけ流れる』という盛大なバグによって苦しめられたこともありました。世界中から山ほどコメント欄で指摘されても、修正されたのが5日後だったと思います^^;
伝説のトラウマシーン
『ロガーノ車載映像フリーズ事件』

 NASCAR Track Passという公式の有料動画会員になるとライブでの観戦も可能だったんですが、なんと2023年にこのサービスは廃止されたようでトラックパスによる観戦はできなくなった模様。おそらく公式アプリやYouTubeで特定のドライバーの車載映像だけはライブ配信されるので見れるとすればそこだけ、公式な方法でリアルタイムの中継映像を日本から見る方法が無いようです。
 ライブで見れない以上、開催から視聴までの間はネタバレ厳禁ですし、そんなわけで日本にいる我々の最大の懸念は視聴形態だったりしますが、YouTubeで見れるのならこれほどありがたいものはありません。願わくば日本の誰かさんが毎戦ライブで放送するのがいちばん良いんですけどね。

 というわけで、大雑把なNASCARの特徴をザっと並べてみました。ここからさらに細かい話を見ていこうと思いますので、興味を少しでももたれた方はこの先へお進みいただけると幸いです。
m(_ _)m

コメント

Cherry さんのコメント…
ロガーノフリーズ事件で思い出したんですが、なぜかプレイオフのブリストルのフルリプレイも41分から半透明のピットクルーがず〜っと映されてて最近困惑しました。海外の方もコメント欄に最近見た方が同じ状況になってることを呟いていたので、トラウマ再来でしょうかw
来シーズンはこのようなトラブルがなくなることを祈りたいです...
SCfromLA さんの投稿…
>Cherryさん

最初は間違いなくちゃんと見れてたのに確かに壊れてますね。コメント日から推察するに2か月前ぐらいから突然発生したっぽいですね。ロガーノの呪い、今年もありそう・・・w
okayplayer さんの投稿…
コレは助かるやつや!
SCfromLA さんの投稿…
>okayplayerさん

 どこまで伝わるか分かりませんが、たぶん現時点では日本語版WikipediaのNASCARページより情報量が多いとは思います 笑