NASCARの初歩的(?)なお話 2 車両編

 レースを見るならやっぱり車そのものの魅力は必須なので今回は車両に焦点を当てて初歩的な話からあれこれ掘ってみたいと思います。と言っても、私自身が自動車という工業製品そのものにあまり詳しく無いのでその点はご容赦ください^^;

 カップシリーズでは2022年から新しい車両規定が導入されて車両が刷新されました。Next Gen CarやGeneration7と呼ばれています。次世代の車、第7世代の車両、ということですね。第7世代というとちょうど今は『お笑い第7世代』なんて呼び方がされていますが、じゃあ第1世代は誰なんだと言ったらコント55号あたりの1960年代後半~活躍した演芸界の方々だそうですね。
 そういえば、この頃に時代に大きくかかわった演芸場として『浅草フランス座』が有名ですが、NASCARの創始者はビル フランスという人で、以後フランス家によって長年所有されていましたので、こっちもある意味フランス座です。

 そんなことはさておき、NASCARでも第7世代があるんだったら第1世代もあるのかというとちゃんとあり、1948年の創設時から1966年まで使用されていたのがGeneration 1とされています。NASCARでは唯一ドアが存在し、これを開かないようにバンドで固定していたそうで、フレームや車体の改造もできない、まさに『ストックカー』でした。
1958年のSouthern 500 白黒映像です


 1967年から、安全性を考慮したGeneration 2となります。ここからレース専用設計となりますが、フレーム部分だけはまだ市販車のまま。3つの製造者が車両を製造してチームに供給していました。1980年まで第2世代が続きます。リチャード ペティー、ケイル ヤーボロー、デイビッド ピアソンなど、過去のすごい記録でたいてい出て来るような『伝説』と呼ばれる方々が活躍していた時代ですね。
 また、シーズンの制度などが現在のものに近くなった1972年以降を『近代(modern era)』と呼ぶことがあり、記録などでここを境にすることがあります。
1973年のSouthern 500

 1981年~1990年の10年間がGeneration 3。販売店に置いてある車と似せるために旧世代より車両を小型化。デイル アーンハート、ダレル ウォルトリップ、ビル エリオットなど、現在に繋がる名ドライバーが輩出された時期です。
1987年のGoody’s 500

 1991年から2006年まで続いたのがGeneration 4、バンパーなど一部がグラスファイバーに置き換えられ、もはや市販車との共通項は全然無い状態です。この頃からチームは風洞を用いて空力的な優位性を模索するようになってきたとされています。
 中南部の悪そうなおっさんたちのレース、というイメージの強かったNASCARに、カリフォルニアなど西部のスマートで若い顔ぶれのドライバーが頭角を現し始めてレースの質が変わり始める時代となっていきます。レース中継のスタイルもこの時代に現在のようなスタイルが確立したと思われます。
2002年のEA Sports 500

 2007年から採用されたのが、Car of Tomorrowと呼ばれたGeneration 5で、グランツーリスモ5に収録されたのもこの世代です。2001年に国民的人気を誇ったアーンハートが事故死。F1で言えばアイルトン セナの事故死に相当する衝撃を与えることとなり、安全面への意識が急激に高まりました。
 そうした流れを受けてより安全性を高めつつも、すっかり市販車とかけ離れた外観を再度市販車に近づけて、自動車メーカーの宣伝・販売促進に繋げようとしました。フロントにはスプリッターを装備、一時期はリアにウイングも装備されましたが、不評だし壊れると部品が散乱するので長続きしませんでしたw
2009年のSouthern 500

 そして、2013年から2021年まで使用されたのがGeneration 6です。さらに見た目を市販車に近づけるべく自動車メーカーとNASCARが緊密に連携。空力をより活用し、車体も少し軽量になったので史上最速の車両となりますが、後方乱気流によって後ろに付きにくいという問題が顕在化。この後NASCARは年度ごとにスポイラー、スプリッター、エンジン出力等を調整してレースのやり方を左右するようになっていきます。
 導入初期にデニー ハムリンが「Gen6はクソだね」とメディアにぶちまけて罰金を食らったのは有名な話。私が本格的に見るようになったのがちょうどこの世代です。

 そして2022年から採用されるのがGeneration 7。市販車と近い外観、バトルしやすい空力設計、安全性の向上、といった要求を受けて関係各社とNASCARが連携して生み出されました。当然市販車とは何ら接点は無いんですが、Generation 4の頃と比べると、街中にいてもなんとか成り立つような気がしなくもありません。

 Gen6ではホイールは15インチ、リアのサスペンションは左右が繋がったリジッド式、トランスミッションはなんとHパターンの4速マニュアルとなっていました。外観は変わっても中身が何十年も変わっていないような、ある種の伝統でしたがあまりに現代とかけ離れた存在だったので、Gen7では18インチのホイール、独立サスペンション、5速のシーケンシャル トランスミッションと『普通の車』になりました。各国で開催されているGT4規定の車両と似た雰囲気になっています。
 そして、乱気流対策として後部に初めてディフューザーを搭載。ダウンフォースを車体下面で発生させ、スポイラーは小さくして乱気流を抑えつつ性能を発揮させるような設計になっています。また、これは見た目にはさっぱり分かりませんが、僅かに非対称になっていた車体形状が完全に左右対称になっています。
 高い安全性は事故が起きるたびに見直されてさらに安全対策を追加することを繰り返しており、レーストラック側の安全設計と相まって、見た目には悲惨に見える事故ですらドライバーは無傷で車から降りるケースがほとんどです。アーンハートの死亡事故以来、20年にわたってカップシリーズでは死亡事故は起きていません。
 ただ、Gen7はあまりに頑丈になりすぎて逆に衝突の衝撃がドライバーに伝わってしまったようで、2022年に2名のドライナーが脳震盪のような症状で欠場を余儀なくされました。そのため2023年はフレームの一部を削除して、あえて少し強度を下げて車を壊して衝撃を吸収できるように変更が加えられています。


 車両はNASCARとダラーラによって設計され、骨格となるチューブフレームはミシガン州に拠点を置くTechnique Chassisという会社が生産を行い、各チームはここから購入します。入札で競合する17社を退けた、なんて記事もありました。

 この会社は元レーシングドライバーのロニー ジョンコックスが所有している企業で、元々カップシリーズの車両のコンポーネントの製造・供給を行っていた会社だそうです。その他、車両のパネルなど各種部品もそれぞれサプライヤーが決まっていて、どこを誰が製造しているのかも公表されています。詳細スペックなど細かい話はこっちにまとめました
 従来は各チームが規定にそってフレームを組んでチャシーを作成。そのため予算規模の大きいチームはじゃんじゃん新しいものを作ったり、あるいは自分では作成できない小規模チームに車両を供給していましたが、Gen7では全てここから各チームが購入することになります。車両の準備のやり方がごっそりと変わったわけです。

 外観は各メーカーの車両のイメージを再現できるよう施されていますし、カムリなんて4ドアの車を2ドアのデザインに落とし込んでいるわけですが、その中でも空気抵抗値などで優劣が出ないように研究が行われているので、外観は違っても性能差はほとんどありません。あまりに性能差があるように見えたらたぶんチームやメーカーから苦情が行って直されると思います。
 外板はGeneration6までは金属製でしたが、Generation7で炭素繊維強化プラスチックへと変更されました。既にエクスフィニティ―シリーズで投入されており、これにより軽量化が行われるほか、こっそりとあれこれインチキがしにくくなるとされています。
 従来は分からない程度に職人技で車体を変形させて空力性能を上げようとチームが策を練り、NASCARがそれを防ぐ知恵比べがお約束。ピット作業中にクルーがこっそりと車体に体当たりをかましたり、フェンダーの端を手でチョイっと曲げるというF1ではあり得ない『空力開発』を行っていましたが、樹脂製では変形させにくいほか、部位ごとにボルトで固定するようなやり方なので、ズルをしたら部品の辻褄が合わなくなってすぐバレるみたいですw

 
 一方エンジンですが、排気量358キュービック インチ=5866ccのドでかいOHV方式のV8エンジンを搭載しています。市販のカムリには絶対乗ってないエンジンです。OHVは高回転には向かないエンジンだとされていますが、ずっとOHVを使い続けて来たNASCARでは研究しつくされて10000rpm近くで回るようなエンジンになりました。
 これによって本来は900馬力ほど出るバケモノエンジンになっていたんですが、安全性や興業、費用の観点からとりわけGen6導入以降に出力は下げられていき、2021年はテイパード スペーサーと呼ばれる吸気制限装置を使い分けて550馬力と750馬力、そしてスーパースピードウェイ用の3仕様でレースしていました。
 1周丸々アクセルを踏み続けるスーパースピードウェイは550馬力でもなお速すぎるために、2021年は最終的に450馬力あたりまで下げられました。かつてはスーパースピードウェイだけにリストリクター プレートを装着して吸気制限を行っていたので、『リストリクタープレートレース』と呼ばれていました。現在は670馬力の通常仕様と、510馬力のスーパースピードウェイ仕様の2種類でシーズンを賄います。
 これでもなお最高回転数は8500rpmを超え、野太いアメリカンV8が高回転で回るエンジン音は他のレースに無い魅力を生み出しています。ただ、今後V6エンジンへの変更や共通部品のハイブリッド機構を装備することも検討されており、いつまでV8サウンドを耳にできるのかは分かりません。まあV6になったらなったで良い音なんでしょうけどね。電気自動車化も将来的課題としてNASCARは認識はしているようです。


 エンジンはNASCAR側から買うのではなく『エンジン ビルダー』と呼ばれるところが開発したものを各チームが使用します。ビルダーなんて名前がついてるぐらいで、かつては色んな会社が手掛けていました。しかし現在ではメーカーからの手厚い支援を受けた限られた会社に集約されています。
 シボレーはヘンドリック、フォードはラウシュ-イェイツ、トヨタはTRDが作ったエンジンを多くのチームが使用しています。トヨタだけがTRDなので本当にメーカー直結ですね。一部の小規模チームはこれとは別の独立系ビルダーのエンジンを採用していることもありますが、優勝争いしている人たちはみんな同一メーカーならエンジンも同一だと考えて支障ありません。
 また、NASCARにもいわゆる『2レース1エンジン規則』が採用されており、具体的にはレースに新品エンジンを搭載して出場すると、そのエンジンには封印が施されます。封印には、エンジン全体を封印する『ロング ブロック』と、下半分だけ封印してある程度は手直しができる『ショート ブロック』の2種類があり、当然ロングブロックの方が厳しい封印ということになります。
 2020年からはロングブロック、ショートブロックのエンジンを各8基ずつと定められており、これにスーパースピードウェイでは別途1レースに1基の割り当てが行われて、合計で36戦を20基で戦うことになっています。F1の22戦を3基と比べたら余裕な感じですが、NASCAR的にはかなりの規制強化でした。

・独自の安全装備・ルーフ フラップ

 車両に関して特徴的なものの1つに『ルーフフラップ』というものがあります。車両がスピン状態になった際に、屋根とボンネットから板が出てきてパタパタと動いているものです。

 簡単に言えば板をロープで固定してあるだけの簡単な装備ですが、普段正面から風を受けているぶんには閉じており、横や後ろを向いてしまった際に自然と開いて車の浮き上がりを防いでくれるという優れもの、高速のオーバルでこれがあるかないかでは安全性が大違いです。ルーフラップが誕生した経緯や詳しい解説は以前に別記事を作成しているのでそちらをご覧ください。


 こんな感じで、NASCAR的には猛烈に進歩しつつ、世の中から見ればまだまだ時代に取り残された郷愁を残した独自の車両であることが、惹きつけたコアなファンを離しません。もっとも、新規の顧客が無いことが課題であるというのはNASCARも認識しているので、これをどう運営するかが経営者には求められています。

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