NASCARのチャーター制度とは?

 そういえば独立して書いたことが無かったなと思ったので、シリーズ再開前に今さらながら今回はNASCAR Cup Seriesのチャーター システムについてまとめてみようと思います。

・チャーター制度の基本

 charterという単語には、貸し切り、とか、権利を与える、といった意味があります。チャーターシステムはまさにそういった仕組みで、チャーターを持っていると『予選落ちせずに全レースに出場できる権利』が与えられます。SUPER GTでいうシード権に似ていますし、仕組みや考え方としてはFIAとF1参戦チームが結んでいるいわゆる『コンコルド協定』なんかが念頭にあると思います。

 2016年2月、NASCARと参戦チーム側はこのチャーターシステムの導入で合意しました。当初2020年までの4年間の期間で合意し、これがさらに4年延長されて現在は2024年までが双方の協定の合意期間となっています。
 合意に基づいて、NASCARは36のチャーターを割り当てました。基本的にその時の参戦チームの中でフル参戦している上位チームから順に割り当てていきました。割り当てはカー ナンバー単位(オーナー ポイントと同じ考え方)で行われ、規則で上限となる4台体制のチームには4つが割り当てられました。
 元々最大出走台数が43台だったカップシリーズですが、チャーター制度の導入に合わせてその台数は40に削減され、フィールド上の車両は『チャーター保有車両36台+未保有車両最大4台』という組み合わせになりました。チャーターを保有していない車両のことは『オープン チーム』や『オープン カー』と呼びます。

・制度導入の目的

 これらの変更の目的にはいくつかの狙いがあると考えられます。大きいのは経済面で、当時アメリカ経済は拡大局面だったとはいえ、成長は極めて緩やかな上に格差が拡大して恩恵を受けていない部分も数多く存在しました。NASCAR自身も視聴率・観客動員とも低下が顕著で、そうなるとチームやドライバーに就くスポンサーも減少してしまいます。
 NASCAR側からすると有力チームが撤退して台数が減るようなことは絶対避けないといけませんし、チーム側としても財政的にできるだけ安定して持続的な制度が望まれるところになります。
 チャーターを保有すると予選落ちが無くなって必ず全てのレースに出場できるので、スポンサーに対して営業を行う際に計画を非常に立てやすくなります。デニー ハムリンとFedExのように、一社でほぼ全戦を賄うような契約をしているところはあまり影響は無いですがそんなケースはもはや稀で、チームによっては開催地域によって、その地域を地盤とする会社と数戦の契約を結ぶことも多くあります。
 しかし、そのレースで予選落ちなんてした日には、お金を払ったのにほぼテレビに映らないわけですからスポンサーからすると大損です。レースに出れるならこうした心配はありませんから売り込みやすくなります。

 と言っても、実際には参戦枠が全て埋まって予選落ちが生じるケースというのは年々減少しており、現実には40台の枠になってもそれすら埋まらないレースの方が多くなっています。予選落ちの影響が最も大きいのは開幕戦のデイトナ500。ここはスポット参戦が多くて数台が予選落ちを喫する上に宣伝効果も大きい最大のイベントなので、ここで決勝の参加が保証される利点は大きいと思われます。

 チャーターには経済的な利益もあり、NASCARは成績に応じて収益分配金を与えています。NASCARは元々決勝に出走したチームに対して賞金というか分配金というか、最下位ですら最低限のお金を手にすることができる仕組みがありましたが、チャーターシステムの下ではチャーターチームとオープンチームで分配に違いが生じ、金額は非公開ですがオープンだとチャーターチームの3~5割ぐらいの額しか手にできないと見られています。
 分配金はそのチャーターの過去3年間の成績に基づいて算出されているとみられており、好成績であるほどたくさんお金がもらえるのでできるだけ上位を目指したくなります。レギュラー シーズンで優勝すると基本的にプレイオフ進出=シリーズ16位以内が確定しますが、とりわけ普通にポイントで競ったらそこまで届かないような中団のチームではこれは大きな機会となります。今年のデイトナ500でマイケル マクダウルが勝った際にその話題も書いたので、ご覧になったことが無い方はよろしければ寄り道してくださいw

 チャーターが無いと全戦に出れないというわけではないので、オープンチームでもフル参戦してチャンピオンを狙うことはできるんですが、やはり財政的に不利に立たされるため現実的には厳しいと考えられています。

 また、レースの質というものも理由の1つです。最下位でもお金がもらえる、ということを書きましたが、NASCARではこれを利用して、決勝レースに出るだけ出てすぐにリタイアしてしまい、ほとんどお金をかけずに賞金だけ貰って帰っている、と思われるような動きが少なからずありました。これを『スタート アンド パーク』と呼んでいます。
 野球でも、アメリカでは金銭的に優位なチームが一人勝ちしないような収益分配や課徴金の制度ができていますが、一部の下位チームがこれを逆手にとって、ロクに補強せずに分配金をオーナーが貯め込んでいる、という問題が起こりましたが、構図はこれに似ています。
 調べると、元々チャーター制度の前段階としてNASCARは賞金の割り当てを見直しており、スタートアンドパークが起こりにくいような制度作りに取り掛かっていたようですが、チャーター制度によってこれをやってもあんまり儲からなくて利点がさらに薄まってほぼいなくなりました。
 やる気のないオーナーが出走しないので、スタートだけしていなくなる・いるけどとてつもなく遅くて黒旗を振られて数十周でいなくなる、という車が出なくなるので、これによって最高峰シリーズのブランド力を向上させる、とこういうことになります。
 言い換えれば、最大43台の時代もそういう車が数台いたので事実上40台以下でレースしており、最大枠を減らしてもエントリーそのものも減るからほとんど影響が出なかった、と考えられます。本来は毎回予選落ちが出るような盛況が望ましいんだとは思いますけどね。


・チャーターの剥奪

 色々と経済的に利益のあるチャーターですが、これだけでは質は保てません。というのも、最初に付与されたチームのうち下位勢がこれにあぐらをかいてスタートアンドパークをやり始めたら意味が無いからです。
 そこでNASCARは、3年連続でチャーターチームの中で34~36位の成績に低迷してしまった場合、権利をはく奪することができる、と明記されています。できる、と書いてあるだけで、必ず剥奪する、というサッカーの2部降格的な強制力のある制度ではないので本当に行うのかはNASCAR次第なんですが、今のところ剥奪されたチームはありません。
 調べるのが面倒なので真面目に調べていませんが、とりあえずNo.00 スターコム レーシングのチャーターは2018~2020年にいずれも34位以下だと思うので、今年も同様ならもう3年どころか4年に達するので、規則上は取り上げられても不思議ではありません。
 
 上位チームは大きな分配金を手にして経済的に安定、下位チームはせっかく得た権利を失わないよう、34位にならないようにたとえテレビに映らない下位の争いであっても一生懸命に走り、常にプロの戦いを見せられる真剣勝負の場を作る、ものすごく理想論を言うとこういうインセンティブをもたらす制度ということになります。



・チャーターの取引

 チャーターは手放したくない権利ではありますが、チームが撤退したり、複数持っているけど参戦台数を削減したり、といった事情で、持っているけど使わない/使えないことが出てきます。こういった状況を想定して、NASCARはチャーターの売買と貸与を認めています。
 取引金額は相対の取引なので非公開ですが、チャーターは前述の通り前年までの成績に基づいて収益分配が行われるので、好成績を残した実績があるものほど価値が高いと思われます。実際の価格がどう形成されるのかは売り手、買い手それぞれの希望や計算でかなり大きく変わると思います。

 また、貸し出すこともできますが、こちらはやる気の無いオーナーが車も持たずに毎年貸していたらただのブローカー、転売ヤ―になってしまってむしろスタート&パークよりも酷いので、貸せるのは5年間につき一度だけとされています。と言っても、これはチャーター単位であってオーナー単位ではありません。
 ですので、例えばチャーターを3つ持っているオーナーなら、2台体制にして1つを貸し出し、翌年は貸していたものを自分で使い、去年使っていたものを貸す、というローテーションを組むと3年は同じことができてしまいますので、実効性は微妙です。
 借りている側は決勝の参戦が保証されますが、基本的には一時しのぎの策です。どのみち借り続けていたらそのうち貸し出せるチャーターが市場から無くなりますし、最終的にはどうにかしてチャーターを取得しないといつまでも参戦体制は維持できません。
 



・チャーター制度の弊害

 経済的に運営側、参加側の双方にメリットのあるチャーター制度ではありますが、もちろん完璧な制度ではなく弊害もあります。36あるチャーターのうち25個ほどは競争力があって長年参戦しているような有力チームが保有していますので、そう簡単に売却や貸与が行われることにはなりません。これらは不動チャーターと言えると思います。
 そうすると、流動性がありそうなチャーターは10程度しかありません。具体的に言えばスパイアー モータースポーツ、スターコム レーシング、リック ウェアー レーシングなど、レースではたいがいテレビに映らなくて周回遅れになっているようなチームが、撤退したり、台数を増減させる過程で残ったチャーターを動かしているような状態です。
 一方で、こんな世の中でも新たに参戦したい意欲のあるオーナーや、下部カテゴリーから活動を拡大してカップシリーズに参戦したいと思っているオーナーも複数います。これってけっこうすごいことです。
 ですが、経済的に安定させてチームを運営するにはチャーターが必要になってくるので、この限られたチャーターの中から何かの拍子に市場に出て来たものを買うなり借りるなりしに行く事になります。つまり売り手市場の状態となります。
 売り手市場だと売買される物の取引価格は上昇してしまうため、新規参戦を考えるオーナーにとっては参入障壁となってしまいます。取引価格は非公表ですが、デイル アーンハート ジュニアが6月30日に出演したラジオ番組で語ったところでは、どうも現在では1000万ドル近い値段がつくこともあるとのこと。
 ジュニア自身もXfinity Seriesに参戦しているJRモータースポーツをカップシリーズに拡大して新規参戦したい意思を示しているんですが、そのラジオ番組の中で

「コウリッグが2つのチャーターのそれぞれ1000万ドル支払ったという話を聞くけど本当かどうかは分からない。チャーター市場は500万ドル、600万ドルだと思っていたけど、今では1000万ドルを超えているというし、どれを信じていいか分からないよ。それは僕の考えてる範囲外だということは言っておくよ。」

と、高騰に戸惑いを見せていました。ただジュニア自身はあくまでチャーター制度自体には肯定的だそうです。

 剥奪規則が積極的に用いられると、下位チームのチャーターが必然的に浮いて、これを既に参戦しているオープンのチームに割り当てるので、じゃあとりあえずオープンでも参加して頑張るか、とか、貰ったチームが「いや、うちはそこまでじゃないんで売ります」とか、流動性が生まれます。
 流動性が生まれるとなると、立場的にチャーターを維持できなさそうなオーナーは、自分から取引に動いたり、強化策を講じたり、あるいは参入待ちのチームと統合してしまったり、ということになるんですが、現状そうなっていないことも問題点かもしれません。既存オーナーにとっては残酷ではあるんですけどね。

 なお、新規参戦のチームは自分たちの独自のショップを構えて独力でどうにかしようとすると、いくら基本的な道具が同じカテゴリーとはいえ、セッティングなどの細かい知見で劣るためになかなか競争力を得ることができません。
 そのため、たいていの場合既存の大手チームと提携し、車両やスタッフなどの支援を受けることが多いので、これをやると提携料金も支払う必要が出てきます。車を用意してとにかく組み上げて走ったら大きな夢を掴むことができた古き良き時代(があったのかどうかは知らんが)に思いを馳せる人からすると、つまんねえなあと思うのは致し方ないところです。でも時代が違いますからね。

 チャーター制度についての大まかな仕組み、考え方、現状はこういったところです。2024年から先にまた延長されるのかは現時点では不明ですが、シリーズの維持に重要だと思う人もいれば、人によっては「ロクに戦えもしないオーナーが無駄にチャーターを囲い込んで金儲けしているダメな制度」と思っている人もたぶんアメリカにはいると思うので、この辺をNASCARとチーム組織がどう捉えて次の時代に繋げるかが注目です。


・変則的だったチャーター取引

 最後に、今年あった驚きの例を1つ。JTGドアティー レーシングが2021年1月末に、No.37がチャーターからオープンに切り替わり、予算が確保できないので全戦出れないかもしれない、という発表を行いました。当ブログでもその際に取り上げましたが、No.37のチャーターはJTGDが自社で購入して保有しているチャーターと目されていたため驚かれました。
 実際には、チャーターの保有者はXfinityシリーズなどでオーナーをしていたトッド ブラウンという人物。ブラウンはチャーターを購入した上で、JTGDと、簡単に言えば共同オーナーになるような契約を締結。結果としてJTGDは『ブラウンが所有しているチャーターを3年契約で借りて、自分達のものとして使える』という権利を手にしたとのこと。
 この契約が終了し、延長を行わなかったのでNo.37はチャーターを失い、ブラウンは手元に戻ったチャーターをすぐにスパイアー モータースポーツに売却しました。今度は本当に売却したっぽいです。
 本来チャーターの貸与は5年間につき1度なので3年も借りることはできないんですが、参戦チームではないオーナーが保有した上で、簡単に言えば「俺たち共同オーナーなので、相棒が持ってるこのチャーターをうちのものとして使います」という立場となり、JTGDは多額の購入費用を一括で払うより、毎年リース料を払うという取引を選んだようです。
 こうした複雑な取引スキームは他ではおそらく無いとは思うんですが、NASCARを取材しているメディアですら、ブラッド ドアティーがこの話をするまで全く知らなかった様子だったので、事実上のブローカーみたいなものがゴロゴロ出てきて悪さをしないか(ブラウンが悪者だと言いたいわけではなく、そういう抜け穴がありそうだという意味)、制度上少し気になる話でした。


コメント

まっさ さんの投稿…
丁寧な解説ありがとうございます。

チャーターの売買が出来るのがアメリカンっぽくて好きではあるのですが、、もう少しフル参戦組と長期参戦組にメリットがあると良いなぁと思う今日この頃。。。

前年プレーオフ進出16台、(売買禁止)
前年プレーオフ進出外でランキング上位10台、(売買禁止)
新規フル参戦用(3年連続契約)で4台
上記枠以外の車両で3年平均ランキング上位5台、
上記から漏れた5年以上フル参戦している車両の3年平均ランキング上位5台の計40台!

チャーター枠の売却はNASCARに権利を売却してNASCARが定めた額でNASCAR経由で販売。
金額は当然公表!

みんながそれぞれの目標を持って走れる環境で、プレーオフ外のチャーター枠争いにも注目を集める作戦!尚且つ投機目的を排除!

あ、xfinityで優勝経験があってドライバーもしくはドライバーの家族がスイカ畑を所有している場合はチャーター権付与!
って書き忘れた( ´∀`)

SCfromLA さんの投稿…
>まっささん

 お仕事の方で何かその手の制度設計的なものを手掛けてらっしゃるのかと思ってしまう具体的アイデアですね(;・∀・)
アメリカの場合は野球でもアメフトでもドラフト指名権の売買ができたりとかそういう土壌があるので違和感無く受け入れられてるのかなと思いますが、参戦希望チームが「今はチャーター無いけどオープンで頑張ってレースして昇格するぞ!」という意欲が持てるような制度の方が、長い目で見て有益になるのでは、と私も思いますね。

・・・最後のルールが荒唐無稽すぎて笑えますが、ある意味役所の入札の現場とかで行われてる実情っぽくて一番リアルですw
まっさ さんの投稿…
アメリカの農場保護は大切ですw
決して42号車のドライバーひいきではございませんwww