F1第12~14戦 神の子不思議な子

 夏休みが開けた2026年のF1世界選手権、第12戦が今年で開催権契約が切れてひとまずは終了となってしまうオランダ・ザントフォールト、第13戦はF1初年度から途切れることなく開催されてきているイタリア・モンツァ、そして第14戦が初開催のスペイン・マドリンクというある意味で見事に対照的なイベントでした。これでヨーロッパでのレースも最後ということでしたが、アンドレア キミ アントネッリは神童の愛称そのままに神様に愛されていそうな展開でイタリア・スペインを連勝。もはやドライバー選手権で他の人が追いつくのは難しい情勢になりつつあり、史上最年少チャンピオンは誕生するかしないかではなく、いつ誕生するのかという雰囲気です。今さらですがそんなヨーロッパ3戦の雑感です。

・神の子不思議な子

 かつて野村 克也は新人の田中将大が打たれてもなぜか敗戦投手にならない、打線の援護がある状況をさして「マー君神の子不思議な子」と表現して記者の笑いを誘いました。その6年後、シーズン24勝無敗という理解不能な結果を残したマー君を見れば決して大げさでは無かったことが分かるわけですが、アントネッリは実力に運も味方して本当に順風満帆でまさに神の子不思議な子状態です。
 そうそう、マー君と言えば私は1年目の初登板の試合だったか、福岡ソフトバンクホークス戦を気になったのでテレビ観戦してました。結果としては打たれたんですけど、主力選手である大村 直之に対して投げたスライダーがものすごい手前でワンバウンドするボールだったのに打者が空振りして、その瞬間に「あ、この子ホンモノだ」と思いましたね。
 打者って人間の構造上はっきり言ってボールを見てからバットを振ってたら間に合わないので、極端な話をすれば長年やってきた経験の蓄積で投げる前から脳内に投手が投げる球の軌道を先に再生して、ボールが手から離れた瞬間にその脳内映像に対してバットを振って現実の球を打ってるような世界です。そこでとんでもない球を振ってしまう、びっくりする反応をする、というのは長年野球をやって来た経験で見たことのない球が来たと推察でき、あの大村の反応から「たぶんこの子の投げてる縦スライダー、日本で誰も投げてない球なんだ」と思いました。ほぼその想像は当たってましたね。

 話が逸れました、オランダでは最後の開催の餞別なのかスプリント週末でしたが、スプリント予選とスプリントはともにジョージ ラッセルが1位になって、夏休み明けに多少は前向きな材料かなと思ったら決勝ではアントネッリが一枚上手になりました。レース終盤には『道を譲らされる』という屈辱的な扱いでアントネッリに2位を明け渡しましたがラッセルはとても良いヤツなのでそれはそれとして受け入れ、タイヤが古くて無理かと思った3位を死守してなんとか維持を見せてくれました。でもアントネッリ中心で回ってることが改めて浮き彫りになりました。

 続くイタリアではアントネッリはPU交換で19位スタートだったのに、直線が速くて効率的なメルセデス W17はモンツァで追い抜きを繰り返し、ここにレース後半に発生したVSCでメルセデス内で作戦が分かれたことが結果としてアントネッリを助けたこともあって、まさかの18人抜き優勝。いくら何でもちょっとラッセルが気の毒でしたが、アントネッリはイタリア人選手として1966年のルドビゴ スカルフィオッティー以来となるイタリアGP優勝の快挙を達成しました。イタリア人選手って意外と少ないんですよねえ。さすが神の子。でもラッセルとの争いでは危うく砂場に埋まって台無しになるところでした。ここ、グランツーリスモで走っててもパッドの切れ角制限の関係か急に曲がらない時あるんですよね()

 さらに続くスペインでは完全にランド ノリス圧勝のレースだったはずが、これまたVSCの導入が運命の分かれ道。ノリスはVSC発生時にちょうどピット入り口を通り過ぎた一方でアントネッリはドンピシャで飛び込み、ノリスがもう1周し終わる前にVSCが終わってしまったのでこの段階でほぼアントネッリ優勝で決まってしまいました。アントネッリのドンピシャには本人の判断力に加えてエンジニアのピーター ボニントンからも適切な指示が出ていたみたいなんですが、そんなのはレース後に分かる話であってレースは見ててマジ眠かったもん(笑)
 マドリンクは設計的にピットを通った際のロス タイム デルタが非常に長い設計になっていて、一方で並走するコースはターン1・2のシケインがあってピット ロードはその先でコースに合流するため、VSC/SC時には速度差が縮まった上にコーナー1個すっ飛ばしてることからえらくデルタが削減されます。シーズンで最も通常時といわゆるチープ ストップ時の差が大きいとされており、そんなチープストップ最強コースで偶然それを拾うとか、まさしく神の子。ちなみに両レースともVSCの原因はランス ストロールの車両故障ですから、ストロール家にちょっと贈り物しときましょう。

 対するラッセルはこの流れるような高速コーナーが続くサーキットで苦戦して予選6位、決勝も特に幸運も無くて5位と対照的な結果に。気持ちとしては予選からアントネッリとの差を意識して絶対勝ってやる、と思ってるはずなんですが週末によってそれができたり全然ダメだったりバラついてしまい、たぶん練習走行段階で上手く行かないとデータを比較してセッティングを変えて、あと乗り方も、とかやってるうちに車の側と自分の側と両方いじってぐちゃぐちゃになってしまうんじゃないかと思います。自分ではやれることやってるはずなのに何か遅い、ってドライバーとしてめちゃくちゃキツいですよね、右打者の外角低めに最高に指の懸かった速球投げたのに左中間スタンドに放り込まれたぐらいショックです。

・マクラーレンの開発力は侮れず

 オランダではマクラーレンのランド ノリスが優勝、夏休み前のハンガリーから2連勝としました。昨年はチームメイト・オスカー ピアストリとハゲしくチャンピオンを争っている中でこのレースではまさかのPU故障でリタイアだったので、最後のオランダを良い思い出で上書きできたのはよかったんじゃないかなと思います。もしオランダが復活するなら歴史としてこれほどドラマに満ちたものはないでしょう、復活することあるんかは知らんけど。
 開幕時点ではそもそも走りもせずリタイアしていたところから始まったマクラーレンですが、工場で研究して作ったものを現場で使ってきちんと成果を出す、というPDCAサイクル的なものがちゃんと機能していて、とりあえずダウンフォースに関して言えばもう最高クラスまで来たんじゃないかと思います。まだ浮き沈みがあるし低速はそうでもなさそうで、あとPUのエナジー管理に関してメルセデス本家になかなか届かないっぽいですけどね。ギア比が違うからそのままやり方を盗めないのが地味に影響あるらしく^^;

 マクラーレンはイタリアからリアウイングに180度反転するくるりんぱ方式も新たに投入しており、この辺りにも開発力の高さを感じます。回転式は構造上どうしても従来型よりは少し重くなりますし、ストレートモードから元に戻った際にダウンフォースが回復するまでの時間差も従来型よりほんの僅かですが遅くなると考えられます。実際、マックス フェルスタッペンはオーストリア、イギリスの2戦でダウンフォースの戻りの遅さが原因でクラッシュしたと考えられています。
 その割に得られる利益はそこまで大きくないと考えられているほか、規則上本当に合法なのかかなり微妙な設計でもあるらしいので、それでも導入するということはよほど自分達の作るものに自信があるし、その僅かな利益を狙っていけるぐらい全体として車が既に底上げされている証だろうなと思いました。ドライバー面ではノリスの方がピアストリよりも先に車両と適合している様子ですが、ラッセル/アントネッリ問題ほど極端なモノには見えないので、いずれ対等になるでしょう。
 余談ですがマクラーレンの回転式リアウイングには『Hウイング』という愛称があり、なんでHなのかと思ったら動作機構があるのがちょうどウイングに書かれたスポンサー企業名・ETIHADのHあたりにあるからだそう。なんじゃそりゃ、と思ったらマクラーレンが2010年に先鞭を付けた『Fダクト』と呼ばれる機構も名前の由来はスポンサー企業名・Vodafoneのfの文字のあたりに空気取り入れ口があったことが由来だったと知り、15年越しに勉強になりました。

・大事に至らなくてよかった件

 オランダとイタリアでは立て続けに怖い事故がありました。オランダの決勝は雨上がりの乾き切っていない路面でスタートし、フェルスタッペンが1周目の最終コーナーを走っている最中にいきなりスピンして派手にクラッシュ。普通なら全開で抜けていくバンク角のついた高速コーナー、というか事実上の直線でコースを横断するような事故だったのでかなり危険で、しかもその後ろでガブリエール ボルトレートも同様にスピンしていましたが、超一流の選手たちが全員見事に避けて行ったのはお見事の一言。ちなみに私は後方で何か起きる気がしていて画面上部を注視していたので「やっぱり起きた!」って思いました。

 フェルスタッペンとすると得意であり最後の母国レースで、しかも濡れた路面といえば自分の得意分野なので7位スタートから一発大逆転狙ってやろうという気合が入っていたと思いますが、ほんのタイヤ半分ぐらいの差で水が溜まっているであろう白線を踏んだことが原因とみられます。去年まではそんな失敗は絶対しなかったと思うので、彼をもってしても相当ギリギリまで詰めて走ってるんだろうなと改めて感じました。

 そしてイタリアでは2周目にシャルル ルクレールが最終コーナーでいきなり姿勢を乱してものすごい勢いで外側に飛び出していきほぼ一瞬の出来事で大クラッシュ。こちらもまたタイヤ半分レベルの僅かなラインの違いで舗装路の外側にある緑色のやや滑りやすい部分を踏んだことと、集団走行による後方乱気流、急激に出力が立ち上がってくる車両特性の合わせ技かなと思います。これは画面の前で「うああああ!!!!」って大声出してしまいました、車もコースも安全になっててよかったですよ、1960年代なら生きてないかもしれません。。。

 ルクレールがチームメイトのルイス ハミルトンと比べて苦労しているのは以前から書いていますが、オートスポーツ誌によるとやはりルクレールの乗り方は今年の車と相性が良くないみたいです。ご存知かと思いますが現行規定では1周で改正・力行できるエナジー量の収支を均衡させて、最も効率的に走行できるような設定が予め入力されています。ただしこの設定はドライバーが毎周理想的な走り方をしてくれることが前提になっているので、本来ならスロットルを踏むべき場面で車が暴れて戻したり、逆にスロットルを一瞬戻す予定の高速コーナーを気合を入れて全開で走ったり、という予定してない動きをすると狂います。
 予定と違う動きをすると、本来350kWを出力するはずの場所で出ない、使う予定がなかった場所で大量に放出してしまい必要な場所で全くエナジー残量がない、といった不都合が生じてしまいます。しかしルクレールはもともとややオーバーステア気味の車を細かくスロットルを調節しながら綺麗にコーナーを流して走ることが得意な選手であるため、制御システムからするとルクレールは予定通り走ってくれない厄介な存在になり、ルクレールからすると車の方が予期せぬ動きをする厄介な車になってしまいます。

 私もグランツーリスモ程度ですが、指定された車だったりアップデートでガラッと変わった車両挙動だったりが自分の走り方と合わないなと感じると、単純に気分が良くないので集中できないし気にする部分がまず車の方になってしまうのでコースを攻めるとか、ましてや他者と争うという部分にまで気が回りません。
 運転自体はほぼ無意識で勝手に手が動いて走ってくれる状態になってやっと初めてレースになるわけで、その手前の段階に色々と無駄なフィルターがかかってしまうと高い競争力を保つのはなかなか簡単ではありません。あ、まさに最近のアップデートで挙動が変わってむっちゃ苦労させられてます(笑)ルクレールは自己反省と改善のできる人、何なら自己批判の鬼みたいなところがある強靭な精神力の持ち主なので、いずれは適応する気がしますね。知らんけど。

・角田の評価はいかばかりか

 この3連戦は角田 祐毅が代役参戦したことも話題になりました。レッド ブルのアイザック ハジャーが夏休み中のトレーニングで手首を負傷したためで、本来レーシング ブルズのリアム ローソンがレッドブルへ、開いたレーシングブルズに角田が入る形。角田は今年の車両で実戦走行するのは初めてでしたが、オランダではレース中盤に画面に映ってないところで飛び出して砂場を走ったことも影響して11位、イタリアでは赤旗中断のせいで再開後の約50周をミディアムで走る苦行を強いられつつも10位入賞、そしてスペインは練習走行段階から車に何かしら不具合が付きまとい、決勝もVSCで運が悪い側のグループになってしまって14位でした。

 個人的には、チームメイトのアービッド リンブラッドに対して常にちょびっと遅いぐらいの位置にいましたので、急に走ることになった状況を考えれば控え選手として仕事はある程度果たしたと思います。リンブラッドは新人ながらかなりの速さを持っているように見えるので、新人より遅い=角田に才能なし、ではないと思いますね。俗に言う及第点です。
 ただ、これが来年に何かしら契約を手にするための材料になったかというと正直厳しいと思いました。すでに何年もF1を経験して中堅ぐらいの年齢になっている選手が状況を覆して契約を得ようと思ったら、それが運であれ何であれ、とにかく誰が見ても驚くような飛び抜けた数字が結果として現れることがやはり必要になってくると思います。似たような成績なら若くて給料の安い方を選ぶのが普通ですし、安定感なんて若い人を数年雇ったら大体は身に付くのでそこまで武器になりません。
 プロ野球でも内外野どこでも守れる堅守・俊足型の選手って30歳超えたあたりから急に需要が減る、というか若手で替えが効いてしまうので、1軍でそれなりに試合に出ていた人が突如戦力外になり、しかもどこからも声がかからなくて引退する、みたいなことはわりと起こります。似たようなものだろうと思っています。むしろとび抜けた何かがある人の方が欠点があっても仕事に繋がったりしますね。

 良くも悪くも今回の3戦では『角田はF1全体で見てそこそこ真ん中ぐらいの力は出せるけど、飛び抜けた稀有な才能の持ち主ではない』というすでにみんなが知っている評価が改めて確認されたに過ぎないかなあ、と思います。中には角田よりもさらにおじさんの年齢の選手を雇ってるところもありますので、あるとしたらそういうチームぐらいでしょうか。今後何かしらのお誘いがあるのかどうか、本人がF1で正ドライバーという目標をどこまで堅持し続けるのか私には分かりませんが、『角田に朗報!』みたいな釣り記事はテキトーに無視して期待せずに待っときましょうね。

・間取りン苦(マドリンク)

 最後に、初開催だったマドリンクですが走ったドライバー自身が批判的に発言しているぐらい追い抜きが困難でした。最近の市街地は直角コーナーばっかりの低速ではなく高速コーナーの多い形状が流行りみたいで、正直「え、これ許されるなら鈴鹿も壁に囲まれてて問題ないんじゃないですか?」と思うぐらいですが、マドリンクもそれなりに高速でした。
 何か所か低速コーナーが用意されていて回生しやすいのでフォーミュラEでも使えそうだなとか思いましたが、それはともかくそういう低速コーナーで減速区間がちょっと曲線になったりしていて、どう考えても追い抜く難易度を上げている形状でした。設計したやつは自動車レース知らんのか、とか言われてますが、まあそう思われても仕方ない形状でした。

 土地の制約やらなんやらあるとは言いつつも猛批判を食らったので主催者は来年に向けたコース改修に今のところ前向き。そもそもこのコース、最初に設計したデザイナーが最終的にここを作ったデザイナー相手に『自分の著作物が無断で使用された』と裁判を起こす問題が起きているようで、来年に向けた改修案もその前設計者さんは「ワシの当初デザインとそっくりやがな」的な主張をしているみたいです。川井ちゃんも色々言ってたけどあんまり公に言えない放送で使えない話をいっぱい取材したっぽいなあ(笑)
 来年になれば車両側の規定も変わりますしちょっとしたことで評価は変わるだろうからやれる範囲で頑張ってほしいと思いますが、なんか数回で消えたバレンシアがちょっとだけ頭をよぎったのは私だけでしょうか・・・

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