NASCAR Cup Series
実際は作業する程度なら支障ないぐらいの照明が用意されてるので現場の視点で見たら漆黒の闇ではないんですけど、なんかちょっと面白い光景です。またオーバータイムの規則はLCQにも決勝にも無いんですが、『レースは必ずグリーンフラッグで終えなければならない』と規定されており、最終周にコーションが出た場合はレース終了にならず残り1周でのリスタートになりますから『オーバータイム制度』は無いんですが事実上オーバータイムが存在するような状態です。
たぶん予算的にこれより大きい広告は貼れなかったんでしょう。ちなみに現在のYouTubeでの登録者数は約67300人でした。この人はニューヨークのスポーツの話題ならジャンルを横断しているのでNFLもMLBもあり、2018年設立ということで試しに『Masahiro』と検索したら『田中 将大はFAでヤンキースを去って日本へ帰るのか?』みたいな動画も複数ありました。『Hideki』で調べたら松井 秀喜の話もあったのでもうとっくに引退してましたから逆にすごいなと思います。あ、『Igawa』は引っかかりませんでした(笑)
Cook Out Clash at Bowman Gray Stadium
Bowman Gray Stadium(Winston-Salem,North Carolina)
0.25miles×200Laps(only Green Flag)=50miles
2026年のNASCARもエキシビション戦から始まります。昨年に続いて2回目の登場となるボウマン グレイ スタジアム、『ザ マッドハウス』の愛称を持つ1周0.25マイルのトラックです。1938年開場、元々はフットボール競技場だったけどやがて馬が2輪車を引いて走る競争を行うために走路が作られ、そうしたらそのうち自動車でも走るようになって、という字面だけ追っかけると意味不明な経緯があります。
ちなみにボウマン グレイというのはR.J.レイノルズ タバコ社のかつての社長の名前で、彼は1935年に亡くなったんですが遺産から地元に多額の寄付が行われたそうで、その一環として遺された夫人がこのトラックに寄付したことから名前が付いたようです。RJレイノルズは競技場のあるノースカロライナ州ウインストンセーラム市の会社、ボウマングレイさんもノースカロライナ生まれなんですね。
NASCAR公認のレースが1949年から開催され、カップシリーズも1958年~1971年に開催。カップシリーズ自体の開催期間はそこまで長く無いですが『毎週末にレースを行う』というNASCAR ウイークリー シリーズの先駆けで、1949年以来もう70年以上ウイークリーシリーズ的なものが続けられています。カップシリーズを頂点とするNASCARの生態系における一番の土台部分、草の根の地方シリーズにおける元祖のようなものなので特別な存在として認知されています。
・レース方式
このイベントは決勝の最大出走人数が23人となっており、予選→ヒート レース→ラスト チャンス クオリファイ(LCQ)→決勝 という流れで決勝の出場者とスタート順位が決まっていきます。まず参加選手は昨年のオーナー ポイントに従って3つのグループに分けられ、各グループがそれぞれ3回の練習走行を行います。このうち3回目の走行枠が予選になっており、この予選セッションだけは3つのグループの選手がさらに半分に分けられて6~7人ずつの小グループで4分間の予選に挑みます。
全ての選手の最速記録を上から順に並べてヒートレースのスタート順位が決まります。ヒートレースは全部で4レースが開催されるため、全体1位の人がヒートレース1のポール ポジション、2位がヒートレース2のポール・・・と割り振られて全体5位の人はヒートレース1の2番手スタートになります。今年の参加者は38人だったので各ヒートは9~10人になります。
ヒートレースは25周の短期決戦で上位5人が翌日の本戦出場権を手にします。上位5人×4ヒートレースなのでこれで20人の決勝枠が確定します。なお、今回のイベントは全てのレースが『グリーン フラッグ周回のみを数える』方式なのでコーション中は周回数が増えません。例えば5周目に事故が起きてコーションが出ると、次のリスタートは6周目から、ではなくさっき5周目を満了していなかったのでまた5周目になります。下手すると走れども走れども周回数が増えないことがあります。
ヒートレースで本戦出場権を得られなかった人がLCQに挑みます。スタート順位はヒートレース1の6位がポール、ヒートレース2の6位が・・・という同じパターンになるので、ヒートレースで負けてたとしても順位は大事。LCQは75周で争われ、本戦に進めるのは上位2人だけです。そして、最後の1枠は『ここまでで本戦出場権を獲得できていない人の中で昨年のドライバー選手権の順位が最も高い人』となっています。昨年のチャンピオン・カイル ラーソンは寝ていても必ず決勝に出られるわけです、まあ起きてるやろうけど(笑)
本戦のスタート順位もこれまたヒートレース1の勝者がポール、ヒートレース2の勝者が・・・のパターン。つまるところ本戦でポールを獲れる権利のある人はヒートレース1に入った人=予選順位が1、5、9、13・・・と4の倍数+1だった人にしかありませんね、これは予選1位を除けば完全に運です。
本戦はちょっと長い200周で、途中100周を終えた時点で必ずコーションが出て休憩時間に入ります。昨年の内容からするとここで車両は一旦舞台裏に引き上げてタイヤ交換などを行うんですが、トラック上と違って煌々と証明に照らされていないために空撮映像で見ると真っ暗に見えます(笑)
| 昨年のハーフタイム時 |
実際は作業する程度なら支障ないぐらいの照明が用意されてるので現場の視点で見たら漆黒の闇ではないんですけど、なんかちょっと面白い光景です。またオーバータイムの規則はLCQにも決勝にも無いんですが、『レースは必ずグリーンフラッグで終えなければならない』と規定されており、最終周にコーションが出た場合はレース終了にならず残り1周でのリスタートになりますから『オーバータイム制度』は無いんですが事実上オーバータイムが存在するような状態です。
なお、本来であれば練習・予選とヒートレースは1月31日に、LCQと決勝が2月1日に開催される予定でしたが、現地が降雪のために土曜日の予定が全て中止となって当初は日曜日へ、これがさらに1日延びて月曜日まで順延されています。
2/2追記:降雪と寒波の影響が長引いたため、レースはさらに延期されて2月4日水曜日に設定されました。
現地は日曜日も予想最高気温がマイナス1℃という予報もあって、仮にレース トラックの準備が出来ても会場周辺の除雪が進まない、お客さんが会場にたどり着けない、渋滞が発生する、など問題が発生するおそれもあり、予想よりも積雪量が増えるとレース開催そのものにも影響するためNASCARは確実性を優先させました。
日程を凝縮するためヒートレースは中止となることが決まったようで、決勝に進む20人とLCQに回る人、それらのスタート順位は全て予選で決まることになったようです。練習・予選→LCQ→決勝、というのがこれを書いている時点での最新の日程となっています。現地のニュースを見るとエライことに^^;
・参加選手
チャーターを有している36台の車両は全員参加、ドライバーもフル参戦するいつものドライバーですが、唯一RFK レーシングだけはブラッド ケゼロウスキーがスキー場で転倒して大腿骨を骨折し、回復途上なために欠場します。代役にはRFKのリザーブとして契約しているらしいコリー ラジョーイが登場します。ちなみにケゼロウスキー、当初の報道からスキー旅行で滑っていて転んだんだろうと思っていたら、実際は娘さんをスキー場に車で送って行って、駐車場に車を置いて降車したらそこで凍った地面で滑って転倒したそうです。本人も
「もっとクールな話だったらよかったんですけどね。例えば、ジャンプとか、斜面で何かやってたとか。みんなはスキー場でやったと思ってるでしょうけど、それは実際の話よりずっとカッコよく聞こえますけど、ただの不慮の事故なんですよ。」
実際問題不慮の事故で済むような話ではなく、大腿骨骨折はけっこうな大怪我でケゼロウスキーも神経を少し傷つけてしまったみたいで、かなり慎重な回復が求められていると思われます。亡くなったうちの祖母も元々体を壊して入院していましたが、大腿骨骨折でとどめを刺されたような形で寝たきりになってしまい、そこから戻ることができませんでした。
他にスポット参戦するのが50番のチーム アメリベットと、66番のガレージ66。アメリベットは昨年に続いてバート マイヤーズを起用、ボウマングレイで開催されているモディファイド車両の選手権で11度もチャンピオンを獲得した地元のスーパースターです。少しマイヤーズ家の話を掘り下げると、ボウマングレイとは切っても切れない縁、現地メディアの中には『マイヤーズという姓はもはやボウマングレイスタジアムと同義』とさえ表現するところもあります。
バートの大叔父・ボビー マイヤーズは地元ウインストンセーラム出身。1950年代に活躍しカップシリーズにも出場していましたが、1957年のサザン500で予選2位を獲得するも、レース序盤の事故に巻き込まれて他界しました。ボビーの兄・ビリーも同じくレーサーでしたが、ボビーの事故から約8か月後、ボウマングレイで行われていたレース中にクラッシュ、前後関係は分かりませんが心臓発作によって33歳の若さで他界しました。
ボビーの息子・ダニーは概ね1980年代から20年近くリチャード チルドレス レーシングで給油を担当してデイル アーンハートの車両も担当。"チョコレート"マイヤーズの愛称で有名人でした。アーンハートの死後、後任のケビン ハービックが初優勝したアトランタのレースでも彼は車両担当でした。当時の映像にも彼の姿が映っています、背中の名前も『チョコレート』です。
またビリーの息子・ゲイリーもやはりレーサーとなりカップシリーズには通算46戦出場して最高位は11位を3度記録。またSMART モディファイド ツアーという選手権で1996年にチャンピオンを獲得。そんなゲイリーの息子が今ボウマングレイに参加しているバートで、バートもSMART モディファイドツアーとその後継選手権で計4回のチャンピオンを獲得しました。彼は1999年に23歳でボウマングレイのチャンピオンを獲得して最年少記録を更新しましたが、それまでの記録保持者はというと大叔父のボビーさんが記録していた25歳でした。またバートの弟・ジェイソンもやはりモディファイド車両のドライバーです。バートにも息子さんがいるんですが、まだこの系譜は続くのかどうか・・・
一方ガレージ66は昨年もこのチームから3戦に出場しているチャド フィンチャムが出場します。注目の集まりやすいレースは小規模チームがスポンサーを獲って活動しやすいのでガレージ66でも出てきたりする、とか言おうと思ったら1週間前のXへの投稿で真っ白な車のイメージ画像を公開してまだスポンサーを募集してました、見切り発車かい(笑)
すると手を挙げた人がいたようで『ニューヨーク スポーツ ショウ』というのがスポンサーに就くことが発表されました。じゃあそれってどんな会社?というとザックリ言えばユーチューバーさん、NASCAR関係の情報を調べててもよく分かるんですけどアメリカって個人のスポーツ好きの人なんかが情報サイトの話題を基にニュース動画っぽいものを作成している人がけっこう多くて、ニューヨークスポーツショウもドミニク コナレスキーという人が彼の祖父とともに立ち上げたポッドキャスト番組です。こんな感じの車になる予定とのこと。🚨 @ChadFinchum gets the call for Garage 66's first entry of 2026 in the Cook Out Clash at Bowman Gray!
— Garage 66 & MBM Motorsports (@MBMMotorsports) January 25, 2026
🔁 Help us get the word out we need to find Chad a sponsor with a like and repost.
📧 Get your company involved! Reach out to info@mbmmotorsports.com.#NASCAR #CookOutClash pic.twitter.com/tFnM5yrrL4
たぶん予算的にこれより大きい広告は貼れなかったんでしょう。ちなみに現在のYouTubeでの登録者数は約67300人でした。この人はニューヨークのスポーツの話題ならジャンルを横断しているのでNFLもMLBもあり、2018年設立ということで試しに『Masahiro』と検索したら『田中 将大はFAでヤンキースを去って日本へ帰るのか?』みたいな動画も複数ありました。『Hideki』で調べたら松井 秀喜の話もあったのでもうとっくに引退してましたから逆にすごいなと思います。あ、『Igawa』は引っかかりませんでした(笑)
・ちょっとしたデータ
このイベント、ザ クラッシュは1979年~2020年はデイトナ500の宣伝みたいなものでその前週あたりにデイトナ インターナショナル スピードウェイで開催され、2021年はデイトナのロード コースが使用されました。2022年からの3年間はロサンゼルスにあるロサンゼルス メモリアル コロシアムで開催されて昨年からボウマングレイに来ています。
そんなクラッシュですが、開催地を跨ぎながら過去8回は全て異なる優勝者。2018年からケゼロウスキー、ジミー ジョンソン、エリック ジョーンズ、カイル ブッシュ、ジョーイ ロガーノ、マーティン トゥルーエックス ジュニア、デニー ハムリン、そして昨年はチェイス エリオットでした。2017年がロガーノだったのでここまで遡ってようやく複数勝利が出てきます。このイベント最多勝利チームはジョー ギブス レーシングで12勝、最多勝ドライバーはデイルアーンハートの6勝、ハムリンが4勝で歴代2位です。
現在は狭いボウマングレイなので最大出走台数に物理的限度がありイベントを通じてふるい落としますが、デイトナで開催していた時代は条件を満たした選手が招待されるオールスター戦のような形態でした。元々ビール会社が冠スポンサーを務める『ブッシュ クラッシュ』として始まり、出場要件も同じくブッシュが冠スポンサーを務めているポール ポジションを前年のシリーズ戦で獲得した人が対象だったので、1981年のレースはなんと史上最少の7人だけのレースでした(;・∀・)
逆に史上最多だったのは2009年で、前年のシリーズ戦でポール賞の冠スポンサーがブッシュからクアーズに変わったため出場要件からポール獲得という要件が外されて制度が変更されました、ディスイズスポンサービジネス。新たな制度として当時の参戦4メーカーが前年の選手権順位の上位6人ずつ+ワイルドカード枠4人で合計28人が参加する内容になった、んですがどうも不評だったらしく翌年には制度がまた変更されています(笑)
LAコロシアムで開催されてからの過去4年間、圧倒的に抜けないトラックということもあって優勝者はいずれも2列目以内からのスタート。特にここ2年はいずれもポールシッターが優勝しています。昨年のエリオットは171周のラップ リードを記録しましたが、これは『クラッシュ史上最多ラップリード』になっています。デイトナ時代はそもそも170周もレースしてへんからね。
ちゃんとレースが開催されるのか、今年もYouTubeの無料配信は継続されるのか、未確定の要素が多いですが"超クール"な2026年が始まります。全然配信されずに終わった場合はこの事前情報ページだけがポツンと取り残されます^^;
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