NASCAR Cup Series
Charter Lawsuit 400
「チルドレスはバカだ。このスポーツの現状が気に入らないならチャーターを売って出て行けばいい。」
「彼は頭が良くないし、時代遅れだし、不満分子だ。彼の資産は数億ドルにもなる。NASCARに何らかの形で関わるすべての金だ。大バカ野郎だ。」
「チルドレスは裏庭に連れ出して鞭で打たれるべきだな。全財産をNASCARに注ぎ込んでいる愚かな田舎者だ。」
「もしチャーターが1つのイベントへの出場保証に過ぎないのであれば価値は現状のままだと思います。チームが認識しているのは、これらのチャーターが恒久的なもの、つまり基本的にフランチャイズになった場合、その価値は1億5000万ドルをはるかに超えるということです。つまり、例えば2500万ドルの価値があるチャーターを持っていて、ジム フランスがペンを一振りするだけで、1億5000万ドルになるということですね。」
「もしそうなったら、もう後戻りはできません。まるでスポーツが永遠に変わってしまうかのようです。基本的に36のフランチャイズが存在することになります。レースに何台の車が出場するかに関わらず、それらはフランチャイズとして所有され、評価され、何十年、何世紀にもわたって、ある組織から別の組織へと売買されるでしょう。どれだけ長く続くか分かりませんが。巨大な参入障壁となるでしょう。」
この交渉は機密保持契約を結んで秘密裏に行われていました。ところが、裁判の中でNASCAR側はなぜかこの交渉について知っていることが分かり、チルドレスは交渉していた事実を認めざるを得なくなりました。当初は「答えたくない。」としたものの、宣誓した上で証言台に上がった以上は真摯にできる限りに事実確認に応じる義務がある、とベル判事から指摘されたようです。ヒリン側の誰かが秘密保持契約を守らずにRCRとの交渉過程で手にした資料を勝手にNASCARに横流しした疑いがあり、これはあかんやつです。RCRは裁判の当事者ではなかったのに何か気づいたら変な事態になってましたが、まあとりあえずチーム低迷の一因が財政面での問題である可能性がなんとなく感じ取れましたね。
Charter Lawsuit 400
United States District Court for the Western District of North Carolina 436days
winner:Michael Jordan,Denny Hamlin,Bob Jenkins and All NASCAR Fans
どうも、多忙でだいぶご無沙汰していますが生きております()1年以上にわたって繰り広げられたNASCARの場外法廷戦、23XI レーシングとフロント ロウ モータースポーツがNASCAR/フランス家に対して反トラスト法(日本で言う独占禁止法)違反での訴えを起こした訴訟。これまで『新チャーター契約に署名しなかった両チームについて、裁判が終了するまではチャーター権を認めるべきか』という、いわば付随部分の仮処分申請についての裁判が行われてきましたが、2025年12月1日からとうとう本丸である独禁法訴訟の裁判が始まりました。
双方の証人が出廷してそれぞれに意見を述べ、23XIの共同オーナーであるデニー ハムリンも現役のドライバーでありながらチームの証人として証言台に立ちました。この中でハムリンはチームが利益を上げるためには4500万ドルのスポンサー収入を集める必要があり、これはマイケル ジョーダンの看板が無ければ実現しなかったと説明。2日目の証言では「このチームの利益率は2.26%に過ぎず、スポンサーが1社減るだけで利益は全て吹き飛んでしまう。」としました。
一方で、2億500万ドルの損害賠償を求めているハムリン側の主張に対しNASCAR側の弁護士・ロウレンス E.バターマンは「年間利益の900%に上る。」と異常に高額であると主張。また、資料から23XIがチーム運営に投じた資金は2390万ドルで、4500万ドルのスポンサーが必要だとするハムリンの主張と乖離しているとも指摘しました。こうした指摘に対してハムリン側が反論に窮する場面もあったと伝えられています。
それでも利益がある23XIがまだマシに思えるのは3日目に証言したフロントロウのオーナー・ボブ ジェンキンス。「チームを運営してきた20年間で利益を得たシーズンは1度も無く、年平均で680万ドル、2022年は単年で800万ドルも損失が出た。」とチームの窮状を訴え、決して収益分配の増額要求が強欲なものではないことを証言しました。
これに対してNASCAR側の証人は「その数字にはクラフツマン トラック シリーズで発生した損失も計上されており、カップシリーズの訴訟に関する数字として引用するのは不適切である。」と指摘。さらに、ジェンキンスが『チームを価値のあるものにするため努力している』とする主張に対しても「だったら何でスポンサーが無かったレースでロング ジョン シルバーのロゴが貼られてるんだ、タダで宣伝を乗せてる組織が価値の向上に取り組んでるなんてのは偽善だ。」と反論。
ロングジョンシルバーはジェンキンスの会社が保有している企業で、ジェンキンス側は「ロゴの無い車両で走らせれば事業に影響が出るため、スポンサーが付かなかったレースだけは自社傘下の企業ロゴを乗せて出場することにしている。」と再反論するなど、まさに真っ向から対立という状態だったようです。
また、この裁判に先だって大量に公開された証拠資料からは、NASCARのコミッショナーであるスティーブ フェルプスがリチャード チルドレスをバカにするようなメールを幹部間のやり取りでかわしていたことも発覚してしまい、チルドレス御大がキレるという別の問題まで生じさせました。チルドレスは2022年、Gen7車両の費用が高いことに関する不満をシリウスXMラジオの番組内で発言。これに憤慨したみられるフェルプスの不満がメールに現れ、チルドレスについて別の幹部当てのメールで
「彼は頭が良くないし、時代遅れだし、不満分子だ。彼の資産は数億ドルにもなる。NASCARに何らかの形で関わるすべての金だ。大バカ野郎だ。」
「チルドレスは裏庭に連れ出して鞭で打たれるべきだな。全財産をNASCARに注ぎ込んでいる愚かな田舎者だ。」
と、まあ外部の人間に見られるなんて微塵も考えていない文章が見事に白日の下にさらされてしまいました。やればやるほどお互いに脛の蹴り合い、チルドレス自身も証人として法廷に立つなどしながら審理は2週間目に突入しましたが和解に向けた調整が進められていたとみられ、現地時間12月11日に行われた9日目の審理の途中、担当判事・ケネス ベルに促されるようにして設けられた休憩時間に双方が合意、和解が成立して突然騒動は終結しました。
和解そのものは10月ごろから裁判所に促されて双方で可能性が探られてはいたようですが、法廷でぶつかりつつも実務担当者は舞台裏で話を継続的に進めていた模様。ぶっちゃけNASCAR側は裁判の状況があまりよろしくなく、相手の主張に対して反論はするものの肝心な『俺たちは市場の独占なんてしていない』という部分の根拠に欠けている部分があったようで、できれば和解して話を終わらせたかったようです。おそらくベル判事のもとに最終合意が近づいているとの情報が伝わって停戦になった模様。ついさっきまで法廷で言い争っていたNASCAR会長・スティーブ オドネルとマイケルジョーダンが仲良く報道陣の前に現れ、NASCARを覆っていた雲が突然晴れました。
和解内容については非公開となっているため詳細は不明ですが、各種報道を基にすると概ね参戦チームは以下のものを手に出来たと考えられます。
・チャーター権の事実上の恒久化
・アメリカ国外での収入からの分配金
・NASCARが今後チームの知的財産権を使って得られる収入からの 1/3 の分配金
・チームが不利益を被る可能性のある制度変更に対する最大5回の異議申し立て(従来は3回)
・訴訟当事者2チームへの損害賠償金
もちろん2チームだけが恩恵を受けるのではなくNASCARのチャーター制度全体としての取り扱いなので、ただ両チームの動きを外から眺めて『俺たちをできるだけ裁判に巻き込まないでくれ』という態度だった残りのチャーター保有チームも恩恵を受けることになります。
従来のチャーター制度は労使協定なんかと同じで年限に区切りがあり、期限切れのたびに新たな交渉を行う必要がありました。チームは最終的には契約しないと収益分配がほとんど受けられず、事実上チームが運営不可能になるので最後は内容に不満があっても我慢して契約するしか無く、その優越的な地位が今回の訴訟の核であり問題の根幹でした。
実際、5日目の法廷で証言したジョー ギブス レーシングの共同オーナーで不動産業を行っているヘザー ギブスが証言。ヘザーは2022年に急逝したコイ ギブスの妻で、彼の後を継いでオーナー陣に加わることになったジョーギブスの義理の娘、タイ ギブスのお母さんですね。NASCARから新チャーター契約への署名を即時に求められた際の状況について
「失うわけにはいきません。従業員が多すぎるんです。チームにとって公平な契約だとは思えませんでした。」
「それがコイの遺産であり、JDの遺産です。彼らが提示する報酬を受け取らなければ、私たちはもう生きていけません。」
「この書類は、ビジネスの世界では決して署名しないような内容でした。」
「まるで頭に銃を突きつけられたような感じでした。署名しなければ何も得られないのですから。」
と、最後は選択肢も無く強要される状況だったことを説明しました。署名しなければNASCARはチャーターを没収して欲しがっているところに新たに購入させれば良い、ということになるので全チームが結託して新団体を立ち上げてNASCARを潰しにでもかからない限り有利な立場が揺るがない交渉力の非対称性が課題でした。まさに優越的地位の濫用というやつですね。
今回の和解を受けても、分配条件などについてどこかの段階で新たな内容の交渉をすること自体には変わりはないとみられます。現行の放映権契約が2031年で終了して2032年以降のNASCARの収益体制に変動がある以上、このタイミングでの契約内容見直し自体はおそらく避けられないと思われます。ただ、従来はあくまで個別チームごとの交渉だった契約内容変更が和解に基づいて 2/3 のチームの賛成が必要になったとFOX スポーツのボブ ポクラスが伝えており、団体交渉権に近いとしています。
一方で、新たな契約内容に署名する/しないの判断がある以上は無条件にチャーターを永久保有できるわけでなく、署名しなければ権利を失うことにはなります。ただその場合にもチャーター売却まで1年かそれ以上の相当程度の猶予期間が設定され、オーナーが法律違反など規約を守らない行為を行って資格を停止されたり、規定以下の成績によりチャーター権を返納させられる場合も同様とのことです。強制没収ではなくあくまでオーナーが最終的に誰かに売却してお金にすることで退出、という点で権利が従来より保障されているという意味になるようです。
今回の騒動はジョーダンが加わってることもあって日本でもわりと色んなサイトに記事が出たりしていますが『エバーグリーン(または恒久的な)』という若干分かりにくい和訳がされてます。エバーグリーンというのは和解合意書に記されていた表現なんですが、完全な恒久的所有権ではなくてこういう細かい規則がいっぱいあり、そもそもチャーター制度が分かって無いとこれをイチから説明する羽目になってしまうのでなんだか分かりにくい表現がそのま使われたのかなあと思います。色んな現地報道のサイトを見てバラバラの情報を繋いでそれをザックリ和訳してるので誤認があったらごめんなさい。
収益についても従来は対象外だったらしい国際収益からの分配が得られ、知的財産からも収入が得られるのでNASCARが何かしら商売を広げた時に幅広くチャーター保有チームが恩恵を得られるようになります。ただこの部分に関しては分配を受けるためにチャーター料を余分に支払う必要がある、みたいな話があるような記事も見られるので一方的にチームだけ儲かる内容ではないかもしれません。まあ何にせよNASCAR側は裁判で「チームの言う通りに分配し取ったらこっちが潰れるわ!」とばかりの反論をしていましたが、結果としてそれなりに利益を分け与えることになりました。
じゃあNASCARは裁判の敗者かというとそうとも言えず、この裁判で最も争われる部分だった『NASCARは独占禁止法に違反しているのか』という部分は和解によって判断されることが無くなったので有耶無耶にすることができました。仮に優越的地位を使ってチームに不利益を与えている、史上を寡占している、といった不利な判断が下されると、フランス家による経営体制や傘下に収めるレース トラック/NASCAR以外の様々な競技団体について売却を迫られる可能性もありましたので、一定の分配金を出すことで引き続き従来通りの地位を守れた、収穫があった、とも解釈できます。
また、チャーターの売買が行われる際にNASCARは手数料として2%を受け取っていたようなんですが和解内容ではこれが10%に増額されているようで、言ってみればチーム側に多く分配しておいて、それを売買が行われる際に手数料収入でいくらか回収するような仕組みは作った様子です。誰も売り買いしなかったら1銭も入らんけどね。
そして、この和解によってチャーターの価値は飛躍的に向上する可能性が高いと指摘されています。チャーターの取引価格は今回の裁判の証拠開示の中でかなりの部分が公になっています。2024年にリブ ファスト モータースポーツがスパイアー モータースポーツに売却したものは資料中で最高額の4000万ドル、閉鎖されたスチュワート-ハース レーシングのチャーター3つは2800万ドル前後の価格でした。また、この資料に載っていない2025年の取引、一悶着あった末にレガシー モーター クラブがリック ウェアー レーシングから買ったチャーターは4500万ドルで史上最高額だったとされています。
チャーター制度が出来た当初、例えばマイケル ウォルトリップ レーシングのチャーターなら売却価格は125万ドル~325万ドル、2022年にチップ ガナッシ レーシングからトラックハウス レーシングに売却されたチャーターの金額は600万ドル×2つでした。これを見ても数年で異様に値上がりしていることが分かります。リバイン ファミリー レーシングは財政難で2020年に消滅し、チャーターを144万5396ドルでスパイアーに売却したと記されていますが、スパイアーはおそらく5年でこの価値が数十倍になったはずです。たぶんS&P500や金先物より高い上昇率じゃないでしょうか。
既にこれだけ値上がりしているチャーターですが、より安定した所有権と収益の増加という新たな要素が加わったことでさらに価値のある存在となるとみるのは市場経済の当然の考え方で、スポーツ ビジネス ジャーナルが関係者に聞き取った話として報じたところによれば少なくとも5000万ドル以上、強気派の中には1億ドル近くになると話したそうです。
ファンからするとNASCARの分裂やチームの消滅といった最悪の事態を回避し、互いにより収益を向上させて価値を高めるための動機ができる今回の合意内容は今のところ肯定的な材料が揃ったものといえ、あとは運営のセンス次第ですけどこの裁判の勝者と言えそうです。
ただ、上記の通りチャーターの価値がより高くなったということは新規参入の障壁がさらに高くなってしまったと考えられます。デイル アーンハート ジュニアは以前からカップシリーズ参戦を希望してはいるものの、チャーター価格が高騰して現実的に手が出せなくなっていることを自身のポッドキャストなどで語ってきました。今回の和解を受けても同様の見解を示したようで、モータースポーツドットコムの記事によればこんなことを話しました。
この記事によれば、NASCARは新たな自動車メーカーが参戦するにあたっては新たなチャーターの発行が行われる可能性があるため、ジュニアさんが新規参入するならそこが1つの参入機会になるのではないかと記事を締めくくっています。ダッジが復帰したら参戦台数の上限増やすんですかね?それともオープン枠をさらに削る?ちなみにこの記事では参入の可能性があるメーカーとして『ダッジとホンダ』の2メーカーを上げています。ホンダの参入って噂だけ何年も出続けて実際には全然動きが出たことが無いのでほぼ都市伝説だと私は思ってますけど(笑)
あ、ちなみにチルドレスがこの件とは別にNASCARを訴える可能性は無いとも言い切れないようです。侮辱的なメールを名誉棄損で訴えるのはちょっとハードルが高そうなのでたぶん起きないと思うんですが、問題は別にありました。実はRCRもまた経営が厳しく、それはこの裁判でも話に出ていたんですが、元ドライバーであるボビー ヒリン ジュニアという人が率いる会社にチームの株式の一部を売却するための交渉が進行中だったようです。ヒリンジュニア、調べたらちょうど1年ほど前にデイルジュニアのポッドキャストにゲスト出演してました。
この交渉は機密保持契約を結んで秘密裏に行われていました。ところが、裁判の中でNASCAR側はなぜかこの交渉について知っていることが分かり、チルドレスは交渉していた事実を認めざるを得なくなりました。当初は「答えたくない。」としたものの、宣誓した上で証言台に上がった以上は真摯にできる限りに事実確認に応じる義務がある、とベル判事から指摘されたようです。ヒリン側の誰かが秘密保持契約を守らずにRCRとの交渉過程で手にした資料を勝手にNASCARに横流しした疑いがあり、これはあかんやつです。RCRは裁判の当事者ではなかったのに何か気づいたら変な事態になってましたが、まあとりあえずチーム低迷の一因が財政面での問題である可能性がなんとなく感じ取れましたね。
あ~、それにしてもとりあえず裁判終わって良かった~、調べるのむちゃくちゃめんどいねん(笑)
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