フォーミュラ E 第8戦 東京

ABB FIA Formula E World Championship
2025 Tokyo E-Prix
東京市街地サーキット 2.575km×35Laps=90.125km
Race Energy:32kWh+3.85kWh Pit Boost
Reference Lap Time for FCY/SC 3:45 
winner:Stoffel Vandoorne(Maserati MSG Racing/Maserati Tipo Folgore)

 ABB フォーミュラ E 第8戦・9戦は東京での2連戦。昨年3月に初開催されて今回で2年連続、東京ビッグサイト周辺の駐車場と一部は本当の公道部分を使う日本では初の本格的な市街地レースです。大阪人なので普段どんな場所なのか今一つ実感が湧かないんですけどね。
 昨年から今年にかけてはコース側で変更点が2つ。1つは路面の急な勾配で車がニュルブルクリンク並に宙に浮いて飛んでいたターン2〜3の部分で、飛ばないように路面を削って多少は滑らかにしました。とはいえそれでもまだジャンプ台的な形状は残っているように見えるので、攻めたら飛ぶかもしれませんけど。
 そして昨年はコースの最後にターン16・17、18・19とシケインが2連続でありましたが、このうち1つ目の方が無くなりました。そもそもこのシケインは昨年の初期のコース設計では存在していませんでしたが、いざコースを作って確認してみたら緩い高速左コーナーのターン16を走って、旋回しつつ最終のシケインに向けてブレーキを踏む難しい場所がこれまた急な下り坂になっていたので危ない、ということで急遽追加されたものでした。というわけでこっちも舗装を手直しして『本来やりたかった』コースに戻した形です。このコーナー、かなり難しそうです。

 そしてレースの設定ですが、東京は平均速度が他のトラックと比較して10km/h以上遅い低速レイアウト、かつ高速区間の先は90度コーナーやシケインになっていて回生もしやすいことから、レース中のエナジー使用量が最初から32kWhと普段より約17%少なくなっています、これは昨年と同じです。そこに今年は2連戦ということで第8戦にピットブーストが採用されました。一般にピットブーストは『10%の充電』と紹介されますが、今回の場合使用可能な総エナジー量32kWhに対して、充電量は3.85kWhで過去2回と変わりません。そのため割合で言うと約12%の充電となります。
 レース周回数はジェッダ、モナコともピットブーストの有無に関わらず同じでしたが、今回は初めて変化が加えられてピットブーストのある第8戦は35周、ピットブースト無しの第9戦は32周となりました。昨年の決勝は33周設定でしたので充電するレースは昨年より長く、充電しないレースは短くなった形です。いずれのレースも計算上は1周あたり1kWhちょっとでエナジー管理としては似たようなものと考えられます。
 昨年は極端なペロトン スタイルとはならなかった一方で、SC発生時にコース上の破片を避けるためにかなり低速で走った結果、SCで走った周回数と延長される周回数が同じになるという珍しい現象が発生。その結果エナジー管理が難しくなって、終盤にマキシミリアン グンターがオリバー ロウランドを逆転しました。そんなこともあってか、レースが1周増えるためのSC/FCYの基準時間が昨年の3分10秒から今年は3分45秒とかなり伸ばされました。

・レース前の話題

 来年はフォーミュラEがスペインで開催されるのではないかとThe Raceが伝えました。昨年末のテストで使用されたハラマのサーキットで2連戦が行われる可能性があり、さらにその先の展開として1969年から4回だけF1が開催されたムンジュイック公園を使用する市街地レースが開催される可能性があると伝えています。段々と市街地から離れて常設サーキットのイベントが増えている中で新たなイベントが市街地で増えるとなると見る側にとっては非常に面白そうです。
 ムンジュイック公園サーキットはF1が開催される以前の1930年代から自動車レースが開催されていた歴史のある開催地ですが、1975年に開催されたこのコースとして4回目のF1は高速化する車両に安全性が全く見合わず、レース開始前にエマーソン フィッティパルディーが出場を辞退。実際にこのレースでクラッシュした車両によって観客4人が死亡する事故が起きレースは途中で打ち切り、以後F1は開催されることがありませんでした。レースが途中で終わったのでポイントは半分になりましたが、女性ドライバーのレラ ロンバルディーが6位に入賞して0.5点を獲得、これがF1史上唯一の女性による入賞となっています。

・練習走行

 東京に話を戻しましょう。第8戦前日の金曜日に開催されたFP1、テイラー バーナードが難関ターン16でぶつけてしまいましたが、まあみなさんそれなりに周回をこなしました。ここではノーマン ナトーが最速の1分12秒152を記録します。ところが第8戦当日は残念ながら雨、しかもモナコの予選前と同じぐらいのけっこうな雨量でだいぶとっ散らかりました。最速はロウランドでしたが1分32秒525とドライの128%、これ以上遅いとさすがに走るのが厳しそうなタイムです。


・予選

 雨、さらに悪化。風も強いし予定時刻に全然始められずに時間が経過しましたが、結局1時間ほど待機したところで予選の中止が発表されました。何せ予選と決勝を同日に開催しますので、ほどほどで切り上げないと決勝が開催できません。
 というわけでスタート順位はFP2の記録順になりました。ある程度これを織り込んでFP2でタイムを出しに行った陣営もあり、ドライバー選手権独走中のロウランドがFP2最速だったのでジュリアス ベア ポール ポジションを獲得しました。ただし予選がデュエルスまできちんと行われていないのでポールに与えられる選手権ポイント3点はありません。2位からエドアルド モルターラ、ナトー、バーナード、ニック デ フリース、セバスチャン ブエミ、ダニエル ティクタム、ジャン-エリック ベルニュのトップ8となりました。

 あ、なんとなくWikipediaを見ていたら発音記号が /roʊlənd/ と書いてあったのでローランドから表記変更してみました(・∀・)

・決勝

 予定よりは少し遅れましたが無事に決勝に向けて車両がダミー グリッドへ、SC先導スタートでとりあえず数周して状況を確認することになります。ピット出口を開ける時間も遅かったので、中継映像として非常に珍しくグリッドまで1周する車両の様子が映りますが、公道部分と比べて駐車場部分は表面に水が浮いたみたいになって滑りそうな雰囲気です。これは去年の練習走行が雨だった際にも同じだったのでそういう路面の特性なんでしょうね。 
 SC先導走行を4周行ったところでレース コントロールはスタンディングでのリスタートと発表。というわけで5周目にスタンディングでリスタートされ、残り31周+追加周回となりました。スタートするとターン1が3ワイドになりましたがロウランドは1位を死守、モルターラ、バーナード、ナトーの順となります。そして開始早々に3人がいきなり1回目のアタックへ、正規のスタートではなくすでに4周を終えているのでアタック モードが使用可能になっています。

 その後数周で半数ほどのドライバーは1回目のアタックを使いましたが、リーダーのロウランドはいつもながら我が道を行き、3秒ほどの差を付けて独走しています。ここからしばらくなにか起きるの待ちという感じですが、13周目にグンターの車がコース上で停止すると、ヘイロー前方に取り付けられた表示等が赤=電気的に問題があって車両に触れてはいけない状態を現していたので、安全に作業を行うために突然レースはレッド フラッグになりました。
 
 このレッドフラッグで得したのはストフェル バンドーンでした。他のドライバーはほぼ全員がエナジー残量60%以上でピットブースト不可でしたが、14位スタートの彼は異様にエナジーを消費して10周目にもうピットブーストが可能になり、さっさと義務を終えていました。減り方が早すぎるのでこういう展開を狙ってわざと浪費した可能性がありそうです。問題は他の人はまだピットブースト前で残量65%前後、バンドーンは充電して65%残りとまさしく1ピット分残量が少ないことなんですが、雨なら消費量はそれほど多くないはず。一方でピット1回分は55秒ほどの利益になるので毎周2秒遅くても追いつかれません。これは独り勝ちパターンかもしれません。

 中断を挟んで15周目に本日2度目のスタンディングリスタート。しかしこのSC中にピットブースト可能な状態だったジェイク デニスだけはグリッドにつかずピットブーストへ向かいました。これによりデニスだけがピットで充電している状態で他の人がグリッドリスタートされました、これは規則上どうだったか私にはすぐ分からないぞ(笑)
 3.5秒以上あった差がレッドフラッグで消滅したロウランドですが、リスタートしてすぐに後続を引き離します。16周目にピットブースト可能となりますが、チーム側の指示は「事前の予定通りに行こう。」ということで、まずアタックを使って引き離してからピットに入るセオリー通りのレースを展開するようです。

 20周目、アンドレッティーが仕掛けた博打の結果があっけなく出ました。デニスがピットに入った際にピットの入口は閉鎖とされており、閉鎖されたピットに入って作業したので失格。レース中にブラック フラッグが掲示されて失格になった選手はシーズン7・第13戦ロンドンでのルーカス ディ グラッシ以来史上2人目だそうです。ディグラッシ陣営はコースの形状的にSC中に隊列を離れてピットを通過すれば速く走れてあ~ら不思議、順位が上がるわ!という盲点を衝いてみたものの、『ピットに入ったらボックス内で完全に一旦停止すること』という規定に違反してほんのちょっとだけ車は動いていたために失格になっていました。逆から言えば、この理由付けが無ければ運営はこの珍作戦を否定する材料がありませんでした。

 バンドーンに続いてデニスにもやられる危険は回避できたロウランド、23周目にようやく2位のモルターラと同時にピットブースト。ピットを出たらバンドーンとは25秒も差がありましたが、27周目にバンドーンはターン2で見事にスピンして真後ろから壁にぶつけるというけっこう危ないミスを犯し20秒差になります。そういえばリスタート直前に誰かしらの車載映像でステアリングに『LAP 37』という表示が見えたので2周追加して37周でしょうか?だとしたらあと10周ですかね。
 29周目に公表されたエナジー残量ではバンドーンの残量がすっかり他の人と似たようなものになっており、ロウランドは一生懸命追いかけているのでもう残量が対等になっていました。それでも追いついているのは1周1秒あるかないかですから、もうこりゃ追いつかないぞ。


 その後ロウランドも2回目のアタックに入りますが依然として大差。33周目に追加の周回数が3周と発表され合計は38周になりました。そうか、車載映像が映った後にリスタートのためのSC走行があってもう1周増えたのか。まだ1位と2位の差は16秒ほどあるのでロウランドはさすがに無理、というかエナジーを使いすぎて後ろからバーナードに追いつかれています。
 最終周、1位と2位の差は10秒まで縮まりましたがロウランドはエナジーギリギリ、バンドーンはもはや余りまくっているので事故らないよう安全運転している模様。バーナードがロウランド先輩をかわそうと最後まで勝負を仕掛けているその間にバンドーンがチェッカーを受けました。チャンピオンを獲ったシーズン8・第6戦モナコ以来約3年ぶりの通算4勝目です。雨風が強いのでセレモニーは屋内施設へ。

 ロウランドは残量0.2%でなんとか逃げ切って2位、バーナードは届きませんでしたが早くも今季4度目の表彰台です。ブエミ、ティクタム、モルターラが続き、11位スタートのアントニオ フェリックス ダ コスタが7位、ベルニュ、ロビン フラインス、ニック キャシディーのトップ10でした。ナトーは3位スタート、中断時点でも6位でしたが終わってみたら15位まで転げ落ちてしまって結果を出すことができませんでした。


 雨で大混乱のレースでしたがまさかのバンドーン作戦でした、客席で見ていた方は何が起きたか分からなかったかもしれません。ピット義務レースで真っ先に義務を終えた1人だけが圧勝してしまうことがある、というのはフォーミュラEに限った話ではありません。しかもこのレースの場合はわざわざ『エナジー残量が60%~40%の間でしかできない』と範囲も指定されており、そのエナジー残量は無駄遣いしたら全く速く走れないので本来は誰かが飛びぬけて早く入ることは考えにくい制度です。
 しかし今回は大雨でかなりペースが遅いレースでした。FP1での300kWのタイムからおよそ10秒落ちのペースとなっており、もちろん空転するのでそのまま10秒遅いだけのエナジー消費量ではないですが、ペロトンスタイルのレースを常時行っているのに近い状態です。少々エナジーを浪費しても構わない条件でマセラティーが思い切ったわけです。
 とはいえこの作戦、自分たちが入ってから他の選手がピットブースト可能になるまでの5周程度の間に何か起きてSCが出てくれないと機能しません。これを過ぎたら他の選手はSCと同時にピットに飛び込むので、むしろ自分だけアンダー グリーンでピットブーストしていて損になります。FCYでも差が縮まらないので意味が無く、それ以外ならピットに入る隙すら与えない即座のレッドフラッグぐらいしかありません。今回はたまたま他はほぼ誰もピットブーストできない状況で、しかもレッドフラッグが出たのでその人たちすら入ることができませんでした。

 成功するための道筋は非常に細かったんですが、驚くほど完璧にハマってしまいました。あと5~6周何も起きなければ作戦は大失敗に終わった可能性が高く、そのリスクが大きいから浪費なんて行動には誰も出なかったわけで本当にとんでもないギャンブルで勝ったことが分かります。というわけで、今回バンドーンが大儲けしたからと言って今後のピットブースト採用レースでみんなが同じことをするというわけではないと思います、後方の数人が賭けに出るぐらいでしょう。まあそれでも、エナジー残量至上主義のフォーミュラEで『わざと浪費する』なんて作戦が登場する日が来るとは感慨深いですね(謎)

 それと、気になったけど調べても答えが分からなかったのがブーストの許可タイミングでした。バンドーンがピットに入る少し前、表示された残量は67%でしたがもう稲妻マークが出ていました。レッドフラッグから再開された後にも60%台で表示が出ているドライバーが多く、60%~40%という説明と表示内容が一致していませんでした。
 「ひょっとして60%というのは38.5kWhに対する60%=23.1kWhのことなのかな?」と思って計算してみたものの、これだと23.1÷32=約72。しかし72%で表示が出ていたわけでもありません、謎だ。誰か教えて!この謎がおいおい解明できるのかどうかよく分かりませんが、東京E-Prixは翌日に続きます。

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