フォーミュラE 第6戦 ミザノ

ABB FIA Formula E World Championship
2024 Misano E-Prix
Misano World Circuit Marco Simoncelli 3.381km×28Laps=94.668km
Race energy:38.5kWh
winner:Oliver Rowland(Nissan Formula E Team/Nissan e-4ORCE04)



 ABB フォーミュラE、第6戦と7戦はイタリアでの2連戦。昨年まではローマの市街地コースでしたが、安全性への懸念から開催地が変更されてしれっと常設サーキットへ移転。どちらかというと2輪のレースを開催するイメージが強いミザノ ワールド サーキット マルコ シモンチェリを使用します。常設サーキット開催については、なかなか市街地での開催場所を見つけるのが難しいという事情だけでなく、今後Gen4車両になると最高出力が600kWになる予定なのでシリーズ自体が方向性を変えていくつもりではないか、という見方もされているようです。
 また、早ければ今回のレースからアタックチャージが導入されるのではないか、とされていましたが残念ながら間に合わず、情報サイトによると早くてもベルリンまでお預けとなった模様。参加チーム側はシーズン途中に不安定な要素を持ち込まれて選手権に影響を与えることは避けたい構えなので、今季はひょっとしたら練習走行のついでにテストするところまでしか行かないかもしれませんね。

 そしてもう1つ、このイベントからミニの電気自動車を使用したNXT Gen Cupというレースが前座レースとして開催されると発表されていましたが、土壇場で中止になってしまいました。フォーミュラEの前座レースは自動運転車両を使用したロボレースがあっさり頓挫、ジャガーのSUVを使用したジャガーI-Pace eトロフィーも短命に終わっており、なかなか成り立ちません。


・レース前の話題

 既に公然の秘密という感じでしたが、アプトが来シーズンからローラのパワートレインを使用すると正式に発表しました。ローラはヤマハが技術提携していますのでアプト-ローラ/ヤマハということになります。
 ローラはあくまで供給者としてパワートレインを参加チームに選んで使ってもらう立場なので、まだ他にも声がかかれば供給する意志があるのか等は不明ですが、ひとまずアプトとするとマヒンドラのカスタマーという立場から、ローラのワークスという立ち位置に変わることになります。

 そのアプトのドライバー・ニコ ミュラーについては気になる動き。ポルシェが非公開のテスト機会でミュラーを走らせたという情報が明らかとなり、来年のドライバー選びが早くも始まっている模様。立場が危ういのは明らかにアントニオ フェリックス ダ コスタで、開幕から大スランプに陥っていることで苦境に立たされています。しかし他チームの契約ドライバーをシーズン中にテストに呼ぶってえげつないですね^^;

・グループ予選

 A組はFP1、FP2のいずれも最速だったジャン エリック ベルニュがここでも最速を記録。パスカル ベアライン、オリバー ローランド、マキシミリアン グンターの4人がデュエルスへ。ローランドは最初のアタックがトラック リミット違反でタイム取り消しになってしまい、最後のアタックも獲っ散らかってスピン寸前でしたが、唯一まともだった2回目のタイムで突破してみせました。こんだけ暴れても意地でもタイヤを縁石上に残す根性が面白すぎますw
俺は飛び出してなどいない!


 B組はアンドレッティーの2人が最初に使ったタイヤについて、内圧に違反があったとして記録が取り消し。見ているこっちはてっきりトラックリミット違反で抹消されたのかと誤解させられました、ややこしいなあw
 そんなセッションでマクラーレンのジェイク ヒューズが唯一の1分17秒台を記録して頭一つ抜け出し首位通過、ミッチ エバンス、サム バード、そして4位にミュラーが滑り込んで3戦連続でデュエルスに進出しました。アンドレッティーはノーマン ナトーが7位、ジェイク デニスは9位と厳しい結果に。

・デュエルス

 どうも最終コーナー手前の小セクター計測地点がバグってて必ず0.000秒差と表示されている気がするデュエルス。準々決勝は全て後攻の人が勝ち、準決勝のA組も後攻のベルニュが勝利。しかしB組の準決勝ではヒューズがちょっと攻めすぎたのか滑って高い縁石に乗ってしまう大失敗でエバンスに敗れました。これで決勝はベルニュvsエバンスという第2戦と同じ組み合わせになります。
 準決勝のタイムはベルニュが0.085秒エバンスより速かっただけなのでほぼ差が無く、決勝の両者の走りもほぼ互角。見た感じシケインをエバンスの方が無駄なくきっちりまとめたかな、という印象で0.16秒差をつけたエバンスがジュリアス ベア ポール ポジションを獲得しました。後で記録を見たら、セクター1はエバンスが0.01秒、セクター3は0.016秒速かっただけで、残りの0.134秒はセクター2で付いた差なので私の感想は一応合ってたみたいです。

 予選順位はエバンス、ベルニュ、ヒューズ、ベアライン、ミュラー、ローランド、バード、グンターのトップ8となりました。

 予選を見ていると縁石をどの角度からどのぐらいまで跨ぐか、というところでけっこうドライバーによって解釈が異なっているのが面白かったです。エバンスはターン12で車半分以上縁石より内側の青い舗装まで突っ込んでいるのに対し、ヒューズはエイペックスを奥に取ったうえで右側を縁石に乗せるだけの白線遵守走法っぽく見えました。ひょっとしたらヒューズは足が硬め、車高を可能な限り下げてダウンフォースを稼ぐ代わりに縁石を使わん、みたいなセットに最初からなってるのかな、とか想像すると面白いですね。

・ヒューズ、予選後に失格

 とか思ってたらせっかく速かったヒューズが予選後になんと失格裁定。理由は何かインチキをしたわけではなく、安全上必須の消火器が正常に作動する状態で車内に配置されていなかった、という安全上の規定違反でした。ヒューズは最後尾となり、予選で4位以下の人たちはみんな繰り上がることになります。フォーミュラEあるある、謎のペナルティーで後から結果変わりがち。

・決勝

 気温23℃、路面温度38℃、路面温度が高いのでバーンナウトも控えめな感じで、東京とはうってかわって広々としたグリッドからレースがスタート。まずは様子見をしようという人と順位を上げようとする人がバラバラの意志で動いたようで、結果予選が無意味なぐらいに順位大変動。8位スタートのニック キャシディーが半周で2位になったかと思ったら、9位スタートのセバスチャン ブエミがさらに勢いよく攻めて1周目のリードを取ります。
 何せここは回生する場所が少ないのに、今日のレースは90km以上あってエナジー管理がとにかく大変。リフト&コーストを多用する必要があり、道が広いので抜こうと思えば抜き放題。ありえないぐらい各所で変動が発生していて真面目に考えるのが面倒くさくなってきます、というかたぶん考えるだけ無駄ですw
 しかしずっとこんなことをやってたらいくら道が広くても限度があり、5周目にキャシディーがターン8のシケインで大外からゴボウ抜きしつつベルニュに並んだところ、壁の方へ追いやられて接触。キャシディーはウイングが傾いてタイヤと干渉したのでピットへ。これでベルニュには5秒加算ペナルティーが課せられます。

 さらに6周目にはベアラインがベルニュに追突、こちらは前が加速する前に見切り発車で加速したら自分からぶつけた形で、ベアラインもウイング交換のためにピットに入りました。ベルニュはリアのウイング的構造物が一部無くなってしまいますが、性能的にはほぼ無意味な飾りなので大丈夫。ベアラインとキャシディー、ドライバー選手権の1位と2位が早々に脱落してしまいます。

 オーバル以外でオープン ホイール車両がこんなに2ワイドで並んでるのを私は初めて見た気がしますが、何せグループ予選の1分18秒台のペースに対して決勝の序盤のペースはというと1分26秒あたり。8秒も遅いんだからそりゃあやりたい放題になるはずです。
 100戦以上フォーミュラEを見てきてそれなりに各陣営が何を考えて走っているのか想像する力は付いているつもりだった私も、今日はもう状況が全く整理できないまま気づいたらレースは折り返しの14周目へ。どうも崖っぷちフェリックスダコスタがエナジーを多めに残しているらしいことがここで判明します。
 参加している側も、自陣営以外の残量は中継画面で把握するかスパイ活動でもしない限り分からないこのレース。画面に一瞬全員のエナジー残量が出たので、これを見て多少レースに変化があるかと思ったら全然そんなこともなくこの後も荒れます。16周目にバードがパンクでピットに入ると、続く17周目にはベルニュがエバンスにウイングを踏まれてしまってもう前も後ろもボロボロ。バードのパンクはどうやらジェハン ダルバラとの接触だったみたいです。

 21周目、レースが延長する可能性が無くなると終わりが見えたのでようやく全体のペースが向上、1分23秒、22秒、と上げていってようやくレースっぽくなります。ここでやはり残量に余裕のあるダコスタが率先して前に飛び出し、ここにボロボロのベルニュ、5位スタートからレース序盤はあまり前に出ずに待っていたローランドが続きます。
 
 この後一旦ローランドが前に出て抑え込みを狙いましたが、この広いトラックで残量に2%も差があると難しく残り3周でダコスタが再度リーダーとなり逃げ切りを狙います。ローランドも一生懸命付いていきますが、尻に火が付いたダコスタが慌てることなくレースをまとめ、ローランドを0.4秒差で下しました。最後は1分19秒台までペースが上がったのでほぼ全力ですね。13位スタートから見事な逆転劇、そしてドライバー人生的にもひょっとしたらこれが起死回生の逆転劇。

・車検

 ところがこの後フォーミュラEあるある。ダコスタにレース後の車検で規定違反が発見されて失格。これにより優勝はローランドとなりました、シーズン6のベルリン以来となる通算2勝目、日産としてもこの時以来となる通算3勝目です。当時は日産e.damsのエントリーだったので、e.dams買収後の日産フォーミュラEチームとしては初優勝となります。これでローランドは4戦連続の表彰台で、なんとドライバー選手権で1位となりました。
運命さえまだ知らない幼気な瞳

 また、7位でチェッカーを受けたセルジオ セッテ カマラもレース後にドライブスルー相当の50秒を加算されて15位に転落。これはバッテリーの温度が上昇して本来なら出力に制限がかけられているはずなのに、制限を超過して使ってしまったという『300kWは守ってるのにオーバー パワーをとられる』という、以前にブエミも経験した厄介な規定違反でした。
 正式結果は優勝がローランド、2位にデニス、3位グンター。そして4位にERTのダニエル ティクタムが入りました、4位は自己最高位でチームとしてもシーズン4でオリバー ターベイが2位となって以来の好成績。15位スタートのティクタムは序盤は後ろを走り、20周目の段階でもまだ10位でしたがここからスルスルスルっと上がってきました。セッテカマラも入賞だったら大成功だったのでチームとしては惜しい結果です。予選が良かったミュラーでしたがレース結果は11位、その代わりチームメイトのルーカス ディ グラッシが10位で1点持ち帰りました。

・ダコスタは何が違反だったのか

 レース後に物議を醸すことになったのがダコスタの違反内容でした。スロットル ペダルには当然ながら足を離したら戻ってくるようにするためバネが入っていますが、これが規定違反でした。この部品は車体を製造しているスパーク レーシング テクノロジーが供給する指定部品となっていて、カタログに掲載されているいくつかの中から使いたいものを選んで使用することになっています。勝手に違う物を使用してはいけません。
 じゃあダコスタは勝手に違う物を使ったのか、というとそうではなく、Gen2時代の部品を使用していました。The Raceによると、ご存じの通りGen3車両は世界的な供給網の遅れ等に伴って開発・納車がギリギリになってしまい、スパーク社は当初じゅうぶんな数の部品を供給することができませんでした。そのため暫定的な措置として、規格に適合していることを条件に各陣営の開発/テスト走行では旧型部品を使用しても良いことになっていたようです。ちなみに両者の差は基本的にバネにコーティングがされているかいないかの違いで、新型はコーティングしていないのでちょっと値段が安いそうです。
 
 2022年末に行われたバレンシアでの公式合同テストの段階で、スパーク社が発行している部品リストからは既にこのGen2時代のバネは既にカタログに掲載されておらず、もちろん開幕戦でも同様でした。一方で、通常であればカタログから削除される製品がある場合には注意喚起のために強調表示がされることが慣例となっているにもかかわらず、このバネについては強調表示されずにしれっと消えていました。
 そのため、ポルシェはGen2仕様のバネが使用可能な部品から外れていることに気づかず使い続け、そして今回優勝して細かい車検の対象になったら摘発された、という流れでした。実際、チームによるとダコスタ車のこのバネはGen3になってから一度も変更されておらず、昨年の開幕からずーーーーっとこれで走っていました。このレースでは実はベアラインの車両も調べてGen2バネを確認しており、ただこれは正式な手順による車検ではないので罰則が無かったとのこと。
 The Raceの調べでは少なくとも3チームはポルシェと同様にGen2バネを在庫部品として置いていたとのことで、現在も車両に組み込まれている可能性がありますがチームは使用の有無について回答を避けたとしています。

 足を離したら戻ってくる、というだけの部品なのでどちらの部品でも車両の性能に影響はありませんが、国際モータースポーツ競技規則に
『競技者は車両の適合性について責任を負い、たとえ性能上の利点がない場合でも、車両は規則に従わなければならない』
と書かれている通り、いわゆる『ルールはルール』という裁定になりました。ちなみに、バネ定数なんかが微妙に異なるでしょうからGen2バネとGen3バネには感触の違いは当然あって、これを根拠に『より好みの感触を得られれば、このレースで重要なリフト&コーストの運転精度に影響するので利点はある』と考えている人もいるとThe Raceは伝えています。

・ポルシェ、謎ペナの歴史

 ポルシェはこれまでにも奇妙なペナルティーに遭遇してきました。有名なのは2021年のプエブラで、ベアラインがポルシェの初勝利を飾ったはずが、なんとスタート時のタイヤの登録に関して事務作業にミスがあったというレースとは全然関係ない問題で失格。さらに翌日の第2レース、今度はレース終盤にファンブーストを使ったら、もう電池残量が少ないので出力があまり上がらず。これが『100kJのエナジーで240kW~250kWの出力』というファンブーストの規則を破ったとしてこの日もペナルティーを食らいました。見ている側も「ファンブーストって電力不足で使ったらあかんのや」と初めて知る出来事でした。


 さらに昨年のロンドンではダコスタが他者から発生した部品の破片を踏んでタイヤに亀裂が入り、徐々に空気が抜けてしまう状態に。安全上問題がないとみなしてレースを続行して2位となったものの、空気が抜けているのでタイヤ内圧違反で3分というアホみたいに大きいペナルティーを食らいました。こうした過去の事例もあって、ポルシェは『規則の運用が公平ではない』と怒りを募らせてきた過去があり、今回も控訴する可能性がありそうです。

 今回の事案に対して失格の裁定が妥当かどうか人によって見解は分かれると思いますが、個人的には運営側がどの程度説明責任を果たしていたかで変わってくると思います。基本は『ルールはルール』で『ちゃんと見ていない人が悪い』ということになるとは思うんですが、それはきちんとその規則が周知・徹底されている状況であり、その規則が相当程度妥当と言える合理的存在であることが前提条件だと思います。
 どこかで全チームを集めた場において、あるいは個別に、Gen2バネはあくまで暫定ですよ、シーズンでは使えませんよ、Gen3バネをカタログを見て取り寄せてくださいよ、ときちんと周知していたのなら、さすがに聞いていなかった、知らなかった、忘れてた、というのはこの世界では通用しないと思います。
 一方で、車両の移行期に部品についての説明が運営側から妥当と言える程度に行われておらず、言いっ放しでチームに任せっぱなし、という状態だったのであれば、違反とした根拠そのものが合理性について疑義をもたれるような状況だと思います。カタログ掲載以外に、最初にテストでGen2バネを使うとなった時にどう説明していたのか、といった外からは分からない当時の状況次第で結論が異なると私は感じます。

 フォーミュラEの場合、ドライバーに全く非が無い出力スパイクによるオーバーパワーなどもその都度レース結果に影響する制裁を受けていますし、上述のタイヤ登録ミスなどは『万が一これを守っていないことでインチキが行われていたら大問題である』というのがその下地にあるので、仮に単なる事務的問題だけだと分かっても重要事案なので失格になるわけです。
 今回も同様に、たとえそれがGen2部品のうっかり流用だとしても、それが規則に合致しない限りはGen2バネだろうとどっかのおじさんが自作したバネだろうと、さっきロイヤルホームセンターで買ってきたバネだろうと同じ、という理屈にも道理はあるので、制裁の重さにしろ、そもそも罰則の有無にしろ、やはり説明責任をどこまで果たしているかが大事だと思いますね。そしてそれができているのかを外から見ても判別できないので、私には失格の妥当性について良いとも悪いとも言えないのが正直なところです。心情だけで言えば「罰金でいいんじゃないの?」と思いますけどね。


・想定外に破滅的だったミザノ

 レース後に大波乱があったので忘れそうになりますが、ミザノレース1は内容も波乱すぎました。運営としたらこのレースは先頭押しつけ型、昨年のポートランドと似た展開を想像していたはずですが、予想外にみんなバラバラの考え方で動いてしまったのでものすごく変なレースになってしまいました。
 1位から4位ぐらいまでがそろって早めにリフトしても、それ以降の人の中に「だったら俺前出るわ」というのが1人いると抜き放題で、じゃあ前を走ってくれるのかと言ったらそうでもないのでこれを繰り返したわけです。エナジー管理から言えばこうやって前に出たり下がったりするのはだいぶ無駄な動きで、実際ティクタムが4位になったのを見ても分かる通りあんまり上げ下げに付き合わず後ろの方で節約して我慢した方が利益は大きかったと思いますが、なかなかそうできないのが人間心理というものでしょうか。そういう意味では面白かったですねw
 ここまで減速位置もバラバラ、四方八方から車が押し寄せてきて、想定外の場所からいきなり車が並んできたり飛び込んできたりするとさすがに対処が追いつかないので、ドライバーからは非常に評判は悪かったみたいです。ぶつかった人は特にそうでしょうね。何も起きないレースでは興行にならないですが、『面白い』と『安っぽい』の境界線からさすがにこれはだいぶ安っぽい側に出てしまった気がするので、今回の設定はやりすぎだったかなあとは思いました。

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