フォーミュラE 開幕戦 メキシコシティー

ABB FIA Formula E World Championship
2024 Hankook Mexico City E-Prix
Autodromo Hermanos Rodriguez 2.63km×35Laps=92.05km
※規定により37周に延長
Race Energy:38.5kWh
winner:Pascal Wehrlein(TAG Heuer Porsche Formula E Team/Porsche 99X Electric)


 やってきました、ABB フォーミュラE シーズン10開幕戦。なのに私は仕事が忙しすぎてうっかり日付を忘れており、出遅れて録画での観戦になりました。ありえん短い納期で急に言ってくるお客さんがやたら多い・・・
 私の事情はおいといて、開幕戦はメキシコシティー、おなじみエルマノス ロドリゲス サーキットをてきとーに端折ったトラックで、昨年に回生箇所の増加を理由にシケインが1つ増やされたレイアウトを継続使用しています。昨年は何も分からないGen3車両での初めてのレースでしたが、1年経過して地に足がついた状態で帰ってきました。
 というわけで昨年から車両のハード面もコースも変更はありませんが、決勝の使用可能エナジーは41kWhから38.5kWhに削減、周回数も1周減りました。1周あたりに換算すると1.138kWhから1.1kWhになったので3.4%ほど減らされた形ですが、ソフトウェアの進歩を考えると実質はそこまで変わらないかもしれません。また、事前情報でも書きましたがアタック モードは合計8分となっており、2+6、4+4、6+2の3パターンから選択します。

 元々昨年のレースではあまり節約の必要性がないかなり保守的なエナジー量と周回数の設定になっており、初戦&新規定ゆえのバタバタはあったものの後に起こるような強烈な節約合戦が起きないレースでした。そこから僅か3%減ということを考えると、今年もまたあまり決勝では追い抜きが起きないレース展開になりそうです。

・ボルト登場

 元陸上短距離選手のウサイン ボルトがなんとゲストで登場。昨年『屋内施設での世界最速記録』を樹立した試験車両・GenBetaを実際に自分で運転までしました。ボルトは2023年12月の段階で8台の車を所有しているそうで、日産からは特別仕様の金ぴかのGT-Rを貰ったことでも知られています。まだ電気自動車は持っていないみたいですけどそのうち何かコレクションに加わるでしょうか。苗字がボルトだから宣伝には良さそうですねえ(え)


・練習走行

 今回はレースの前日開催になっていたFP1ですが、開始からわずか8分、まだ汚れていて滑りまくる路面に足を取られたマキシミリアン グンターが最終コーナーでズルッズルになって壁走り状態。いきなりレッド フラッグとなります。この赤旗の際、ミッチ エバンス、ニック キャシディー、ストフェル バンドーンの3人は『赤旗でピットに戻った際に車両はガレージから出てはならない』という手順に違反したとして決勝で1グリッド降格というわりとしょうもないペナルティーをいきなり食らいました。
 翌日朝のFP2ではエバンスが最速、キャシディーが4位、バンドーンは5位とグリッド降格組はいずれも好タイムを記録することになります。

・グループ予選

 路面温度が15℃しかなかった昨年と違って今年は22℃ほど。A組はいきなりの僅差の争い発生、ロビン フラインスが最速で、バンドーン、キャシディー、パスカル ベアラインがなんと0.07秒差の中に収まってデュエルスに進みました。サム バードはあと1秒足りずに最後のアタック前にチェッカーを振られてグループ6位で脱落。古巣アプトに戻ってきたルーカス ディ グラッシは最後のアタックでスピンしてシケインのバリア先端部分を破壊し、ダン ティクタムはその破片を撥ねてしまいました。

 シケインの壊れた箇所は直さないままB組の予選も始まり、FP1ではミスってしまったグンターがここは最速、ジェイク ヒューズ、セバスチャン ブエミ、エバンスがこれまた0.082秒の範囲に収まりました。ジャン エリック ベルニュは1位から0.13秒差なのに5位でデュエルス進出を逃し、昨年のチャンピオンでこのレースの勝者でもあるジェイク デニスは最後のアタックでミスってしまって7位で脱落となりました。セクター1全体ベスト、からのターン5での大失敗でした。

 見た感じ、アウト→プリップ→アタックの3周構成が基本なようで、2回目のアタックはこの後にもう一度ゆっくりと走ってから最後のアタックという流れのようでした。フロントのタイヤにはしっかり熱を入れたいけど、リアはただでさえダウンフォースのない車とグリップの無いタイヤに高地の条件が加わってとにかくズルズルなので冷やしたい。
 というところで特に再アタック前はみんなものすごくゆっくり走っており、これが渋滞の原因になって綺麗にアタックできていないドライバーが複数いた雰囲気ですね。エバンスは思いっきり他の人とサイクルがズレて渋滞をかきわけていましたから、これでB組4位はよく通ったなという印象、デュエルスでは前に行けるかもしれません。

・デュエルス

 準決勝の時点で4人中3人がジャガー勢という中、A組からはデュエルス唯一のポルシェ勢・ベアラインが決勝へ進出。B組は準々決勝でエバンスがこの週末で最速となる1分13秒103を記録記録しましたが、準決勝ではここから0.48秒ほど遅くなってしまい、ブエミに敗れました。
 デュエルス決勝は先攻のベアラインが非常にうまくタイヤの準備をしたようで、ここまでの自身のタイムを上回る1分13秒298を記録。これはブエミの準決勝でのタイムよりわずかに遅い記録でしたが、そのブエミはちょっとグリップ感が足りなくて目いっぱい自信を持って攻め込めていない、という雰囲気で1分13秒549にとどまりました。ベアラインが通算4度目のジュリアス ベア ポール ポジションを獲得、彼が獲ったポールは全部メキシコですw

 グリッド降格が複数あるので、スタート順位はベアライン、ブエミ、グンター、キャシディー、エバンス、ヒューズ、バンドーン、フラインスの順となります。仮にエバンスとキャシディーでデュエルスの決勝だったら、2人とも1グリッド降格持ちなので勝った方は降格があるのに降格せず1位からスタートできる、という謎現象が起きて面白かったんですが・・・w


・決勝

 朝の予選の時間帯は晴れて昨年より気温が高かったものの、決勝はやや曇り空、路面温度も昨年より2℃前後高い程度になりました。スタート前にERTのセルジオ セッテ カマラは車に不具合が出たためグリッドに車を並べられず。レース後の資料によると、この不具合対応のバタバタのせいか集合写真撮影にERTの選手2名は不在だったため審議対象になり、セッテカマラは『車に問題があってグリッドに付けなかったから』お咎めなし、ティクタムは1000ユーロの罰金が課せられました。

 スタートではフラインスが大失敗して15位辺りまで転落、ディグラッシはブレーキに不具合があったようでターンを直進し危険なのでリタイア、3周目にはアントニオ フェリックス ダ コスタとニコ ミュラーが接触し、ダコスタはサスペンションを折ってリタイアとなりました。しかも接触の主因だったとして次戦での3グリッド降格ペナルティーも貰ってしまいます。

 そんなわけで黄旗もちょくちょく出ている中ですが上位勢が早々にアタックモードの1回目を使用しはじめ、ベアラインは2分を使った後すぐに6分も使って義務を消化しつつ相手を風よけにする作戦です。ただ、ベアラインは技術規定違反の審議というフォーミュラEお馴染みのよくわからんやつが出されており、ここからいなくなる可能性があります。

 2位だったブエミは先に6分のアタックを使ったので、ベアラインが2回目を使った際に先頭へ浮上、自分は少なくともこのアタックが終わるまで次のアタックに入れないのでしばらくは前を走るしかありません。そのブエミのアタックがあと30秒ほどで終わる、という9周目、フラインスがクラッシュ。ちょうどスタジアムから出る狭い部分のターン17でコースの左半分を車が塞いでおりFCY、その後SC導入になりました。


 映像を見ると、自分の右にアタックに入って戻ってくるエドアルド モルターラがいたので、相手に先行されないよう、かつ変に並走して時間も失わないようにちょっと無理して勢いよくターン16に入ったら、縁石に乗りすぎて跳ねた上にラインも外れて全然グリップしない場所に突っ込んで自滅したように見えました。モルターラも無線で「一切ぶつかってないよ」と一生懸命伝えています。
 昨年は開幕戦開始早々に追突事故で手首を骨折したフラインス、今年もメキシコシティーとは相性最悪でした。ちなみにシーズン6のここのレースではエナジー使用量超過で自身唯一の失格も経験しており、通算7回出場して入賞は2回だけとここではあんまり良い記憶がありません。

 12周目にリスタート、ベアライン陣営はブエミの後ろで節約したい考えですが、ブエミが敵に塩を送るはずもなくこの周にアタックに入ってベアラインは先頭を返納されました。この後はしばしレースが膠着し、20周目に入るころには上位勢は全員アタックも使用完了。20周を終えた順位はベアライン、ブエミ、キャシディー、グンター、エバンス、ベルニュとなっています。デニスはこつこつと9位まで追い上げてきつつエナジー残量はちょっと多めという昨年もよく見たパターン。
 一方ややエナジーが少なくてこの後苦労することになったのが5位のエバンス。順位を下げずにアタックを獲るためにちょっとエナジーを使ってしまい、2回目のアタックを終えた後に少しずつ前から離されていきます。ベルニュに追い回され、4位と5位の間が完全に分断されてここから後ろが第2集団になってしまいました。
 
 33周目、FCY/SCに伴う追加周回は2周と発表されてレースは合計37周/残り5周となりますが、エバンスは引き続きかなり苦しい展開。後ろを気にして走るのでライン取りも理想的ではなく、これがタイヤを攻撃する悪循環っぽい様子でターン11で完全に失敗して事故りそうになりました。しかし抜きどころがないこのコース、ベルニュは抜けないからエナジーを貯めて最後に一発仕掛けたそうな雰囲気です。


 一方優勝争いはベアラインが一時2秒以上にまでブエミを引き離した後は後ろを見ながらペース配分しているようで、非常にうまく先頭でレースを運んでいます。記録を見るとほとんどの周で1分15秒4~6の間に綺麗にタイムを収めており、全く上下動なく均等にエナジーを使っていったと考えられます。

 そのまま最終周となり、ベアラインは対ブエミで僅かに残量で負けていたため最後に少し迫られはしたものの、ゴール地点でピッタリ0.0%にしてブエミを1.162秒差で下し開幕戦を制しました。3位キャシディー、4位にグンター。ここまでが1位から5.8秒差ですが、5位はというと最後までエバンスが蓋しきって13秒差の5位となりました。エバンスから後ろは3.2秒差の中に13位の車までが入る大混雑、まあ後ろの人はイライラしたことでしょう、デニスは残量があるのに抜けなくて、エナジーを余らせて9位に終わりました。

 今回ポルシェはいつもの白黒系ではなく紫のスキーム、どうも1月25日に新型車・マカンEVを発表する予定で、サイトに掲載されている予告写真がこれと同じような紫色に見えるのでマカンEVのお披露目広告活動の一環と思われます。フォーミュラE公式サイトによるとこの色は『プロバンス』という色だそうです。


・で、技術規定違反どうなった

 でも気になるのはベアラインと、同じくポルシェ製パワートレインのデニスに対してもかけられた審議、謎の技術規定違反問題。レースの終盤になって『レース後に審議』と発表されたため、これが終わるまで正確なことが分からない状態でした。
 結局4時間ほどが経過した現地18時30分ごろに結果が判明し、ベアライン、デニスとも違反は認められなかったと結論付けられ、着順通りのレース結果となってベアラインは正式な勝者になりました。

 発表された文書で明らかになったのは『スロットル マップ』に対する嫌疑でした。これは以前から存在していて、ここでも書いたことがあると思いますが要するに『トラクション コントロールっぽいもの』に関する事柄を指します。
 規則では『動力による駆動輪の回転を防止したり、ドライバーの過剰なトルク要求を補ったりするシステムや装置の使用』は禁止とされており、これによりトラクションコントロールは禁止されています。しかし各メーカーはなんとか『合法的な』トラクションコントロールを生み出そうと抜け穴探しに躍起になっており、一時期は多くの車両が何らかの『合法トラクションコントロール』を使っていたとされています。
 そのために活用されたのが、ドライバーのスロットル操作に対して実際に車両がどれだけの出力を供給するか電子的に制御するスロットルマップでした。本来は、例えばグリップの高い条件なら踏んだ量どおりに、雨で滑りやすい時はちょっと踏みすぎても急激に出力が立ち上がらないように中間域の反応をあえて緩やかに、といった具合に操作性を改善するための補助的なものです。
 しかし、スロットルマップ開発を突き詰めて力行と回生を制御してやり、これを許可されているセンサーから得られる情報と組み合わせることで、本来は操作性改善の範囲にとどまるはずのスロットルマップによる出力制御動作が、まるでトラクションコントロールを使用しているかのように空転を防止できてしまう、というような話です。


 FIAもこれを放置はできないので、スロットルマップを事前登録制にしたり、この疑似トラクションコントロールでは作動時にドライブシャフトに独特の振動が発生することから振動を監視するなど対策を講じています。ただ悩ましいことに、Gen3になって車両が高出力になり、これを受け止めるためにシャフトも太くなったので振動が以前より分かりにくくなり、自然に発生する振動との見分けを付けるのが難しくなっているとのことです。
 あくまで現場での噂レベルではあるようですが、『ひょっとしてバレねえんじゃね?』と考えて開発が進んでしまい、スタート時にトラクションコントロールを使用している陣営があるのではないか、とされており、これに対してFIAはより精度の高いセンサーを導入して対抗するいたちごっこ状態となっています。FIAは昨年までDSで技術部門を担当していたトーマス シュボシェという人を新たに雇っており、最前線で戦っていた人を引き入れることで現場の実態をより把握する体制も整えています。

 推測ですが、今回審議となった2人もセンサーでFIAが考えているしきい値を超えるような振動などの数値が計測され、これが違法性の疑われるものなのかをレース中に解析しきれなかったのではないかと思います。上記の通り見分けを付けるのが簡単ではなく、単に監視対象の動作を似ていただけかもしれませんし、逆に今回ペナルティーが出なかったことが必ずしも合法トラクションコントロールの使用を否定できるとも限りません。言い換えると、見分けの付かない完璧な仕組みを作ってしまったらFIAはお手上げということになりますw
 

・何も起きないレース、ありかなしか

 思い返せば昨年は練習走行でジャガー勢に不具合が続き、決勝は序盤に荒れてレースは4周も延長され、最後にエナジー切れで失速する車もいました。それと比べると目に見えて洗練された今年のメキシコシティー。一方で、何も起きないレースだったのも確かです。
 フォーミュラEは基本的に効率を争う競技であり、頭脳的に、効率的に走らないといけない、というのは運営側が持っている1つのテーマです。ただ、そうしたレースでは先頭を押し付けあうぱっと見非常に奇妙で茶番に見えるレースになります。かといって、それをしないと狭くて短いコースではフォーミュラEだろうがスーパーFJだろうがFIA F2だろうが軽自動車だろうが追い抜きはほとんどできないわけで、始まった順位のまま終わってしまいます。
 今回は決勝のペースがスタートから一貫してグループ予選の2秒落ちぐらいで、このぐらいでは極端なリフト&コーストが不要、相手より奥までアクセルを踏んで抜くことがほとんどできません。エバンス渋滞にハマった数名がエナジーを余らせて終わったのを見ても『相手より余分に使ったとしてもなお抜く場所が無い』ことを示しています。
 これはこのシリーズがずっと抱えている、この先も抱える課題ですが、『普通のレース』をやると何も起きないし、『効率を最大限競うレース』にすると茶番批判を食らいます。運営的にはそれを分かっているので『どっちのパターンのレースもあるんですよ』とアピールしたい側面があるみたいなんですが、メキシコシティーは2年連続でこの展開になってしまったので、ちょっと改善した方が良いかなと思いました。
 
 ここのターン1は鈴鹿のデグナーみたいに中速でラインが1本しかない形状のため追い抜きができない要因ですし、これだけ節約要素が少ないなら裏側の直線に設けたシケインはただもたもた走っているだけでいらないように思います。
 どちらの方向性のレースを好むかは人それぞれなのでここに優劣も上下もないですし、もちろん将来的には航続距離の課題を解消して『普通のレース』を目指したいんだとは思いますが、個人的には今の道具、それもアタックチャージが無い状態のレースであれば節約レースを軸にして、やるのであればアタックチャージのあるレースでスプリント要素を強めるような使い分けをするとか、せめてコース上で争える特性のコースにした方がいいんじゃないかなと思いました。
 メキシコシティーは節約レースでもないし、飛ばしていってコース上で争えるわけでもなく、市街地ではないので見た目の派手さ、珍しさ、美しさや距離の近さから来るスピード感も少なく、すごく中途半端な設定になってしまった印象は否めませんでした。去年も今年もけっこうなお客さんが入って見ていましたが、とりあえず現地で見ていたお客さんの感想をしっかり聞いておくことが大事だろうと思います。現地のお客さんが面白かったのなら別に地球の反対側の人の言うことなんて別にどうでも良いかもしれませんね。

 次戦は1月末にサウジアラビアのディリーヤで2連戦です。もう忘れないですよ!

コメント

アールグレイ さんの投稿…
今年もフォーミュラEが始まりましたね。
今シーズンは東京での開催もありますし、これが成功すれば今週大阪観光局が誘致を発表したF1開催の参考例になったりするのかなと。

ただ市街地コースでの開催が増えているF1とは逆にフォーミュラEは今シーズンのカレンダーを見ると、ミサノ、上海、ポートランドと常設トラックも多い感じが特にあります。
その中でもシーズン2から開催しているメキシコシティーは常設トラックでの開催の先駆者のような存在ですが、逆に何故市街地でもないのにこれだけ続けて開催出来ていているのか不思議に思います。

SCfromLA さんの投稿…
>アールグレイさん

 メキシコはとにかくレース好きの人が多くて、言葉は悪いですけど何でも熱狂して盛り上がってくれる土壌があるのは大きいんじゃないかと思いますね。ここは市街地では無いけど大都市の中にはあるので地理的にも有利なんだろうと思います。
 開催地に関しては、ポートランドは次の市街地までの繋ぎだというのはありますが、Gen4で出力600kWというのが実現すると常設の有名コースを走って箔を付けたい、というのも運営側として考えてるんじゃないかとも思うので、(市街地では安全性の問題から350kWの低出力モードで走る可能性が高いので、逆から言うと600kWにするからには常設のでっかいところでもやろうとしていると想像できます)、いずれ半々とかになっていくのかもしれませんね。
 その際にメキシコはここでF1レイアウトにして、600kWのEVが320km/hでストレートをかっとんでいったらそれもまたお客さん盛り上がる気はします。