2023 オートバックス SUPER GT 第6戦 SUGOでは、GT500クラスのAstemo NSX-GT、GT300クラスのUPGARAGE NSX GT3、クラス1位でチェッカーを受けた2台がいずれもレース後の車検で規定違反が見つかり失格になる、という非常に珍しく信じられない結末になりました。アステモはスキッドブロック厚み違反、アップガレージは最低地上高違反でした。
今季の表彰台車両の失格は前戦の鈴鹿でも2位のMOTUL AUTECH Zが経験しておりこれまたスキッドブロック厚み違反。今年はこれで2例・3件目となりいずれも車高関連です。ダウンフォースを出すためには基本的に車高をギリギリまで下げる必要があり、かたや高速化を防ぐために運営側は地上高やスキッドブロックによって下げすぎないための規制を設けています。
同じ規則や車両で何年も続けていくとどうしても他車との差を付けられる場所が減っていき、規則ギリギリまで全ての要素を攻め込んでいくので、そこでちょっとした部品の劣化であったり、計算と異なる出来事が起きると規定の範囲を逸脱してしまう、というのはある程度想像できます。
大雑把に資料をあさりましたが、今年の第4戦以前で失格車両が出たのは2021年第5戦SUGOでのRUNUP RIVAUX GT-R。ただこれはピット作業違反によって出されたドライブスルーのペナルティーを適切に消化しなかったことが原因でした。このレースはGT500でARTA NSX-GTがやはり作業違反によるペナルティーに端を発し、SCの導入でいつ消化するのかが混乱してSC中に入るわ必要無いのにまた入るわでわけわからんことになったレースでした。たぶんランナップもわけわからず消化したつもりになってたんだと思います。
で、表彰台の車両がレース後の車検で失格になったのはおそらく2013年の第5戦鈴鹿1000kmで2位に入ったGSR 初音ミク BMWで、吸気リストリクターが完全に密閉されていなかった、という内容だったと思います。
リストリクターというのはエンジンの吸気量を制限して出力を抑える装置、人間で例えれば直接口呼吸せずにストローを咥えさせられてストローからだけ空気を吸わされている状態です。車検では簡単に言うとエンジンをかけた状態でリストリクターの口をぶしゃっと塞ぎ、空気が入らないとエンジンは燃焼ができずにいずれ自然に止まるはずなので、それを見て漏れが無いかを試します。
さっきの例えで言えば、ストローの口を塞がれたら人間は窒息してしまいますよね。もしそれでも平然としていたら、ストローに穴が開いてるかインチキして鼻から呼吸しているか、ということになりますが、エンジンも同じでこの検査で止まらないとリストリクターがきちんと機能していない、余分な空気を吸っている、と判断されるわけです。
それ以前だと危険行為や黒旗無視による失格というのが散見されるんですが、レース後車検の失格で2013年以前を探すと全日本GT選手権時代にまで遡らないといけないようで、おそらく2000年第7戦鈴鹿だと思います。この時はGT500の2位・ARTA NSXと3位・RAYBRIG NSXがいずれもリストリクターの違反で失格。複数の表彰台車両が失格になったのはこれが史上唯一だと思います。
そして、優勝車両が失格になった例はというと探した範囲では2例あり、1例目は1998年第7戦SUGOでのGT500・TAKATA童夢無限NSXでやはりこれもリストリクターでした。2例目は1999年開幕戦鈴鹿でのGT300クラス・シグマテック911で、リストリクターがそもそも規定の大きさではなかったとのこと。ちなみにこれ以外に反則スタートによる1分加算も受けたんですが、たまたま2位以下が全員周回遅れだったのでもしこれだけなら実質無罰でした。ていうか反則スタートの罰則がレース後加算とはザルだぜJGTC^^;
![]() |
| 1998年SUGOのTAKATA童夢無限NSX 右が繰り上げ優勝のCastrol 無限NSX |
余談ですがGT史上初の失格はおそらく1995年の第6戦美祢で、38号車トヨタスープラに乗っていたエリック コマスが6位でチェッカーを受けたものの、ラフプレーで失格になったと記録されています。当時の映像を見ると同じコーナーでGT300とGT500の車両を1台ずつ撃墜していたみたいですね^^;
調べていてちょっと興味深かったのは、見ての通りGT500の規定違反はいずれもNSXのリストリクターでした。で、1998年も2000年も陣営はかなりの度合いで怒っていたことが公式サイトの記事から読み取れます。まず1998年ですが、童夢は失格について
童夢レーシングチームと致しましてはこの判定の正当性を認めていませんが、現行レギュレーションにおいて、主催者の権限は絶大であり、控訴は形だけの無意味なパフォーマンスとなるだけですから断腸の思いながら控訴は断念します。
1回目の予選終了後、唐突にこのエアリストリクターの検査が始まりました。今までこんな検査が行われた事もありませんし、この検査ではNG車も多かったのですが、技術委員は「来期導入に向けての事前テスト」と説明していましたのでチームに動揺はありませんでした。
などと長文で車検方法から運営から何から徹底的に運営を批判する声明を公表しました。当時は童夢のサイトで全文が読めたみたいですが、今もGT公式に載っている要点は見れるのでよろしければこちらの記事をどうぞ。
そして2年後、またも2台がリストリクター違反で引っかかると、翌年の鈴鹿のレース現場でみなさんかなりため込んだものがあったらしく、NSXのエンジンを手掛ける無限を筆頭にGT選手権全般の運営方法、公平性などについての意見が噴出していたようです。こちらも併せて読むと面白いです。現在のGTアソシエイション会長も、当時はレーシングプロジェクトバンドウの代表としてモノ申しています。
時代背景を見ると、3メーカーが対抗した全日本ツーリングカー選手権(JTCC)が消滅してメーカーがこぞってJGTCへ移行、特にホンダNSXの速さとシリーズ人気の向上でシリーズがプライベーターの集いから徐々に自動車メーカー同士の争う場へとプロ化している課程にある時代でした。
ちょうどオートスポーツ誌で特集されていましたが、振り返るとJTCCでは1996年にホンダがアコードを投入しその圧倒的性能でシリーズを席巻。ただ、規則を拡大解釈したような車づくり、それまでの常識からするとあり得ない予算規模でのやり方に他陣営が反感を持っていたという側面があり、JTCCでアコードは車両の再設計を迫られる、最終戦のレース後車検失格に関する結論が翌年までもつれ込む、など様々なことが起こりました。
そしてJGTCでもスープラ、スカイラインGT-Rと比べて圧倒的に素性が良いNSXという車に、童夢の風洞を使用した本格的空力開発という手法はまた脅威となって、この時代のGT500は『いかにNSXを遅くして他に合わせるか』がテーマだったと言っても過言ではありませんでした。
ホンダは『勝つために当然のことをしているだけなのに、内輪の論理で既存勢力が自分たちを貶めにかかってきている』と感じていたでしょうし、他陣営は『金と組織力にモノを言わせて費用高騰を招いてJTCCを崩壊させたのに、またGTの土俵に土足で踏み込んできて同じことをしている』と感じた人もおそらくいたと思います。
こうした時代背景が、検査方法の公平性というレースの根幹部分ですら意見が真っ向から対立するような状況を生んだのではないだろうか、と思いました。現在ではこんなギスギスした空気ではなくお互いが運命共同体、ノーモアJTCCだと思って『競争相手だけど、相手がいないと成立しないし何よりお客さんをまず第1にしないといけない』という理念によって秩序が保たれていますね。
おそらくGTのレース後車検は手間を考えて上位3台だけに絞っていると思うんですが、GTの歴史を見ても実際に車検でレース後にしょっぴかれた例というのは極めて稀だということを改めて認識しました。それが立て続けに起きたというのはかなりの事件といえるでしょう、私はフォーミュラEに慣れすぎてて実感がありませんでしたけどw
逆から言えば、ニスモもアップガレージもリアルレーシングも4位や5位で終わっていたらそのまま指摘されずお家に帰っていた可能性があるわけで、帰ってから自主的に調べて「あ、これ髪の毛一本ぶんアウトじゃね?」と思うか、気づかないままかは分かりませんが、いざ表彰台に乗った時に失格にならないための自主点検も欠かせないでしょうし、普通に考えると氷山の一角の可能性もありますから可能な範囲でレース後車検対象の拡大も検討課題かなあと感じました。
過去の失格事案が他にもあるよ!とか、車検対象の規則知ってるよ!とかいう方がいらっしゃればご一報くださいm(_ _)m




コメント