フォーミュラE 第15戦 ロンドン

ABB FIA FormulaE World Championship
2023 Hankook London E-Prix
ExCel London Circuit 2.09km×36Laps=75.24km
※SC導入に伴い、規定により37周に延長
winner:Mitch Evans(Jaguar TCS Racing/Jaguar I-Type 6)

 ABBフォーミュラE、いよいよシーズン9最終のロンドン2連戦です。普段は大規模展示会の会場などとして使われるエクセル ロンドンという施設内にピットを設け、施設内とその外周道路を使用するというモータースポーツ史に残る珍しい形状のトラックで、なんとレースを見ながらすぐ隣を走る鉄道まで見ることができるという優れものです。調べたら昨年の8月にはポケモンの世界大会がここで開催されてますね。
 シーズン7で初めて使用された際にはものすごく鋭角な連続ヘアピンを用意したら事故多発で批判され、昨シーズンは連続シケインに変更。そして今年もまた少し変更が加わっており、コース終盤のヘアピン・ターン16の先にあったターン17・18が無くなって真っ直ぐになり、結果として昨年よりターンの数は2つ少ない20、1周の長さも50mほど短くなって2.09kmとなりました。そもそもなんか増築工事してるのか、昨年は無かった構造物が増えてますね。

 あまりにせせこましくて回生する場所が多く、レース距離自体も短いために普通の設定で走らせると全く節約の必要がないレースになってしまうため、この週末に使用可能なエナジーはなんと普段より10kWhも少ない27kWh。普段の尺度で言えば、スタート時点で既に残量が73%ぐらいしかない計算です。

 ドライバー選手権ではジェイク デニスが2位のニック キャシディーに対して24点差を付けており、ひょっとすると最終戦を待たずしてここで決着がつくかもしれない、という状況になっていますが、ここはスタート直後のスロープを下る区間で事故が多いので無得点にならないよう要注意です。

・レース前の話題

 ポルシェが2026年のシーズン12までフォーミュラEの活動を継続することが発表されました。ポルシェは2026年からF1に参戦する計画だったので、フォーミュラEはシーズン10までの活動しか約束していませんでした。しかし、結局F1への参戦計画は頓挫してしまったので予算が浮いたと思われ、現行のいわゆるGen3車両時代の最終年となるシーズン12まで2年間延長されました。それ以降は未定ですが、Gen4規定に対しても関与する意向は示しています。

 そしてこの週末には1つ面白い試みもありました。フォーミュラEがGen3車両をベースに特別な改良を施して仕立てた車両を用意し、『屋内における自動車の最高速度』でのギネス世界記録樹立を目指す、というもの。
 GenBETAと名付けられたこの車両、現在は回生にしか使用していないフロントMGUに力行機能を与えて最高出力を400kWに増大させた4輪駆動に変更。ウイングも普段の直線的で見た目重視のものではなく、3Dプリンターで仕立てたというより空力性能が高そうなものへ換装。タイヤも普段より柔らかいものを用意しました。
 この車両をジェイク ヒューズとルーカス ディ グラッシの2名が使用して記録に挑戦。最終コーナーを立ち上がってストレートを通過し、途中に設置された機器で速度を計測した後ちゃんとブレーキを踏んで止まります。このギネス世界記録、厳格な規定があって、全て屋内で完結し、ちゃんと計測後は完全停止するなどの条件を満たす必要があり、もちろん記録監視員さんも帯同。従来の記録は2021年にレー キーンというドライバーがポルシェ タイカン ターボSで記録したおよそ165km/hでした。
 今回の挑戦ではそれぞれのドライバーが3回の練習を行った後に本番を行い、先行のヒューズは練習の1回目の段階で既に214km/hを超えて世界記録越えは確実。本番では218.71km/hを記録しました。後攻のディグラッシも練習の3回目で218.18km/hをたたき出しますが、本番で記録されたのは217.65km/h。これにより、ヒューズが新たな世界記録保持者として認定されました。

 これはあくまで対外的なPR活動ではありますが、将来へ向けたテストという見方もあります。Gen3の規則はシーズン9〜12の4年間使用されることになっていますが、まず今年の開幕を前に各メーカーが登録したパワートレインは来季・シーズン10までの2年間使用されます。ポルシェが当初2年間だけ活動を約束していたのもこの区切りがあるためです。
 そしてシーズン11の開幕時点で新しいパワートレインが登録されてまた2年間使用されます。いわばこのGen3後期で、運営側はGen3.5とかGen3Evoと称されるような車両規則にする可能性があり、今回のGenBETAで盛り込まれた4輪駆動あたりは採用される可能性があるようです。

・グループ予選

 さて肝心なシリーズ戦に戻りましょう、A組ではデニスが既に絶好調、グループ1位。僅かながらチャンピオンの可能性が残っているミッチ エバンスが2位、ストフェル バンドーン、レネ ラストがデュエルスに進みました。
 一方B組ではキャシディーが2回目のアタックで大失敗。早めに出ていったのでまだ時間は残っており、仕方なく1周タイヤを冷やした上で最後のアタックに向かい、セクター2ではちょっと攻めすぎてる感じで壁スレスレになっていましたが、出したタイムは最速でした。チームメイトのセバスチャン ブエミも2位で続き、3位に予選番長ダニエル ティクタム、4位に数字上はまだチャンピオンの可能性が残っているパスカル ベアラインでした。

・デュエルス

 A組は準決勝でエバンスがデニスを破ってとりあえず相手の躍進を阻むことに成功。一方B組の準決勝はキャシディーとブエミのチームメイト対決、ブエミがシケインで止まれない小芝居を披露してキャシディーが勝ち抜きます。茶番に怒ったのかこの後国際映像のテロップでこの対決の勝者が無しになっている謎の不具合が起きましたw
 決勝、先攻のキャシディーは良い感じで走っていましたがターン16で少し行き過ぎてしまうミス。エバンスの方も少し壁に当てたように見えましたが、僅差でエバンスがジュリアス ベア ポール ポジションを獲得しました。ただ、エバンスは前戦でキャシディーを巻き添えにクラッシュした件で5グリッド降格のペナルティーがあるので3点を持って6位へ降格となります。

 スタート順位はキャシディー、デニス、ブエミ、ティクタム、ラストのトップ5で、エバンスは6位。エンビジョンは1位、3位なのでチーム選手権でもチャンピオン獲得へ大きな機会到来です。ベアラインは7位でここ最近の失敗予選を思うと上出来ですが、シーズン序盤のようなお先どうぞレースではないので前に行くのは簡単ではありません。ポルシェはせめてチーム選手権ぐらい獲りたいと思っていたはずですが、アントニオ フェリックス ダ コスタが17位からのスタートでちょっと厳しそうです。

・決勝

 今年すごく増えたスタート前の空転による白煙、屋内なので全然煙が消えてくれずなかなかスタートできません、来年は真上に換気ダクト設置希望ですw
 待ち時間が長いのでついつい中継のスイッチャーさんが色々とカメラ切り替えをしているうちに、いつの間にか信号がもう5つも点灯しているややポンコツディレクションでスタート。ブエミの蹴り出しが早くターン3までの攻防でデニスを抜いてキャシディーを大きく援護します。

 その後ろでは、点差が開きすぎてるのである意味失うものがないエバンスが攻めの走りで4周目には4位となってデニスの真後ろへ。デニスとすると前はエンビジョンがチーム戦をやってるし、後ろからは捨て身の相手が来るし、いや〜な位置関係です。
 エンビジョンの嫌がらせは続き、5周目にブエミがペースを抑えた状態でキャシディーだけが逃げていって単独でアタック2分を使用、さらに7周目には2回目もさっさと使ってしまい、チーム総力戦で勝ちに行きます。同じ7周目にはエバンスがデニスをかわして3位へ、堅実に入賞して終えたいデニスとすると下手な抵抗は危険なので安全に行くしかないんですが、それを逆手に取られてやりたい放題やられてる感じです。
 さらにデニスは8周目にアタックを獲りにいったのに、絶妙に全部検知点よりズレた位置を通過したようで起動失敗、ただ順位を1つ失っただけになり踏んだり蹴ったりです。

 ところがエンビジョンも全てが思い通りとはいきませんでした。キャシディーはさっき自分を助けてくれたブエミへのお礼とばかりに、一旦順位を譲ってアタックを安全に使ってもらい、チームとして1位・2位を盤石にしようと思ったみたいなんですが、うっかりエバンスに抜かれて間に挟んでしまい、これをきっかけにキャシディーが順位を下げたり、さらにせっかくチームメイトが献身してくれたのにブエミがアタックを空振りしたりとほころびが見えます。
 そのせいでキャシディーは5位前後でデニスと予想外の格闘戦になるなどスタート直後の楽観ムードはどこへやら。そして15周目、最悪の事態を招きました。

 完全にチームとの意思疎通の失敗でブエミとキャシディーが争った末にターン3〜4で交錯。キャシディーはウイングを踏まれてしまい、その先でウイングを落っことしてしまいました。キャシディーはほぼ最後尾へ、唯一の救いは巨大な破片が落ちたのでSCが出たことですが、それでもチャンピオン争いは絶望的です。
 これで最大の競争相手が減ってアンドレッティーのガレージ内にいる女性陣は喜びを隠しきれない感じでキャッキャしてますが、デニスはここまでのリスクだらけのレース展開に無線で怒っているため、おじさんたちは怖い顔をしています^^;

 19周目にリスタート、エバンス、ブエミ、ラスト、ベアライン、デニスの順位。デニスとすると目の前にあまり中の良くないポルシェワークス車両がいるので無線でまだ色々言っています。後ろにはサム バードが来ていてデニス的にはちょっかい出されると嫌なのでさっさと譲って欲しいところ。
 しかしデニスの災難は続き、21周目アタックに入ったらまたもや起動しません。デニスは「アタックが動かない!」と主張。本当に不具合で作動せずに不可抗力なら考慮される場合もあるんですが、翌周も連続でアタックを獲りに行って3度目の正直でようやく起動。ということは壊れてなかったんだと思いますが、だいぶ走り方から憤りを感じます。

 この間、キャシディーはエドアルド モルターラと接触したようでリタイアしてガレージ裏に戻ってしまいますが、追いかけて撮影する中継カメラにたいしてやんわりと「撮らないでもらえる?」と追い払います。しかしカメラは撤退したと見せかけてこっそり遠くから盗撮。中継映像に何かしらチームと会話するキャシディーの姿が映ったら、当然隠し撮りしてることがバレるので今度はかなり厳しい顔で追い出されました、正直殴られるかと思ったので何も起きなくてよかったです^^;

 28周目、デニスは全然ベアラインに譲ってもらえないどころか接触スレスレの戦いになっており、これにはマイケル アンドレッティーも怒ってポルシェのガレージに殴り込みに行きそうな雰囲気です。そんな中でデニスは2回目のアタックを起動しましたが、その後ろでサッシャ フェネストラズがクラッシュ、さらに翌周のターン1でベアラインがラストにぶつけられてクラッシュ、ラストもウイングを完全に壊しました。
 この接触事故直後、フェネストラズの事故が原因でSC導入となり、デニスはアタックに行って順位を下げたのに、ベアラインは後退、ラストは破損で思わぬ形で勝手に順位が戻ってきました。

 フェネストラズは前にいたセルジオ セッテ カマラの車に追突して乗り上げていました。セッテカマラはウイングが無い状態でずっと走っていたので、思ったより相手が早くブレーキを踏んだ、ということがあったのかもしれませんが、レース後にフェネストラズは戒告処分を受けました。フェネストラズの車はかなりの勢いで壁に突っ込んだので車両回収とコース整備に時間が必要となり、31周目にレッド フラッグとなりました。

 リスタート順位はエバンス、ブエミ、ダコスタ、デニス。ただしエバンスは2分、ブエミは6分のアタックがまだ未使用、特にブエミの6分は残り周回数を考えると使い切るのが難しい量になっていてかなり厄介です。デニスは3位以上であればチャンピオンが確定しますので、このまま走っていればチャンピオンを獲れる可能性が高くなりました。
 33周目、デニスにとってありがたいことにスタンディングは採用されずローリングでリスタート。追加の周回は1周と発表されて合計37周になったので残り5周です。急がないとアタックを消化しきれないのでエバンスとブエミが即座にアタックへ。エバンスは1位のまま合流しますが、ブエミは4位に落ちた上にものすごく遅いペースで走っています。普通に走ったらあと4周ちょっとで6分を使い切れないので、使い切ためにわざと遅く走り始めました。この競技規則の悪い部分がモロに出ました。
 ところが34周目にはヒューズがロベルト メリーと接触事故になってターン3の外側に停止。もしこれでまたSCなりFCYなりが出たらブエミの悩みは解消されるはずで動向を観察しようと思ったんですが、事態は想定の斜め下を行く結末を迎えます。
詰まっちった☆

 普通より10秒近く遅いペースで走ることになったブエミ、しびれを切らしたノーマン ナトーがターン19で内側に飛び込みましたが、ブエミも内側を締めたので接触。運悪くここに後続が全部詰まってしまって駐車場になったので即座に赤旗になりました。NASCARでもつい最近こういうの見たなあw

 たしかにブエミは遅い上に道のど真ん中を走っていて邪魔でしか無かったですが、ナトーの飛び込みも無理がありました。レース後にナトーには5秒加算ペナルティー、レース後にこぎしたものの、判定を覆すだけの新証拠が提示されていない、として却下されこのレース9位でした。

 エバンス、ダコスタ、デニス、ブエミ、ナトーの順で35周目にローリングでリスタート、残りは3周。エバンスとすればブエミには何かもう1つ起こして欲しいところでしたが追いつけず。そのまま最終周となり、トドメに2位のダコスタに対して技術的違反で3分(!)のペナルティーが課せられました。
 レースの優勝はエバンスでしたが、デニスが着順とすると3番目、順位としては2位でレースを終えて最終戦を迎える前に今季のドライバー選手権チャンピオンを確定させました。優勝2回、2位が7回、第3戦から4戦連続無得点と苦戦して一時は『最初だけ』という状態でしたが、その後の8戦で最も悪い順位はなんと4位。一気に挽回してみせました。デニスが何かしらチャンピオンになるのは、Wikipediaで調べただけですが2012年のフォーミュラ ルノー 2.0 北ヨーロッパ選手権以来のようですね。

 ただ、チーム選手権ではアンドレッティーは厳しくなりました。デニス1人で213点も稼いでいますが、相棒のアンドレ ロッテラーはなんと23点。ロッテラーの代走で入ったデイビッド ベックマンを含め、アンドレッティーの2台目は8戦連続無得点となっておりチーム選手権で4位です。
 一方1位争いはし烈で、今回エンビジョンが大量に稼げるはずの展開をふいにしてブエミの3位による15点止まり。一方ジャガーがエバンスの優勝とバードの4位で40点稼ぎ、なんとお互いに268点で同点になりました。ポルシェはダコスタの2位が消し飛んだので241点で3位です。
 ダコスタのペナルティーの原因はタイヤ内圧でした。レース中にあっちこっち破片が落ちていたせいで軽くパンクしたとみられ、33周目以降に右前輪のタイヤ内圧が規定値を下回っており、処分を回避するためにはタイヤを交換しなければなりませんでしたが、彼らはそのまま走ってしまいました。ただ、ダコスタとチーム代表のフローリアン モドリンガーはいずれもこの裁定に納得せず控訴する見込み。彼らの主張を要約すると、

・タイヤの損傷は性能的にはマイナスで内圧が低いからといって利益を得てはいない
・安全面の話をするなら車が安全かどうかを決めるのはチームの責任である
・他チームはウイングがなかろうと雨天用ライトが脱落しようと修理せず走っていた
・それらが許されて自分たちのタイヤが安全性を理由に許されないのは不合理である
・元々練習走行で内圧センサーの不具合が一度生じており、センサー不良の可能性もある

とこういったところでした。タイヤ内圧なんて絶対的規則だし、今季ではブエミが『出力が低下しているのに出力超過の罰則を受けた』というのもありましたが決定は覆らなかったので、センサー故障でない限りこの主張は通らないだろうと思います。

 まあそれにしても色々起こって、このレースに限ればシーズン1に戻ったように想定外の出来事の見本市状態でした。良くも悪くもエクセルロンドンに期待されてたのはこれでしょうし、まあどうせならチャンピオン争いが最終戦にもつれてくれることを期待した人も多かったでしょうが、色々とレース中に訪れた試練を潜り抜けて順当にチャンピオンを手にしたデニス、素晴らしかったと思います。
 4戦連続で無得点だと心が折れそうですが、アンドレッティーはポルシェのワークスが見つけていない何かを見つけて予選も決勝も速く、お先どうぞレースだろうが短距離戦だろうがチームもドライバーも見事に対応したと思います、しかもほとんど1台だけの単騎でw
 逆にキャシディーは普通に後続を従えてリスクを冒さずに走ればよかったのに、どうも人柄の良さが裏目に出たみたいです。おそらく来季はジャガーに移籍するので、ブエミをほったらかして怒らせようがチームから文句言われようが大した問題ではなかったと思うんですが、個人戦とチーム戦の天秤をどうするかというところで隙が生まれてしまったように思います。それでもカメラに対して可能な限り抑制的に対応していたように見えるので、やっぱり人が良いんでしょうかね、ファンの数は増えたかもしれません。
 最終戦はチームのチャンピオン争いがまだ残っていますが、けが人なくシーズンの最後を締めくくってもらいたいです。

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