フォーミュラE 第12戦 ポートランド

ABB FIA FORMULA E World Championship
2023 Southwire Portland E-Prix
Portland International Speedway 3.19km×28Laps=89.32km
winner:Nick Cassidy(Envision Racing/Jaguar I-Type 6)

 ABB フォーミュラE、第12戦は初開催のポートランドです。アメリカ合衆国内でのイベントは開催地を転々としながらもCOVID-19の影響を受けたシーズン6を除いて毎年開催してきたこのシリーズ、昨年まで開催されていたニューヨークはけっこう好評らしく、対岸に自由の女神が見える映像は宣伝素材としても良好でしたが、会場として使っていた港湾施設が拡張工事のために使えなくなってしまいました。
 そうそう魅力的な市街地を新たに見繕うのは難しく、しかしアメリカでのレースを完全に無くしてしまうのも避けたいので、いわば一次避難的に選ばれたのが市街地ではなく常設サーキットのポートランドでした。主要なレースとしてNTTインディーカー シリーズとNASCAR エクスフィニティー シリーズが開催されている、そんなに大きくないトラックです。


 今回の決勝での使用可能エナジーは38kWh、レース距離は90km弱ですが、全開走行なら250km/hを超える長い直線が2本ある常設トラックなので、市街地と比べると消費量が大きくお先どうぞレースになることが予想されます。ポートランドは来年も開催される見込みですが、運営はロサンゼルスでの開催を目指しており、2025年にこれが実現できるかが重要です。
 ちなみに、国際映像では1周3.221kmと表記されていますが、公式サイトの距離は3.19kmの表示。そしてFIA発行の文書に記されたレース距離は89.3kmで逆算するとこれも3.19km相当でどっちが正しいのかよく分かりませんw

・レース前の話題

 来季の暫定日程が世界モータースポーツ評議会で採択され、フォーミュラEは全17戦での開催、そして3月30日に日本の東京で始めて開催されることが暫定的に決まりました。含みを残した言い方をしたのは、モントリオールのように調整に手間取った結果開催が頓挫する例があるからです^^;
 また、オリバー ローランドが離脱したマヒンドラは引き続きロベルト メリーが登場。本来マヒンドラのリザーブはインド人ドライバーのジェハン ダルバラですが、ダルバラはFIA F2にフル参戦中。このレースは日程が重複していませんが、最終戦ロンドンでふたたびF2と重複があります。フォーミュラEの規定ではチームがドライバーを交代できるのは各車両ごとに2回までとされており、もし今ダルバラを起用すると最終戦で問題が起きるのでダルバラは実質的に起用不可能になっているようです。
 ちなみにローランドはより競争力のあるフォーミュラEの居場所を探しているようで、アンドレ ロッテラーが離脱する可能性のあるアンドレッティーあたりが就活先になりそうです。でもローランドってちょっと無理な飛び込みをして事故る癖があるのと、車が遅いとやる気を無くすって自分で言ったようなものなので私がチームを率いる立場なら手を出さないかなあ、なんてw

 そして気が早いですが、FIAは2026年からの使用を予定している次世代車両・Gen4の車両製造者選定のために、入札に向けた車両の要件を発表しました。車体、バッテリー、タイヤの3つに分けて募集するようですが、資料よると現在の最大出力350kWのリアMGUは維持される一方で、現在は回生のみを行っているフロントMGUに力行能力が加わり、最大出力600kWの4輪駆動となる模様です。回生は前後合わせて700kWとさらに強化されます、バッテリーの負担半端ねえ。
 また、空力パッケージを高ダウンフォースと低ダウンフォースの2種類用意し、出力も300kWと600kWをレースによって使い分けるNASCAR的要素も求められる他、車が速くなるのでバッテリーも大型化、車幅が100mm広がるなどして、車両の総重量は930kgとされています。使用期間は2026年~2030年+オプション2年が想定されていますが、けっこう野心的な内容ですね。出力を使い分けるということは、今のような低速の市街地とそこそこ広い市街地に加えて、いよいよ常設サーキットでのレースを本格的に視野に入れているのかな、とも思ったりします。


・グループ予選

 A組はドライバー選手権1位のパスカル ベアラインと3位のニック キャシディーが組み込まれたものの、キャシディーが6位、ベアラインは10位でいずれも脱落。この組は日産とステランティスが好調でサッシャ フェネストラズ、ジャン エリック ベルニュ、ノーマン ナトー、マキシミリアン グンターの4人がデュエルスへ進みました。
 一方のB組では選手権4位のミッチ エバンスがバッテリー関係に不具合があったそうで、これで出走すらできず脱落。一方で選手権2位のジェイク デニスが快調な走りを見せて2位でここを突破。日産パワートレインはマクラーレンも好調で、レネ ラスト、デニス、ジェイク ヒューズ、アントニオ フェリックス ダ コスタの4人がデュエルスに進みました。

・DSに重大ペナルティー


 時系列で言えば予選前に発行された文書だったようですが、ここでDSペンスキーに対して午前中のFP2の前に違反があったとして、25000ユーロの罰金と2名のドライバーのピット レーンからのスタートが決まったという情報が出てきました。ベルニュはデュエルスに進出しているわけですが、予選内での違反ではないため予選結果そのものは有効で、この後デュエルスにも出るけど絶対にピットからスタートする、というよく分からん状態です。

 で、違反の内容はというと、土曜日の朝にDSペンスキーが『ピット入り口にRFIDリーダーを持ち込んだ』ことでした。RFIDというのは電子タグとか呼ばれるもので、シールのように小さな装置(タグ)にアンテナや記憶装置が備わっており、そのタグの情報を読み取り機との無線通信によって読み取る装置のことです。
 詳しくは日本の大手であるサトーさんの解説をご覧いただければと思いますが、範囲内にあるすべてのものを瞬時に読み取れるために棚卸作業が効率化されたり、例えば生鮮食品の段ボールに温度センサー等を組み込んだRFIDタグを貼ると、その商品が適正に輸送されてきたか、といった情報を瞬時に取り出すことができる大変優れた技術です。

 RFIDの話は置いといて、装置の勝手な持ち込みや、許可されていない通信装置の使用はあわせて3つの規則に違反している、というのが今回のペナルティーの決定理由でした。ただ、スチュワードが最初に出した文書では設置場所は『ピット出口』で、『バー コードを読み取ることで全ての車がどのタイヤを使用しているか把握可能だった』としていたものが、すぐに訂正されて『ピット入り口』で『RFID読み取り装置によって全ての車のライブ データを収集することができた』に変更され、これが話をこじらせることになりました。
 RFIDとバーコードは全然違う物なので間違いようが無く、文書を作った人がゲームを全部『ファミコン』というように、読み取り機は全部バーコードだと思い込んで書いたのか何なのか分かりませんが、集めた情報が『装着タイヤ』と『ライブデータ』では全然範囲も意味も変わってしまいます。後者だと、内圧や温度まで全て手の内にあるような印象を受けますね。

 チーム側から現時点で反応が無いようでこれが不思議ですが、レース後のドライバーからの談話では、元々どのチームも『相手がどのタイヤを使用しているか』を知るために写真を撮って観察しており、これを自動化しようと試みただけなので違反なのは事実だけど、情報を盗んでインチキしようとしたかのような表現は明らかに虚偽だ、と憤慨する趣旨の発言でした。
 そもそもRFIDリーダーが機能するにはタイヤにRFIDタグが必要なわけですが、調べるとシーズン1開幕前のものすごく古い記事の中で『ミシュランがフォーミュラE用のタイヤにRFIDを導入』というものがありました。タイヤの製造から廃棄までの情報を記録することで環境対応のアピールや、もちろんタイヤの状態の把握も行おうという意図です。ちなみにミシュランは2022年の段階で『2024年までに販売する全てのタイヤにRFIDを導入する』と発表しており、フォーミュラEの経験はひょっとして活きたのかもしれません。
 それはさておき、おそらくはハンコックもこれを引き継いでRFIDを使用していると思われます。ですから、実際にDSペンスキーがどの情報を読み取ろうとしていたかには関係なく、タグに全ての情報が記録され、それを読み取る装置がある以上は『無線通信可能な範囲内を通過した車両からはその時点の生の情報を抜きとれた可能性がある』と判断せざるを得ないのかな、と推察しました。The Raceによれば、あるチームの関係者は罰則を『甘い』と言ったそうです。フォーミュラEあるあるの『調べないと何がどう違反なのか分からん違反』シリーズでした^^;

・デュエルス

 予選に話を戻しましょう、夢の日産勢トップ4独占が期待されたデュエルス、4人中3人が実際に準々決勝を勝ち上がる中、唯一デニスだけがヒューズとのジェイク対決を制して準決勝へ勝ち上がります。
 その後、デニスはラストも破って決勝へ。A組の日産対決はフェネストラズがナトーを破って決勝はフェネストラズ対デニスになります。両者の準決勝でのタイム差は0.001秒と僅差でしたが決勝もやはり僅差。結果は0.079秒差でデニスの勝ちでした。これでデニスはポール ポジションの3点を得てこの時点でドライバー選手権で1位に浮上します。

 決勝のスタート順位はデニス、フェネストラズ、ナトー、ラスト、グンター、ヒューズ、ダコスタとなり、ベルニュが外れたのでロッテラーが繰り上がって8位スタートです。キャシディーは10位、ベアラインは18位から。デニスは一気に点差を広げるチャンスですが、お先どうぞレースで先頭はあまり過去のレースでも成績が良くないという悪い予想もあります^^;

・決勝


 入場券は売り切れでお客さんは満員。持久戦なのにスタートで無理してもしょうがないので全体に落ち着いたスタートでしたが、キャシディーは今日もとりあえず前に出る考えのようで次々と前の車を抜いていき、4周目のターン1でするする~っと先頭へ。一方この追い抜きの後ろではフェネストラズがナトーに思いっきり追突、ウイングが壊れてしまいました。
 キャシディーは前に出た直後にアタックに入って順位を捨てると、この後メリーの車に不具合が出て動けなくなってしまい5周目の途中からSC導入。見た目上の順位はナトー、ダコスタ、デニス、キャシディー、ラストの順です。とりあえずそのまま走っていたフェネストラズでしたが、ノーズがないしステーも折れていて絶対ウイングが脱落するのでピットへ、このレース15位でした。
じーっと見てるとじわじわ面白い見た目


 8周目にリスタート、上位のアタック未使用組はほとんどここでアタックに入り、キャシディーもさっきの2分が切れていたので一緒になってもう2回目を消化、義務を終わらせてしまいます。とにかくお互いの思惑が交錯して順位は数十秒ごとに入れ替わる展開ですが、10周目のターン9でニコ ミュラーが大クラッシュ、即座に2回目のSCとなりました。
 ターン9はゆる~く右に曲がった実質的な直線ですが、ミュラーはそれ以前の接触でウイングを壊しており、ここで車体の下に挟まって操舵が効かずコース外へ一直線。27Gの衝撃を記録する衝突をした後、車両の何らかの異常でブレーキが作動しなくなったので車が止まらなくて低速でコースを横断、広いコース外でクラッシュしたのに最終的には内側にまで戻ってきて壁に当たりようやく車が止まりました。衝撃と、自分の車がゆるゆると走路へ戻っているのに即座にSCが出ていなかったことが怖かったそうです。

 車両の回収撤去後も意外と長く先導走行が続き、16周目の走行中にようやくこの周でSC終了のお知らせ。SCが宣言された直後に先頭にいたのはキャシディーでしたが、抜いたタイミングがかなり微妙だなと思っていたらここでナトーに順位を返上、抜いたのはSCが宣言された後だったようです。意地を張ったり曖昧な指示でペナルティーを受けたくないですからね。
 17周目にナトーを先頭にリスタート、後続と差を広げてアタックに入り先頭のまま合流しますが、「アタックを取ったらすぐに最大限節約しろ」と言われて結局順位を譲っていきこの後数周で10位まで後退。だったらわざわざ引き離さなくてよかったのでは、と思いましたがどうやら加速時の出力の出方に何か不具合があったそうで、結局ナトーはこのレース9位でした。

 20周目、先頭はキャシディー、2位はダコスタ。残量の多いダコスタはブロックしてくるキャシディーを22周目に攻略します。この周はちょうどSC/FCYが出てももう延長戦の加算に影響しないタイミングで、これでレースの終わりが見えたので一気にペースが上がりました。さっきまで1分17秒~19秒台だったのがいきなり12秒台で予選の2秒落ちですw
 ダコスタももちろん余裕があるわけではないので『後ろから攻められてない時は節約』と言われていましたが、26周目にキャシディーがターン10で再度ダコスタをかわして先頭へ、残量で1%負けているのでそうそう来ないだろう、と思っている相手をうまく出し抜きました。

 レースは2度のSCにより4周の延長が発表されて合計32周のレースとなります。3位には残量をしっかり残しているデニスがいて27周目にダコスタを狙いに行きましたが、ダコスタが蛇行して幅寄せしてきたようで無線で激怒。アンドレッティーがワークスのポルシェに対して立場が弱い、というのはジャカルタでも起きたことなのでデニスも相当鬱憤が溜まってると思います。「ダコスタが蛇行した!」と言ったようないないような。

 ここから先も上位3台がハゲしい争いを見せて、デニスが一旦ダコスタを抜いて2位に上がったと思ったら抜き返され、今度はダコスタがキャシディーを抜いたと思ったらこれもまた抜き返され、なんならNASCARよりも熱い争いになります。これはお客さん絶対面白いw

 しかし最終的には2位が争いになったおかげもあってキャシディーは最後まで1位を守りきりました。10位スタートからの逆転で今季3勝目を挙げ、前戦での取りこぼしをすぐに取り返してみせました。
 デニスは最後の最後に残量の多さが生きて、残りコーナー3つというターン10でようやくダコスタを抜き2位を確保。一発で抜いてたらたぶんキャシディーも捕まえられたのに、抜きつ抜かれつして手間取らされましたが、ポールの3点を含めて21点を獲ったことでドライバー選手権ではキャシディーに僅か1点差とはいえ1位になりました。

 3位にダコスタ、そして4位になんと20位スタートのエバンス( ゚Д゚)ジャガーが非常に速かったのは明らかで、セバスチャン ブエミが5位、サム バードも7位でチェッカーを受けた、はずだったんですが、バードはレース後にマキシミリアン グンターをコース外に押し出したことに対する5秒ペナルティーを受け、何せ僅差のレースだったもので5秒足したら17位になりました、改めて結果を眺めたら1位から17位まで8秒未満の差しかない!ベアラインはこれで1つ繰り上がってなんとか8位、選手権では16点差の3位です。
 今年は2度もエバンスを撃墜し、予選でも大クラッシュするなど精彩を欠いて来季の契約が危ういとされているバード。チームとの信頼関係の崩壊は無線にも感じられ、途中エバンスを前に出したものの「自分の方が速い!」と主張し、さらにブエミに抜かれた際には「ほら、ミッチを守ってたらセブに抜かれたよ、ありがとな!」と皮肉。どうもキャシディーがエンビジョンから"昇格"する話が現実的な状況となっているようで、離別は決定的でしょうか^^;


 それにしても今回もまたキャシディーのレース管理が光りました。ダコスタはまさか残量で劣っているキャシディーがそうそう攻め込んでは来ないだろうと思って完全に油断していたと思います。モナコでもキャシディーは同じパターンで前に出て逃げ切っており、よほどチームとドライバーがきちんと情報連携を行い、お互いに信頼しているものと思われます。
 仮にその先で抜き返されても、その時に多少エナジー消費するはずなので相手の残量の利点が消える、といった先の先まで読んだ戦いに見え、単に机上の計算で『1周あたり〇%』で考えるのではなく、レースを生き物として捉えてる感じがありますね。逆にアンドレッティーとデニスは計算上のペースを重視しているように見え、これがレース終盤に『残量はあるけどもう全開レースになってて使い道が無くて抜けない』ことに繋がっていると感じます。

 ジャカルタではほぼ全開レース、今回はまたお先どうぞレースになりましたが、やっぱりお先どうぞから急にペースが上がって終盤に追い抜きが連発する展開の方が大きな盛り上がりどころがあるぶんやっぱりフォーミュラEらしいかなと、一度別の展開を挟んだことで再認識させられはしましたね。
 各チームともこのレースのやり方に少し慣れて来たので、ベルリンの時ほど極端な譲り合いではなく『ほどほどに前を走りたいけどずっと前は走りたくない、けど自分がここだと思った時に前に出られる位置では走りたい』という無理難題をやろうとしているので、譲り合いには譲り合いなりのおっそいバトルが生まれてなかなか面白い展開でした、案外来年に東京に来るころにはもっと成熟してるかもしれませんね。

 戦い方という点では、日産は予選での速さはあっても、レースを進める点でまたもや苦戦を強いられました。接触やパワートレインの不具合があったとはいえ、4台すべてが6位以内からスタートしながら入賞したのはナトーのみ。ナトーとフェネストラズは序盤から抜いたり抜かれたりしてチームとして位置取りが定まらず個人戦をしている雰囲気で、追突事故の遠因にも見えました。こっちは東京までに解決しておきたい課題です。

 さて、シーズンは残り2ラウンド/4戦になりました。次戦はローマ2連戦、そしてその後に最終のロンドン2連戦があります。デニス、キャシディー、ベアラインの3人にだいぶ絞り込まれた感がありますが、まだ100点以上獲れる機会があるので32点差で踏ん張るエバンスにもチャンスはあります。特に次戦のローマは昨年2連勝、2019年にも勝っていて6度の開催で3勝と結果が出ている都市です。

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