フォーミュラE 第8戦 ベルリン

ABB FIA Formula E World Championship
2023 SABIC Berlin E-Prix
Tempelhof Airport Street Circuit 2.355km×40Laps=94.2km
winner:Nick Cassidy(Envision Racing/Jaguar I-Type 6)

 ABBフォーミュラE ベルリンの2戦目。今年は逆走レイアウトではなく同じレイアウトでの2連戦ですが、なんと運営さんはコースではなく路面状況に変化をもたらしました、雨が降って水たまりだらけです(。∀°)Gen3車両で初めて雨の中でセッションが進みました。

・エンビジョン一触即発

 前日の第7戦・レース後の控え室。何があったのかは分かりませんがエンビジョン レーシングのニック キャシディーがやってくると、チームメイトのセバスチャン ブエミがめちゃくちゃ不機嫌。ブエミはポール ポジションからスタートして4位、キャシディーが5位だったのでレース中に何かしら気に障ることがあったと思われますが、一言もしゃべらないブエミは床に置いてあった物を蹴り飛ばす始末。
 この後もこんな感じで険悪だったのかは分かりませんが、第8戦の練習走行でキャシディーの前にブエミが立ちふさがる形になると今度はキャシディーがブチギレ。

「いや~セブは優しいな。素晴らしいチームメイトだ。あー!マジで何やってんだよ!俺の前にいるヤツ、昨日からクスリやってんじゃねえの!?俺の前にいるやつはデブリーフィングで『よおストフェル、俺が1位になるはずだったけど渋滞に引っかかっちゃって、もしうちの母親が男だったらどうたらこうたら~』とか言ってんだぜ」
※おそらく第7戦のグループ予選での話と思われる

 とブエミの悪口を無線で垂れ流してエンジニアにたしなめられました。チーム代表のシルバン フィリッピはメディア対応で後始末に追われましたが、果たしてこのコンビは大丈夫なんでしょうか^^;

・グループ予選

 雨はとりあえず止んだものの予選前の大雨で水たまりだらけ。前日のドライ路面でのタイムから見ると120%近い状況なのでかなりの悪条件です。そんな状況で普段とは多少勢力図に変化が起こり、グループAはアプトのニコ ミュラーが走り始めから快走。最終的にパスカル ベアライン、ジャン-エリック ベルニュ、ジェイク デニス、ミュラーの4人がデュエルスに進みました。
 一方グループBは運悪くジャガーとエンビジョンの4台全てが集合してつぶし合いを余儀なくされますが、ブエミ、ロビン フラインス、ミッチ エバンス、キャシディーの4台がデュエルスに進み、結果的にサム バード以外のジャガー勢3人がデュエルスに残りました。残る1人がこれまたアプトのフラインスだったので、アプトは2台ともデュエルス進出です。

・デュエルス

 350kWの出力を与えられたところで全然路面に伝わらないデュエルス。運の悪いことにグループBでブエミが1位、キャシディーが4位だったためにいきなりチームメイト対決になってしまいます。変に注目を集めたエンビジョン対決はコース終盤までブエミの通過タイムが速かったのに、最後にキャシディーが0.05秒差で"逆転勝ち"し、フィリッピさんもなんともいえない表情。
(あ~、なんかまたブエミが怒りそうやなあ・・・)みたいな顔

 ところが、キャシディーは規則で定められたタイミングで350kWのモードに切り替えておらずタイム抹消になってしまいました。規則では必ずアウト ラップのセクター3で350kWにする必要がありましたが、どうやらキャシディーは操作を間違えたか不具合があったか切り替わっておらず300kWのまま走行、アタックの途中で切り替えていました。出力が無い分不利だからいいじゃないか、とはいかないわけですね。これで勝ち上がったのはブエミ、しかしどうなってるんだこのチームw

 そしてデュエルスでもアプト旋風が吹き荒れ、なんとミュラーとアプトがそれぞれのブラケットを勝ち上がって決勝で対決する予想外の展開に。同門対決は後攻のフラインスが準決勝とほぼ同じタイムを並べてミュラーを下し、自身2度目のポール ポジションを獲得しました。なんか雨のイタリアGPでトロ ロッソがワンツーを獲った場面が思い浮かびましたね。

 スタート順位はフラインス、ミュラー、ブエミ、ベルニュ、エバンス、ベアライン、デニス、キャシディーの順。タイヤが2日で3セットしか使えないことを考えると、ひょっとするとアプトは日曜日に賭けて溝の残ったタイヤを温存させていたのかもしれませんが、悪条件の中でもわりと同じパワートレインの車両がそれなりに近い位置関係になっているところを見ると、サスペンションの設計が多少なりとも走りやすさに影響しているのかな、とも感じるセッションでした。

・決勝、と思ったら

 アプトはきっと雨ごいしたでしょうが、残念ながら天候は回復してしまい決勝が始まる時間にはすっかり晴れてしまいました。気温16℃、路面温度20℃。ところがスタート直前に思わぬ事態が発生し、フォーメーション ムーブを行っている最中に6位のベアラインの前などに突然乱入者が現れて座り込みを開始。何かの抗議活動とみられ進行を妨害したので手順が止まり、彼らはすぐに連れ出されましたがコース上の安全確認をしないといけないのでレース進行は6分ほど遅れました。
 どうやら都市のインフラを接着剤を使って混乱させる手法であちこちで迷惑をかけている人たちの可能性が高いようで、確かに映像を見返すとこの人たちも接着剤で手と路面をくっつけてテコでも動かないようにしてやろうとしたように見えます。
 世の中の物事に異議を唱え、意見を主張することは大変重要ですが、他人に迷惑をかけるようなやり方をしてはいけません。これがそもそもイベント自体が非合法で悪質なものならまた話は別ですが、これは完全に間違えていますし、仮に伝える主張が100%正しいものであっても許される話ではありません。結果的にその意見を主張する他の人の迷惑になるだけなので、みなさんは絶対真似しないようにしましょう。
 また一方で、こうした部分だけをあげつらってその考え方自体を「おかしな思想を持った人間の考えだ」というように侮辱・嘲笑するような人もいますが、自分にとって都合の悪い話を潰したいがために一部を切り取って全体であるかのように主張するのもまた大きな間違いです。特にSNSではそういった内容ばかり取り上げて「いかにこの思考をもう人がおかしいか」だけを殊更に強調するような投稿を繰り返すアカウントがあったりしますが、だいたい見たら分かるので感化されないように気を付けましょう。
 それとは別に、今回は居座る系抗議だったのでまだよかったですが、身動きが取れないドライバーは危害を加えようと思えば正直いとも簡単に殺害すら可能は可能で、何ら危害が加えられなかったのは幸運とも言えます。映像を見返すと、観客席があって、先頭に低い柵があって、作業用道路みたいなものを間に挟んで高いフェンスがあって、それを超えるとようやくコース内ですが、複数個所からゾロゾロと入られてしまっているので、安全管理上問題が無かったのかという検証と今後の対応も考えないといけないでしょうね。

・今度こそ決勝

 さて、レース ディレクターのスコット エルキンスもさすがにちょっと慌てていましたが、タイヤが冷えてるだろうしSC先導スタートに切り替えるのかと思ったら通常通りのグリッド スタートになりました。この事態に崩されることなくアプトの2台は綺麗なスタートで順位を守って1周を終えます。なお路面には水気が全く無い模様。
 ここから今日もまた先頭どうぞどうぞ作戦で、フラインスとミュラーは3周目に揃ってアタックへ、ここから前の人がいなくなったら自分もアタックを使って下がる、をお互いに繰り返していきます。11周目の時点でリーダーはミュラーで、一方フラインスは12位までえらく順位を下げていて、さすがにこれは作戦ではなくただ抜かれている様子。後方スタート勢は上位の逆張りでアタックを使わずに、どうぞどうぞ作戦を抜けてとりあえず前に出る作戦の様子です。


 15周目あたりになるとまた昨日と同じようにお互いの思惑が絡みすぎて車が妙に密集してしまい危険な雰囲気。18周目にはリーダーのブエミがもうアタックは2回とも終わったのにわざわざアクティベート ゾーンへ走って行きました。どうやら1位を捨てるために露骨にアクセルを戻すんじゃなくて、わざわざ芝居を打っているみたいです。意味あるのか?w
 なんか2ワイドのままターンを通過することが多すぎて、こんなに低速のトラックなのにスーパースピードウェイにすら見える状況で20周目に入りますが、ここでブエミに悲劇。ターン9でデニスに追突してウイングを壊してしまい、22周目に壊れて砕け散りました。偽装アタックで自ら集団に入ったことを後悔したかもしれませんが、ブエミはこのレース20位でした。本当なら俺が1位になるはずが渋滞に詰まって(ry

 極端なにらみ合いでペースが1分12秒台まで落っこちる場面もあり、抜こうと思えばいくらでも前の車を抜ける状況が一時発生しましたが、24周目にキャシディーが先頭に出て隊列を引っ張ると徐々に隊列全体がぺースを上げて行きます。30周目には多くの車が自己ベストを更新して1分8秒台のレースとなり、デニス、ベルニュが追いかけます。

 レースの80%=32周を超えるとSCが出ても延長される可能性が無くなるので、キャシディーはここから1分7秒台へとさらに1段階ペースを上げて本気モード。デニスは残量差を作ってどこかで一発で仕留めたい雰囲気を出しながらレースは残り5周を切りました。
 しかしキャシディーは全くミスの無い走りでデニスに隙を与えず、39周目には1分7秒を切る自己ベストまで叩き出して最終周へ。エナジー残量ではデニスに負けている状況でしたが、最後までほとんど緩めることなく最後も1分7秒0で回ってきてトップでチェッカー。デニスは残量を多く持ちながらもそれを使う機会が無いまま2位となりました。ただようやく連続無得点に終止符を打つことはできました。エンビジョンのみなさん、やっと心から喜べましたw

 3位からベルニュ、エバンス、アントニオ フェリックス ダ コスタのトップ5。21位スタートのマキシミリアン グンターが6位まで強烈に追い上げた上に最速ラップのボーナスも獲得、選手権リーダーのベアラインは7位でした。アプトはミュラーが9位に入りましたが、フラインスは17位まで落ちてしまいました。それでも、前戦まで無得点だったアプトが予選と決勝でなんとか5点を得ることに成功、チーム選手権では依然として最下位なんですけどね。なお10位は日産、9位がNIOです、頑張れ日産^^;
 この結果ドライバー選手権ではベアラインがちょうど100点になり、キャシディーが4点差の2位で猛追。ベアラインはここ4戦で20点の獲得に留まる一方で、キャシディーはなんと68点も稼いできました。第4戦までのあれだけあった貯金をベアラインはほとんど吐き出してしまった形です。


・頭脳的だったキャシディー

 変な無線で注目を集めたキャシディーでしたが、レースは見事でした。どのドライバーも究極の理想は『1位の人を風除けにしてじーーーーっと待っておき、最後の最後に前に出る』だと思いますが、当然みんな同じことを考えるので誰かに1位を押し付けた上で2位以降の椅子取り合戦になります。
 で、40周で100%だと1周あたり2.5%になりますが、大雑把に言えばみんな最初は1周=2%で走行し、20周で40%使ったら、残りの20周は1周=3%にペースを上げてあとの60%を使う、こんなイメージでレースをしていると思います。
 たとえばこのコースを全力で走った場合に1周=4%の消費量だったとすると、3.5%ぐらい使える状況に持って行けばほぼ全力で走れます。フォーミュラEの追い抜きの大半は、節約のためにコーナーの遥か手前でスロットルを戻した相手を、自分はそこで戻さないことによって生み出されていますから、ほぼ全力になった段階で追い抜きはミス等による『普通のレースの抜き方』しかできなくなります。
 究極の理想は最後の最後だけ前に出る展開ですが、一方で『ほぼ全力で走るレースに切り替わった時点で先頭にいる』ことができれば、あとは自分で思いっきりミスったり、計算よりも余分にエナジーを消費して最後に電池切れを起こさなければそう簡単には抜かれません。
 今回エンビジョンはこの『ほぼ全力で走るレースに切り替わった時点で先頭にいる』を見事に見極め、キャシディーは求められるペースを完璧に実行したと感じました。1分12秒台のレースなら数台のごぼう抜きも可能、10秒でも目の前の1台を抜くならそれほど難しくありませんが、9秒を切ってくるとある程度距離を詰めないと抜きにくくなり、7秒台だとかなり難しくなります。予選の300kWでのタイムが1分6秒0近辺でしたからね。
 「あ、全力のレースになったな」と思った時に3位とかにいたらもう間に合わないわけで、その一歩手前で前にいられたら最高なわけですが、実際は「いやあ、まだ今は早いんちゃうかな」「もうちょっと節約して備えておきたいな」と思ってしまうもの。ドライバーとエンジニアの信頼関係、データの精度といった要素が噛み合わないといけないわけで、ここ数戦で一気に点数を稼いできたキャシディーの流れを見ると納得という感じです。みんなが先頭を嫌がる中でまんまと主導権を握ったのはなかなか痛快でした。


・ステージ ポイント制とかどう?

 とはいえ、この観戦方法はずっとフォーミュラEを見続けて、このおかしなレースのおかしな楽しみ方を熟知してしまったから言える話で、大半の人はそうではないでしょう。今回のベルリンほどのお先どうぞレースも今までなかなかありませんでした。第7戦の方の記事にまっささんから
「10周のスプリントレース4回やろ。以上w」
とコメントをいただきましたが、いくら効率を競うレースとはいえ誰も前を走りたがらないのが目に見えすぎるとレースとして変なのは間違いないですねw
 かといって効率を競うという基礎的な部分は変えられないでしょうし、ここはNASCARのロード コースのステージ制のようにレース中の2か所ぐらいに基準を設けて、そこで先頭を走っている人に選手権ポイントをあげるとか、昔のNASCARみたいに最多ラップ リードを記録した人にボーナス点を与えるとか、前を走って風除けにされる不利益とある程度相殺できるような魅力を用意する、というのを考えても良いのかなと思いました。
 FIAがそんなNASCARみたいなことするかい、と思うかもしれませんが、2023年のダカール ラリーではバイク部門で上位3台を走るライダーに対して時間を差し引くボーナスを与える新規則が導入されています。最も最初にスタートするバイクの先頭走者の人は、轍が一切ない場所を自分で道を開拓する必要があるために圧倒的に不利になってしまい、その出走順位は前日のステージ順位で決まるため、戦略的にわざと減速して順位を下げるような駆け引きが行われていました。
 先頭を走行すると1kmあたり1.5秒が総合タイムから差し引かれ、2位でも1秒、3位で0.5秒のボーナス。この制度はそれなりに機能して接戦を作り出していたと思います。変な制度設計にするとグダグダになるので慎重な制度設計が必要でしょうが、シミュレーターを使って色々と試せる時代ですから検討しても良いんじゃないかなと思います。
 もっとも、本来あるはずのアタック チャージが導入されていないことがこうしたレース展開の一因でもあるので、そんなことよりまず急速充電ちゃんとやってからにしろよ、というのが実際のところかもしれませんw

 さて、チャンピオン争いがかなり面白くなってまいりましたが、次戦は5月6日にモナコでの開催です。

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