フォーミュラE 第1戦 メキシコシティー

ABB FIA Formula E World Championship
Hankook Mexico City E-Prix
Autodromo Hermanos Rodriguez 2.63km×36Laps=94.68km
※規定により41周に延長
winner:Jake Dennis(Avalanche Andretti Formula E/Porsche 99X Electric Gen3)

 いよいよ全世界500億人が待ち望んだABB フォーミュラE シーズン9の開幕戦です。まずはメキシコ合衆国の首都・メキシコシティーが舞台。F1でもお馴染みのエルマノス ロドリゲス サーキットを、前半部分を省略したようなフォーミュラEでお馴染みのレイアウトです。回生箇所の増加を目的に昨年からシケインが1か所追加されており、そのおかげで昨年対比でタイムを比較することができません、うまくごまかしましたね(え)。


 アタックモードのアクティベーションは昨年までのターン14~15の内側ではなく、ターン15の外側に変更されました。内側はちょっと危ない配置で起動前後での接触事故が多かったですからねえ。

・練習走行

 いよいよ実践でのGen3車両登場ですが、ジャガーに早速視点が訪れました。1回目の練習走行終了後にミッチ エバンスの車に問題が発生したようで、対策のためにエンビジョンを含む4台の車に対策を施しました。ところが2回目の練習ではサム バードの車にまた別の不具合が起きたようで、走行時間の大半を棒に振ってしまいます。オフのテストから不具合で困っているジャガー、問題はまた別なようですが不安な幕開けとなりました。

・グループ予選

 タイヤが固くてなかなか熱が入らない上に気温・路面温度も15℃前後とあまり上がっていないメキシコシティー、タイヤに適切に熱を入れるのが大変そうで、しかもグリップが低くて常時車が滑っているような状態です。パワートレインがどうというよりいかにタイヤをうまく使って1周を綺麗にまとめるかが重要、前と間隔を開けようとしてセクター3で渋滞が起きるのもお約束。
 タイムの推移を見るとセクター1で飛ばしすぎると最後にタイヤの表面がオーバーヒートするのかセクター3でタイムが落ちる傾向もみられ、タイヤの管理がとてつもなく難しそうな雰囲気です。ただでさえダウンフォースを生み出すように出来ていない車で、標高の高いメキシコシティーですからダウンフォースなんて欠片も感じません。
 結果、グループAではアンドレ ロッテラー、セバスチャン ブエミ、ルーカス ディ グラッシ、サッシャ フェネストラズの4人がデュエルスへ、脱落した5位までが0.1秒以内という大接戦となり、移籍組のベテランと日産の新人が生き残りました。アントニオ フェリックス ダ コスタは0.002秒フェネストラズに届かずここで敗退。
 一方グループBからはジェイク デニス、ダニエル ティクタム、ジェイク ヒューズ、パスカル ベアラインが突破、両組ともアンドレッティーが最速となりました。去年は常に後方だったNIOのティクタムが2位、マクラーレンの新人ヒューズも3位で初予選をまとめ、新規定初戦らしい結果になります。

・デュエルス

 準々決勝は4組中3組が0.05秒差以内とこれまた激戦。ロッテラーはターン5の入り口でミスって準決勝で脱落した一方、準々決勝でボラードにぶつけてウイングの右端を吹き飛ばしたデニスが、壊れたウイングのまま準決勝で最速のタイムを出して勝ち上がり決勝へ進みます。いかにウイングがタイムに貢献していないか分かりますw
ウイングなんてただの飾りです

 デュエルス決勝はデニス vs ディグラッシ。「同じように走れば0.5秒速いから勝てるぞ」と言われてアタックに入ったデニスでしたが、やっぱりウイングは必要だったのか早々に失敗。これでディグラッシが無理せずにタイムを出してGen3初レースでのポール ポジションを獲得しました。ディグラッシは準決勝もロッテラーの自滅で楽に勝ち上がったので、何か相手に呪いをかける技を会得したのかもしれません。アバランチ陣営のピットはガッカリ、いや、それでも2位からスタートできますから前向きましょうよ^^;

 決勝のスタート順位はディグラッシ、デニス、ヒューズ、ロッテラー、ティクタムのトップ5。推しのエバンスは10位、DSペンスキーへ移籍したチャンピオン・ストフェル バンドーンは14位からのスタートになりました。不具合で困らされたバードは21位。ちなみに予選を午前にやっているせいで時間と共に気温も路面温度もどんどん上がり、デュエルス決勝が終わることには路面温度が30℃を超えるぐらいにレース条件が大きく変動していたようです。練習走行の時は6℃にも届いていませんでした( ゚Д゚)

 なお、シケインが追加されたので直接的に昨年とのタイム比較はできないんですが、セクター1と3は昨年と変わりがないので一定の比較はできます。グループ予選、デュエルスとも大雑把にタイムを見てみたんですが、長い直線があるセクター1では僅かに昨年より速くなっている一方、小さいターンが続くセクター3は同等か少し遅い範囲です。
 今年は高出力モードにしてもタイムの上げ幅が0.5秒ほどしかなく、結局滑ってパワーが伝わらないのでタイムに繋がらない傾向がありましたが、これは昨年も比較的似た傾向でした。特にセクター3とかパワーがあったらあったで難しいんですよね。
 もし裏のシケインが無ければあそこはずっと直線なので、昨年比でその分だけ速くなって1秒程度向上していたのかな、と素人は大雑把に計算しました。テストから想像された『直線は速いけど、タイヤのグリップ低下でコーナーで遅くなるので全体でトントン』という傾向が見られます。
 
・決勝

 路面温度が39℃を超えて迎えた決勝。フォーメーション ムーブで各車が出す白煙が強烈で、後ろの人はちゃんと前が見えてるのかちょっと不安になりますが決勝スタート、デニスがやや失敗してヒューズが2位に上がるかと思ったら、ターン1はラインが一本だし慎重に行きたいのでヒューズはさっさと引きました。上位勢の順位に変動は起こりません。

 一方、後方ではターン5の立ち上がりでロビン フラインスがノーマン ナト―に自分から追突、タイヤに乗り上げてサスペンションが折れ、そのままコース脇に停止してSC導入となります。サスペンションが折れただけならよかったんですが、フラインスは左手首を骨折。被害者のナト―も足回りに損傷があったかリタイアとなりました。
 フラインスは急加速してナトーに突っ込んだので、放送席も見ている私も『後ろにいたバードに押されたんじゃないか』と思いましたが、バードの車載を見るとノータッチ。おそらくフラインスは「前が加速するだろう」という前提だったのに、実際は集団になっていて加速しなかった、という「だろう運転」が原因の可能性が高そうです。私も昔、GT SPORTのモンツァのシケインでやったことあります。

 6周目にリスタートされますが、今度はバードがリスタート早々にドライブシャフトの破損により駆動を失い、ターン1先のコース脇に停止。これではどうしようもなくまたSCになります。バードはお祓いにいった方が良いですね。このレースではSC/FCYの累計時間が3分30秒の倍数に到達するたびに周回数が1周追加されます。延長戦制度の説明をするのにすごく分かりやすい展開になってしまいました^^;

 10周目にリスタート、そろそろちゃんとしたレースをしないとお客さんが怒りそう。この周から中団~後方でアタックに入るドライバーが出始め、2位のデニスにも「プッシュしてアタックに入れ」という指示。ところが12周目、カメラが他所を映している隙にアタック無しにデニスがディグラッシをかわしてリードを奪いました。ターン1の出口でディグラッシがミスったようです。


 デニスはそのまま飛ばして13周目にアタックへ、順位を失わずにアタック1分を使用しました。全体に1分+3分の組み合わせにしたドライバーが多かったようですが、それよりも従来あった中継映像での「シャキーン」という効果音が無いために、アタックに入ったのかどうか分かりにくいです、効果音付けて!w
 ディグラッシの方はややエナジー残量で不利な様子でデニスを追うより後ろの対応に追われます。気づけばヒューズ、ベアライン、ロッテラーの3台を引き連れた教習所状態でレースは折り返しの18周目へ。するとこの18周目にエドアルド モルターラがターン1でスピンしてクラッシュ、本日3度目のSCとなりました。なんかブレーキが正常に効いて無い感じのスピンにも見えましたね。

 21周目にリスタート、やはりデニスとディグラッシにはペースに差がありデニスには楽な展開となりました。2~5位がかたまり、6位のフェネストラズもまたやや残量に不安があるのでフェネストラズ以降に2つ目の集団です。
 25周目、4位ベアラインと5位ロッテラーが同時にアタックへ、これを見て翌周にディグラッシとヒューズもカウンターを打ちますが、ディグラッシはなんとか逃れた一方でヒューズはベアラインにアンダーカットされてしまいます。ヒューズは2分の持続時間差を浮かしてベアラインを抜き返したかったものの全く抜けず。
 逆にベアラインは29周目のターン9でディグラッシの内側に飛び込み、6位スタートから2位となりました。ディグラッシは早めにスロットルを戻さざるを得ないので低速コーナーの入り口で防戦になってきました。2位争いがゴタゴタしている間にデニスは2回目のアタックも消化して独走。

 34周目、残り3周となったところで規定により追加の周回数が発表され、SCの時間が長かったので5周の追加と発表されました。翌周にはブロックに回るディグラッシをラインを変えて抜こうとするヒューズ、の隙を衝いてロッテラーが抜こうとする三つ巴の争いになり、あまりにペースが上がらないので6位のブエミも追いついてきて残り5周に入ります。この争いは延長戦に入っても続きますが、ディグラッシは後ろを争わせて差が開くように仕向けている雰囲気です。上手い人はマジで不利な時にこういう業を駆使します。

 残り3周、ヒューズがやはりターン9の入り口でディグラッシを差そうとしたものの、破片が落ちているのでここは黄旗区間。逆にここからヒューズとロッテラーが争って空間ができたため、ディグラッシは次のターン1で思いっきり手抜きして節約。ヒューズはロッテラーの対応に手を取られて手抜きできないのであっという間に残量の差が無くなり、さっきまでと形勢が逆転しました。最終周、ロッテラーがヒューズに襲い掛かり、ターン7でスパっとかわして4位へ浮上。ヒューズは経験者たちに翻弄されました。

 デニスは結局2位に7.8秒の大差をつけてシーズン9開幕戦に勝利、ベアライン、ディグラッシ、ロッテラー、ヒューズのトップ5となりました。フェネストラズは最後にエナジーが全然足りなくなったと思われ15位へ後退しました。エバンスは8位、バンドーンは10位でなんとか入賞。

 NIOはせっかく予選でよかったのに、ティクタムに開始早々に出力超過によるペナルティーが課せられて後方へ。これはドライバーのせいではないので仕方なかったものの、以降はコース外走行で利益を得たことと、SC時の手順違反でさらにペナルティーが2つ重なって17位。チームメイトのセルジオ セッテ カマラも16位で結局去年と変わらない後方になってしまいました。勿体ない。

・とりあえず初戦を見ての感想

 どうなるか分からない初戦はレース序盤にSCが頻発してまだ把握しきれない部分がありましたが、少なくとも今日はポルシェのパワートレインが最速であろうことは見えました。1位デニス、2位ベアライン、4位ロッテラー、そしてダコスタも9位スタートから7位。ポルシェは昨年のメキシコシティーも速かったので、電動技術面ではなくサスペンションとか、タイヤの使いかたとか、運動性側に要因があるかもしれませんが、前に出したらお手上げでした。
 逆にディグラッシは相当苦しいレースでしたが、そもそもデュエルスで相手の自滅に助けられて予選順位が実力以上に上になった、という点があるので、無理せず6位あたりを争うのであればもっと楽だったところを、できるだけ上位を狙った勝負に出た結果だとも言えると思います。どうやったら抜かれないか、皆勤賞ドライバーは良く分かっています。
 ヒューズは最後の詰めの部分で経験者に出し抜かれた結果になりましたが、落ち着いて隊列に入って走っている範囲ではマネージメントも上手く行っていたようで、さすがにこのあたりはシミュレーション等で綿密に走り方を研究してきているな、という印象を持ちました。初戦でこれなら慣れたらさらに強力になる余地があるのでシーズン後半が楽しみです。

 アタックモードの方は、本来急速充電ピットと併せて使うフォーマットということもあって昨年以上に『義務消化』という色合いが濃くなりました。そもそも予選ですら利益が少ないので、よほど実力と違う下位に沈んだ人でないと追い抜きには使えそうもありませんでした。まあ想定の範囲内ですね。
 とりあえず、車が次々に不具合で止まるようなこともなく昨年と同様のレースが展開され、運営側の言うなれば勘で決めた周回数と延長戦制度も適切な範囲で、接戦が展開されたのでひとまずGen3の滑り出しとしては一定の成果を出せたのかなと思います。決勝ペースが予選のだいたい2秒落ちというのも概ね従来通り、昨年より使用可能エナジーが25%以上削減された中で100km以上の距離を走れているんだから大したものです。車が間に合うのかすら怪しかったことを思えば、レースが成り立って運営もチームもホッとしていると思います。

 が、The Raceのライター陣の一人・ジョッシュ サッティルがこう指摘しているのも非常に的を射ていると感じました。

「シーズン前の信頼性への不安は、フォーミュラEをよく見ている人たちの期待値を下げていたことを忘れてはいけないと思います。ですから、その期待を上回る信頼性の高い堅実なレースができたからといって、初めてフォーミュラEを見る人が次回も見ようと思えるような納得のいくレースだったとは言えません。」

 私の感想も100戦全て見て来た比較的コアなフォーミュラEファンから見た感想であって、新規のお客さんには関係のない話です。言ってみれば車両が変わっても「従来通りのレースができた」に過ぎないので、視聴者もまた従来から見ていた人にしか通じない、というのは確かに言えそうです。
 もっとも、メキシコシティーは市街地ではないので、300kWの強烈な加速力を市街地で間近に感じられる本来の市街地に行けば、また印象も、そして接触事故を含むレースの展開も変わって来るとは思います。とりあえず初戦を見てみた方は、懲りずにシーズンの半分ぐらいまでは続けてご覧いただいて面白いか判断していただいたら良いかな、と思いますね。いきなりフラインスが骨折したので接近戦も不安ではありますが。

 さて、次戦は2週間後にサウジアラビアのディリーヤでの2連戦です。ひょっとすると、電気系の不具合で電源が落ちた際に機能する緊急ブレーキシステムの装備がここに間に合うかもしれない、とのことですが、どっちにしろ機能の出番が来ないことを祈ります。

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