カイル ブッシュ、RCRへ移籍

 NASCAR Cup Series、前回のカンザスの記事でさらっと流しましたが、去就が注目されていたカイル ブッシュが2008年から在籍してきたジョー ギブス レーシングを離れ、来季からリチャード チルドレス レーシングへ移籍することが正式に発表されました。現在タイラー レディックが使用しているカー ナンバー8を使用し、クルー チーフにもレディックを担当しているランドール バーネットが就くなど基本的にレディックの体制にそのまま移籍してくるようです。



「RCRはNASCARにおいて素晴らしい歴史を持っており、リチャードがその遺産を継続するために私に信頼を寄せてくれていることを光栄に思う」とカイル。
「私自身、情熱的なレーサーの家族の中で育ったので、チルドレス家が組織の中で築いてきた文化は私にとって理想的なものになると感じている。自分のキャリアの次の章を始めるにあたり、RCRでドライブすること、そしてそこでみんなと一緒に、私たち2人の経歴にさらなる勝利とチャンピオンシップを加えることを楽しみにしているよ」

 2015年・2019年のシリーズ チャンピオンであるカイルですが、2022年限りで長年のスポンサーだったマースがスポンサー活動を終了すると発表。カイルの給料は1000万ドルとも言われており、マースに変わる大口の新規スポンサーなしにこれを賄えないJGRとの契約延長交渉が難航しました。
 JGRはスポンサー探しを行っているもののこのご時世にそんなに巨額の契約をしてくれるところが見当たらず、伝えられるところによればカイル側も給料の引き下げを受け入れる姿勢を示していたようですが契約はまとまりませんでした。

 今回の決定にきっかけを与えたと思われるのがレディックの動向でした。レディックは2023年のRCR残留が決まっていた中で、7月中旬に唐突に『2024年に23XIレーシングに移籍する』と発表。オーナーのリチャード チルドレスからするとおそらく想定外だったと思われます。モータースポーツ界ってシーズンが終わる前にもう新しい移籍先が発表される稀なスポーツだとは思いますが、さすがに2年後のことを発表するのはカテゴリーを問わず珍しい出来事ですね。

「リチャードチルドレスレーシングのラインナップにカイル ブッシュが加わったことは、我々の組織だけでなく、スポーツ全体にとって重要なことです」とチルドレス御大。
「カイルはこの競技の最高峰で実証済みの競争者であり、彼の経験とモータースポーツへの献身は、我々のレース プログラムを全面的に高めてくれると信じています。私は、カイルがこの競技に参入して以来、彼のドライビング スタイルと、レースと選手権で勝利する能力を常に賞賛してきました。NASCARカップシリーズの実績あるチャンピオンが自分の車を運転することを望まない人はいないでしょう」

 また、シボレーのパフォーマンス&モータースポーツ部門北米副社長・ジム キャンベルは
「カイルがNASCARでのキャリアをスタートさせたチーム シボレーに戻ってくることを歓迎します。カップレース通算60勝で2度のチャンピオンである彼は、リチャードチルドレスレーシングとシボレーのラインアップに貴重な存在となります。2023年からカイルと一緒に働けることを楽しみにしています」とコメント。
 カイルはすっかりトヨタの顔という印象ですが、カップシリーズにデビューしたのは2003年のヘンドリック モータースポーツからで、2005年~2007年の3年間でシボレーに4勝をもたらしています。ただ、兄のカート ブッシュともどもちょっと問題児だったのでヘンドリックから外されてジョー ギブスが獲得し、以降JGRの顔でした。
 2015年のエクスフィニティー シリーズ開幕戦でクラッシュして骨折し11戦を欠場、レースを離れていたことは彼の姿勢に大きく影響して、以降はすごく丸くなって長い目で物を見れるようになったように思います。結局この年はプレイオフ制度の恩恵を受けて、11戦を欠場しながらもチャンピオンを獲得。プレイオフ枠に滑りこむための怒涛の走りは印象的でした。

 今回カイルの移籍に関わったのが、チルドレスの孫でありRCRのドライバーであるオースティン ディロンだったとされています。ディロンによれば、2011年のキャンピング ワールド トラック シリーズの現場で、21歳のディロンの走りにカイルは感心し、翌年に自身のチームからエクスフィニティ― シリーズへ出場しないかと打診したそうです。
 結局この年のトラックシリーズを制したディロンはRCRからエクスフィニティ―に参戦したので実現はしなかったわけですが、ディロンにはこの時の印象がずっと残っており、友人関係だったそうです。カイルとディロンが友達って全然イメージが湧かないですが、この縁でカイルは来季の所属先について、ディロンを通じてRCRへ接触を試み、実現させました。
 実はこの2011年のディロンとカイルの心温まる(?)交流からほどなく、カイルとチルドレスは揉め事を起こしました。トラックシリーズのレースでRCRのドライバー・ジョーイ コールターとの激しい争いになり、コールターがカイルを抑えました。この際の抜き方が気に入らなかったカイルはレース後コールターの車にぶつけて抗議の動きを示しますが、一連の流れに怒ったのがチルドレス御大(この時すでに65歳)でした。報道によれば付けていた腕時計をディロンに預けてカイルへ向かいパンチとヘッドロックをお見舞い。結局この行為で怒れる老人は15万ドルという巨額の罰金を受けました。

 そんな因縁があったのが多少気がかりな部分ではあったようですが、ディロン曰く「歴史は歴史さ」ということで、因縁は過去のもの。むしろチルドレスはカイルの印象について

「カイルを見ていると、ブッシュ(現エクスフィニティ―)シリーズに入った時から彼の才能を見てきましたし、車の扱い方、操縦術、断固として立ち向かう姿勢、それは私が慣れ親しんだデイル アーンハートのスタイルで、カイルも現代におけるデイル アーンハートのようなスタイルだと思います」と語っており、熱い者同士通じ合うものがあるのかもしれません。

 カイルといえば上にも出て来たカイルブッシュモータースポーツ、2022年もトラックシリーズに3台のタンドラを送り込み、通算で98勝を挙げている強豪です。カイルがトヨタ陣営を去ってシボレー陣営に加わることから、KBMも来季から使用する車両がシボレーへと変更されることになりました。現在のシリーズは車両で言うとわりとタンドラ無双な状態ですが、強豪の車両変更で雰囲気が変わるのかが注目。
 そして起用するドライバーも従来のトヨタ/JGR系ドライバーではなくなります。現在の3人のレギュラー・ジョン-ハンター ネメチェック、チャンドラー スミス、コリー ハイムはトヨタの傘下で他のチームのシートを探すか、トヨタと縁を切ってカイルに付いて行くかを考える必要があり、逆にシボレー系のドライバーはKBMへ売り込む機会を得ることになります。これらの変更は直接的ではないですし、影響もすぐには出るものではないですが、カップシリーズへと向かうドライバーの育成ルートにも微妙に影響してくることになります。

 で、もう1つ気になるのはレディックの処遇です。ひょっとして早期契約解除とかになるのかと思いきや、契約通り来季もRCRのドライバーとなることが明言されました。チームとしてはもう1台チャーターを入手して3台体制での参戦とするようです。ただし、8号車とクルーはカイルに充てられていますし、なんとなくレディックの"不義理"にチルドレスおじいちゃんは不満があるようにも思えるので、レースする環境として大丈夫か多少心配です。
 RCRがチャーターを買うのか借りるのかも注目点で、買うと1000万ドル以上の費用はかかると予想されるので、来年だけ例外的に3台にするのなら借りることになるでしょう。買うとなるとすぐ転売はしないでしょうから2024年以降も3台体制となってちょっと楽しみが増えるかもしれません。
 しかし、いくつかアメリカの記者の記事を読んでいるとやはりレディックとRCRの最後の1年は非常に居心地の悪い環境となってしまい、RCRも無駄にお金がかかるなら無理してレディックを走らせたくは無いので、契約解除条項を行使する可能性も残っているようです。その場合レディックの行先は1年早く23XIかもしれませんが、そのためにはカート兄貴に引退していただくか、23XIが3台になる必要があってこれまた不透明になるので、レディックの2023年はいわゆるレイム ダックの状態になるのでは、という指摘がありました。
 もしJGRがカイルの後任を置かず3台に減車するのであれば、空いたチャーターをRCRに貸し出す、あるいは1年だけ繋ぎで18号車にレディックを乗せる、というようなこともひょっとしたらあるのかなと勝手に想像していますが、何にせよ今回の移籍話は単に「カイルのRCR入りが決まりました。おしまい。」では済まずに少なくともこの先数か月はまだ続きそうです。

追記:結局レディックはRCRの契約を23XIが買い取る形で1年早く移籍することになりました。


 この先も続く、といえば今回の契約発表にはオマケがあり、同席したカイルの息子・7歳のブレクストンはなんとRCRから『契約のオプション』を受け取りました。100ドル札を手にした7歳の若きレーサー、実際に既にレースしていて有望という話もあり、真面目に将来KBMのシボレーのトラックを運転している可能性もあります。

コメント

日日不穏日記 さんの投稿…
カイルは「三顧の礼」で迎えられた気がします。RCRは今年3勝しているし、優勝を狙えるチーム。とは言え、レディックの2勝はロード。ディロンは最終戦のデイトナです。カイルにロードで勝てる力があるかといえば疑問だし、むしろ勝ってないデイトナ500で狙って欲しいという気はします。願うは、19年連続優勝。シボレーなので、スーパースピードウェイにチャンスあり、と期待しています。アトランタ込みで。
ChaseFun9 さんのコメント…
Kyleが良い契約をゲット出来て本当に嬉しいです。ケセローが苦労してる辺りはやっぱ残念なので...。
SCfromLA さんの投稿…
>日日不穏日記さん、ChaseFun9さん

 噂に上がっていたコウリッグの#16あたりと比べたら遥かに競争力があるので、うまくまとまってよかったと思います。とりあえず大事なのはチルドレス御大と殴り合いをしないことですが、冗談は置いといてほぼ共通部品の同じ車とはいえ環境が変わるとチームのエンジニアが持っている基本的なセッティングの哲学とかが違って、案外車の乗り味が違ってとまどうことはカテゴリーを問わずあるので、そこで最初に躓かないのが大事だろうなと思います。
ケゼロウスキーは、というかRFKはこの混戦の中で何に躓いて結果が出ないのかすごく気になりますね。。。
カイル・プッシュ さんのコメント…
移籍は残念ですが、都落ちって感じではないので良かったです。
自身の移籍でいろいろややこしそうですが、来季も頑張ってもらいましょう。
18番にはギブスが乗ったりするんでしょうか。
SCfromLA さんの投稿…
>カイル・プッシュさん

 RCRは単にレディックが速いだけなのかチーム力が戻ってるのか判断しにくいんですが、少なくともラウシュあたりよりは上にいると思うので優勝は期待して良いかなと思いますね。18番が次の焦点ですが、ギブス君を昇格させるか、当初予定通り据え置くのか、据え置くなら来年はどうするか、面白い部分ではあると思います。ジョンハンターとか乗ってほしいんですけどね。