SUPER GT 2022 プレビュー 1

 4月に入り、今年もSUPER GTの開幕がやってきました。自分へのメモの意味も込めて今回と次回で、レースを見る前に大雑把に知っておくと、知らないよりも2%ぐらいレースを楽しめる気がする事前情報をまとめておこうと思います。今回は全体とGT500、次回はGT300について見て行きます。


 まず2022年の日程です。

第1戦  4/16~4/17  岡山国際サーキット 300km
第2戦  5/3~5/4  富士スピードウェイ 450km
第3戦  5/28~5/29  鈴鹿サーキット 300km
第4戦  8/6~8/7  富士スピードウェイ 450km
第5戦  8/27~8/28  鈴鹿サーキット 450km
第6戦  9/17~9/18  スポーツランドSUGO 300km
第7戦  10/1~10/2  オートポリス 300km
第8戦  11/5~11/6  モビリティリゾートもてぎ 300km

 6つのサーキットで全8戦。富士と鈴鹿で2戦ずつの構成ですが500km以上のレースが1つもなく、富士と8月の鈴鹿が450km、その他は全て300kmというレース距離になりました。運営団体的には、できるだけお子様にも観戦していただける環境を、という意思があるせいだと思いますが、8月の夏休み中に2戦を開催する一方、第3戦と4戦の間に2ヶ月以上の空白があります。なお、規則上は今年から時間制レースを開催可能な文言が盛り込まれたそうです。

 競技規則側では特に大きな変更はなく細かい部分の修正程度しかないようなので、レースを見ていて「去年と違う!何で!?」みたいなことが起こる余地は無さそうです。というわけでさくっとGT500の話に進みます。まずはエントリー リストから。実は私、NASCAR以外のレースは新しいドライバーを覚えるのに5レースぐらい要するので、勉強がてらイチから自分で作成してみました。たぶん合ってると思いますが誤植があったらごめんなさい。

 
 まずなんといっても、日産のベース車両がGT-RからZに変わりました。変更の主な理由は、当然ながら新しく出た車を宣伝したいからという会社側の意図があります。時々『GT-Rは古いからだ』と思っている方がいるようですが、事実誤認であるとも言えますし、その通りだとも言えます。


 現在のGT500の規則は土台は全メーカー共通、上に乗っかっているボディーも予め規則で定められた方式で市販車の形状をシャーシに合わせて拡大/縮小(スケーリング)して形状を決定し、これに沿ってイチから作られる完全レース専用のもので、この車たちに市販車との共通点はほぼありません。エンジンも市販車とは別物です。
 極端な話、型式として運営団体が認めてさえくれれば、50年前のスカイラインを使おうが、70年前のクラウンを使おうが、規定で同じ大きさの同じような形状になるのでほとんど性能差は出ないようになっています。単純に『年式が古い=衰えていて遅い』という意味で『古いから』というのであればこれは不正確です。
 ですが、2007年に発売され、あくまで4人が乗れるスーパーカーを目指しているGT-Rと比べ、NSXは形状的に低くて鋭く、そしてGRスープラは市販車の形状の段階で『GT500の規定に仕立てた時に多少なりとも有利になりそうな形状』を意識して設計することができたと思われます。現在のGT500の規定ができるはるか前に作られたGT-Rにそんなことはできないので、ベース車両が何ら現行規定に対して最適化されていない形状である、という意味では『古いから』は間違いではありません。

 GT-Rは極端な話、真上から見ると真四角の車なので、共通シャーシに当てはめても四隅まで車体が全部出張った形状でした。角が丸いGRスープラとは特に異なります。そうするとどうしても空気抵抗が大きくなってしまい、また当然ながら勝手に削ってスケーリングで定められた形状を変更することもできないので、空力設計の自由度も僅かですが失われていたようです。
 実はGT-Rも2014年に現行規定が出来た当初は、全体の空力設計、空気抵抗とダウンフォースの最適解をいち早く見出したので、ダウンフォースがあってなおかつ抵抗も大きくない、というパーフェクト超人な車でした。屋根の形状は他社より有利だ、とすら言われていました。
 しかし、他社が開発を進める中で段々とその優位性がなくなり、しかもエンジン開発でも出遅れた中で、どちらかというと消去法で高ダウンフォースの設計にするしかなくなっていました。結果、直線が遅くて特に富士では勝負にならなくなっていました。
 それに対してZは角が丸まった車なのでそのデメリットが一旦消滅。開発方針としてはGT-R時代のダウンフォースをできるだけ維持しつつ、空気抵抗を削る方向になりました。ちょうど昨年の後半からエンジン面でもかなり2社に追いついてきたので、全体で見て競争力の底上げが期待されています。
 ただ、空力のコンセプトが大きく変わるとタイヤからセッティングから全部変わりますし、今までちょこっと変更することしかできなかったものがごっそり車体形状から変わってしまったので、方向性がうまく定まらないと穴にハマる怖さはあります。空力部品は3月末に申請されたもので1年を戦うので、これがうまく機能しているかどうか、やっている側もかなり緊張していると思います。

 で、実は本来であればGT500の空力は今季は開発凍結が行われるはずだったとされています。しかし、日産が車両ごと変わってしまったのでそのままでは不公平になりますから、他社も開発が可能になりました。これに従ってトヨタはダウンフォースを増やす方向へ転換。抵抗が少なくて直線は速いけど高速コーナーがやや苦手だったので、よりどこでも速く走れる設計を目指しました。

 一方ホンダですが、こちらもベース車両をNSXの最終モデルであるタイプSに変更しました。タイプSは少しグリル周りのデザインが異なっている他、通常モデルよりノーズが少し長くなって全長が伸びています。全長が変わるとスケーリングは改めて行うことになり、長くなったということは、シャーシ側の大きさはもちろん同じですので僅かながらに旧型より前後方向でぐしゃっと潰れることになります。
 僅かな差ではあるんですが、これによってNSXは去年使っていたボディー パネルが今年の車には合わないのでほとんど使えなくなったそうですw
ちょっと顔がしゅっとしました、が、
この顔に見慣れていません^^;

 ホンダは何を問わずわりとピークでの性能を追求して、その分扱いにくい特性になる車を作り上げてしまうことが多い会社だと思いますが、開発の方向性としては条件を問わず結果を出せる扱いやすさを求めているようです。

 エンジンの方は変わらず開発競争が続きますが、1年ごとに登録するような部品と、3年間凍結されていて今年は手を加えられない部品があるので、各メーカー細かい部分での積み上げになりそうです。もし仮に画期的に燃焼効率が上がる方法を閃いたとしても、そのせいでエンジン内でものすごい負荷がかかると現在登録している骨格では耐えられずに壊れてしまうので、革新的な進歩はやりたくてもそうできません。

 そして体制面です。日産では、まずNDDPはB-MaxとのジョイントではなくNDDP単独エントリーになりました。NISMOと色がそっくりになっていて、見た目だけの話では無くて車両のメンテナンスがB-MaxからNISMOに変更されたため、事実上ニスモ2台体制だと言われています。変わらずこの2台はミシュラン。
 チーム インパルは今年もマレリではなくカルソニックの名称を用いていますが、ご存知の方も多いでしょう、旧カルソニックカンセイとマネッティ― マレリが統合した自動車部品メーカーのマレリは経営不振によって1兆円を超える負債を抱え、3月1日に事業再生ADRを申請しました。

 せっかくなのでモータースポーツを通じて少し勉強してみましょう。簡単に言うと、事業再生ADRは、銀行から借りたお金をすぐ返す目途が立たないけど、だからといって『潰れました~、もう返せませーん、バンザーイ』となるわけにはいかないので、借金を一部返さないようにできないか、専門家の仲介で貸し手である銀行と借り手である会社が話し合って合意を目指す制度です。
 たとえば会社側は『1兆円全部はしんどいので、なんとかここまで減らしていただければ返済できますし、事業を立て直して行く行くはまた利益を出せるようになると思うのですが』と返済の一部放棄を提案。
 銀行側としたら、本当は全部返してほしいけど、かといって潰れて1銭も返ってこないと困るし、会社が存続してくれればこの先も取引を続けられるので『だったらこの額まで返してくれた許してあげます』とお互いの利害の一致を目指す制度です。
 事業再生ADRは私的整理と呼ばれるものの一種で、これとは逆に会社更生法などを適用するものを法的整理と呼びます。ザックリ言うと、私的整理は名前の通り自分たちで話し合いをして解決する制度、一方で法的整理は裁判所が間に入って、厳格な規則に基づいて『あなたはこの人でこれだけ、こっちの人にはこれだけのお金を返して、あなたはこれで我慢しなさい』と決める制度です。柔軟性や迅速性に欠ける一方で、規則が決まっているので貸し手側からすると公平性は高いとされています。
 事業再生ADRはうまく話が進めば迅速に話を進められますが、全員が合意することが前提なので、どこか1つでも「そんなん言われても殺生やわ~、資産全部売って清算したらほとんど返せるでしょ、ちゃんと返してよ~(T T)」と言ったら成立しなくなります。

 現実にはマレリの問題点は、旧カルソニックと旧マレリの統合で世界にかなりの生産拠点がダブついており、これを整理しないといけなかったのにすぐに進まなかったこと。加えて主要な納入先であった日産とフィアット クライスラー(現ステランティス)のいずれもが販売不振に陥って、車がそもそも売れて無いから部品が売れなくなり、トドメにこれをどうにかしようとしていたらCOVID-19の影響で何もかも止まったことがありました。
 マレリは日産に対して「まだ納品していない在庫部品の代金をとりあえず先に払って助けていただけませんか?」という提案もしているとの報道です。

 そんな中で果たしてインパルはマレリからスポンサー資金を貰えているのかちょっと気になりますね。傍から見たら『そんなくだらないとこに注ぎ込む金があるなら金を返せ』と言われそうですが、経営危機だ、と言われて長年ついていたスポンサーからサッと離れると、余計に「ああ、苦しいのね」と思われて印象が悪くなり、経営再建にマイナスになるかもしれません。
 とりあえずマレリからのスポンサー費用は先送りして、ひとまず日産/ニスモがインパルが活動できる費用を工面している、なんてこともひょっとしたらあるのかもしれませんし、この辺のお金の事情は素人が考えるよりおそらくずっと複雑だろうなと思います。
 マレリの名前を使わずカルソニックにこだわっている両者の関係ですが、こと今の状況下では、ぱっと見マレリの名前が見えないというのはなんだか理に適っているな、と思ったりしました。

 トヨタ陣営では昨年のチャンピオンとなったトムスの関口がサードへ移籍。これは既にチャンピオン獲得前から決まっていた話だったそうで、ここ数年苦労しているサードの底上げを期待されているようです。
 代わってトムス36号車にはアレジが加入しますが、なにぶんSUPER GTではGT300のRC Fの経験しかありませんので、前半のシーズンはかなり苦戦するのではないかと思います。37号車は平川 亮がWEC参戦に伴ってGTを離れたのでフェネストラズと宮田の組み合わせ。2人とも22歳です。
 個人的には体制が変わらずに、チームとしても立ち上げから年数がたって足もとがしっかりしてきた14号車が強いんじゃないかと思っています。

 ホンダは昨シーズン実質的にはチャンピオンだったも同然なので体制面では動きが少ないですが、松下がインパルからリアル レーシングへメーカーを飛び越えて移籍。元々ホンダで育って来たドライバーで、ここ数年ややホンダとはいざこざがあったんですが、実力を見てホンダがあらためて声をかけ、松下もそれに応えたという感じではないかと想像します。
 松下の加入で弾き出されたバゲットが松下の抜けたインパルに加入したので、結果的にトレードしたようなお互いの起用になりました。スーパーフォーミュラをやっておらず、F1にもWECにも関連しない日産は傘下の若手ドライバーというのが手薄というかほとんどいない状態。即戦力の外国人選手を探せるような世の中でもないので、実力はじゅうぶん証明されているバゲットならぜひ使いたい!てなところではないかと思います。ちなみに、去年の最終戦でバゲットは松下にぶつかってるんですよね・・・w

 ホンダ陣営ではやっぱり100号車が強そうかなという印象。チーム国光では、代表取締役でありチームの総監督、日本のモータースポーツ界の重鎮・高橋 国光が3月16日に亡くなりました。国光さんの功績は私がここで語るまでもありませんが、私がJGTCを見始めたころは引退まで数年というころで、小学生~中学生の私からすると「こんな年齢でもレースできるのか( ゚Д゚)」とただただ驚かされました。
 おそらく外から見ている以上に、裏側で様々な形でモータースポーツ界、SUPER GTを支えてくださったんだろうと思います。ご冥福をお祈りいたします。

 タイヤ面では基本的にはブリヂストンが相変わらず強いと思いますが、ダンロップが昨年は予選で速さを出しましたし、ヨコハマもいくつかのレースで比較的好成績を見せました。ヨコハマが得意にしているもてぎが1回しか無いのでメーカー的には開発の重点を他コースに振らざるを得ないですが、いずれも決勝でどこまで安定したタイヤを作れるのかが最重要。
 ミシュランはここ数年ちょっと当たり外れが大きく、どうしてもフランスで作って日本へ持ってくるタイムラグが、特にこの状況では輸送の時間が余計に伸びたりするので痛手のようですが、今年は雨用タイヤにちょっと変わったものを持ってくるようなので、万一雨のレースになった時はどうなるかが見ものです。

 サクセスウエイトは昨年と同様。

ウエイト表記   搭載ウエイト  最大燃料流量
0kg~50kg   0kg~50kg  95kg/h
51kg~67kg   34kg~50kg  92.6kg/h
68kg~84kg    35kg~50kg  90.2kg/h
85kg~100kg   35kg~50kg  88.0kg/h

 51kgに到達すると最大燃料流量が1段階絞られてバラストは少し減量。これが最大で3段階起こります。上限は100kg。予定通りシーズンが進んだ場合、ウエイトはドライバー ポイント×2kgで加算され、7戦目はポイント×1kg、最終戦は0となります。ただしこれは全戦に出場している場合で、厳密には『その車両にとって何戦目か』が基準なので、万が一欠場があった場合には最終戦でもウエイトが残ります。GT500ではまずあり得ないですけどね。

 GT500は路面温度が3℃変わっただけで勢力図が全部変わるぐらいにみんな細かいところを突き詰めているので、最後まで結末が分からない反面、何が起きているのかというところがすごく分かりにくいレースになっているというのもまた事実なので、そのあたりはオートスポーツさんなどの取材力に期待です。勝手に想像するのも面白いっちゃあ面白いんですけどね。

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