ドラフティングとサイドフォース

※アメーバブログから記事を移植して来たので内容は基本的に当時のものですが、一部加筆修正しています


 2020年のNASCARが開幕し今年もいつも通りの調子でお送りしている本ブログですが、
今年は悲しいことに日本の放送局で全く放送がありませんので、新しいファンの獲得は難しそうです(´・ω・`)

 そんな日本にとってNASCAR真冬の時代到来の中、おなじみ『世の中で一人ぐらいの役に立つかもしれない』シリーズ、過去に何度か書いているものに、最近オートスポーツ誌で知った新ネタを足した、NASCAR観戦に知っておくと1.7倍ぐらい楽しくなる(当社調べ)話題です。


〇ドラフティング=スリップストリーム?


 まず、ドラフティングという単語、調べるとたいてい『スリップストリームのこと』と書いてあります。



Wikipedia 日本語版ページ ドラフティング より



 しかし、NASCARにおいてこの答えでは50点ぐらいの回答内容です。NASCARにおいてドラフト、ドラフティング、というのは複数の事象に対して用いられ、どちらかというと『空気の流れによって車両の走行に起こる事象』そのものを現す単語とも言えます。
 
 まずは『スリップストリーム』という意味でのドラフティングから見て行きましょう。と言っても、空気の流れというものは、流体力学という大変高度な事象の理解が必要で、一般人の私に正確な現象を説明することはとてもできるものではありません。あくまで概念、とりあえずこう思っておけばよいだろう、という程度の説明ですのでご了承ください。本気で知りたい方は大学レベルの専門的な知識の勉強が必要になるかと思います。



 レーシングカーは高速で走っていますから、空気抵抗を受けます。空気抵抗は速度の2乗に比例する、というのが証明されており、速度が上がれば上がるほど影響が膨大になります。空気の壁に穴を開ける、なんて表現もしますが、レーシングカーはダウンフォースを多く必要とするため、車両の前部から綺麗で速くエネルギーの大きな風を運び込んで、リアのウイング等に集めて強烈にすっ飛ばして下に車を抑えつける力にしてやる必要があります。
 そうして高エネルギーの空気を跳ね飛ばすとその周辺部では空気の渦が発生、また圧力が周辺より低下します。イメージとしては、車両後部に発生する渦というのは、車両の後ろから車の進行を妨げる抵抗の役割を果たしてしまう、と考えるとこの後の話が分かりやすくなる、と思います。そう思いましょう、、思うことにして下さいw
車両提供:kei-rc-55さん

 NASCARには無いですが、空力パーツではフロントのバンパー角によく『カナード』と呼ぶ小さな部品を数枚装着することが多いと思います。これも、イメージとしては
「上に反った形状をしているから空気が上に跳ね上げられて車が下に抑えつけられるんだろう」
と考えますが、実際は最初に風を受けるこの部分に刺激を与えて強力な空気の渦を作り、側面を流れる空気の流れを制御・強化して後部でのダウンフォースを獲得する、という役割が主目的のようです。

 さて、ここに別の車が後ろから近づくと、空気が跳ね上げられていて抵抗が少ない上に、圧力も車両後方は低い=物体が吸い寄せられる状態なので、速度を伸ばすことができます。これがスリップストリーム効果、ドラフティングです。

 ゲームでも今どきのものならたいてい再現されているでしょう。効き具合のリアルさは別ですけどね。抵抗が減りますから、後ろにひっついて走っていれば多少燃費も改善します。ただスリップストリームは良いことばかりではなく、風が当たらないので冷却がし辛くなるほか、直線ならまだしもコーナーだと気流が乱れている上にそもそも当たる風の絶対量が少ないので、本来のダウンフォースが発揮されず不安定になります。
 フォーミュラではこれが顕著で、F1だと『このコースでは2秒以上近づけない』なんてことが言われたりしますがこのせいです。ゲームだとこの部分の再現性は高くないので、スリップに入る→有利、となりがちです。

 とスリップストリームとしての意味合いはここまでですが、NASCARでは他にも色々なものがあり、これがむしろ大事になってきます。


〇バンプ ドラフト


 よく知られているのが『バンプドラフト』です。後ろの車が追い付いた後、前の車をバンプ、つまり押すことです。本来的な意味合いとしては、スーパースピードウェイで先行車両が200mph付近で走行し、もう空気抵抗に負けてしまってこれ以上加速できません!となったものを、後ろから押してあげて運動エネルギーを分けてあげることです。

押す→先行車加速→それにドラフティングで付いて行く→押す、

を繰り返し、前の車に速く走ってもらうことで自分も速く走れるようにするテクニックを指します。何で抜かないのかというと、抜くとその瞬間は自分が速くても、その後自分も空気の壁に当たって同じ運命をたどるからです。後ろから誰かついてきて押してくれれば今度は自分が先頭の立場になれますが、もし誰も来なかったら最悪の場合自分の後ろにいた数十台全員に抜かれます。


〇リーディング ドラフト

 バンプドラフトとよく誤解されがちなのがこのリーディングドラフト、Wikipedia日本語版では『バックスリップ』として紹介されています。

 後続の車両がドラフティングから接近して、車間距離が限りなく近づいた際に起こる現象で、ピッタリと後ろの車がくっついた結果、先行車の後方にできるはずの渦が無くなって綺麗に空気が流れ、前を走る車の空気抵抗が減って速くなる、という現象です。

 スーパースピードウェイでは長い隊列が出来て、長いほどその隊列全体の速度が伸びる傾向がありますが、これはみんな好き放題押しまくっているから、ではなく、リーディングドラフトの影響が大きいです。

 また、空気の渦といういくらかは力を持った部分が、車が接近することで圧縮されたようになるので、丸いゴムボールを押しつぶしたような状態になり、潰れたものが広がろうとする反発力によって前の車は『空気の塊に後ろから押してもらう』ような現象も起こります。
後ろにできた乱れた気流の部分が

車の接近に伴って押しつぶされて反発力を生む

 車が集まってみんなで長い1台の車のようにして綺麗に空気を流し、みんなで抵抗を少なく走るので、抵抗が減る→先頭の人が速い→ドラフティングで付いて行く、の好循環ができます。

 とはいっても、後ろに車がいなければまた抵抗は復活しますから自分だけが逃げることは不可能ですし、前の車に引っ張ってもらうのと比べればその効果も大きくないので、この現象単体は意識して使う、というものではありません。また、この状態の時はリアのダウンフォースも減少してしまうので、油断するとスピンしやすくなるので注意です。

 なお、一時期F1で流行ったFダクトという装置、ウイングに本来とは別の風をちょろっと当ててウイングの機能を低下させ最高速を伸ばすというカラクリでしたが、理屈としてはリーディングドラフトと似ています。


〇タンデム ドラフト

 上記2つを言わば合体させたのがタンデムドラフトです。2020年のBusch Clashでデニー ハムリンが最後にエリック ジョーンズをアシストして優勝しましたが、あれもタンデムドラフトと捉えて良いと思います。
 

 後ろの車がびっちりと背後について、コース全域で延々と押し続けてもらうのがタンデムドラフト。英語版Wikipediaによれば、元々カイル ブッシュが2007年のタラデガのテストで”発見”。2011年にデイトナの再舗装が行われてグリップ力が向上し、押された状態でも全開で走れるようになったので、これを利用してタンデムでものすごい速さを見せるとみんなこぞって真似するようになった、というのが始まりです。

 このレース、結局トレバー ベインが初出場、史上最年少でいきなり優勝するという結末を迎えますが、ベインは新しい概念に基づいてただ押されてたら勝った、というような感じでした。
 タンデムドラフトが有効だと分かるとみんなこぞって真似をし始めるので、『長い隊列の車が走るド迫力のレース』が売りだったはずのスーパースピードウェイが、なんと『2台1セットの車がコース上にバラバラに配置されるレース』になるという想定外の事態に陥ってしまいました。
意味を理解しないと何が起きているか分からなかった
『ニコイチ』レース
2011年のタラデガより

 NASCARは慌てて規則を変更し、変形しやすいフェンダー、小さいラジエター、ドライバー同士の直接の無線の禁止、などの策でタンデムの旨味を排除することを迫られました。
 現在のレースでは常用はしないしできないですが、ここぞという勝負どころでは1~2周なら効果を発揮することがあります。押す側が斜め後ろから押してしまったり、前の人が姿勢を乱したりするとクラッシュして全く意味がありませんし、押している人も最後のどこかの段階では裏切って前に出たいので腹の探り合いもあります。勝負どころのタンデムドラフトはそうと分かって見ると非常に見ごたえがあります。


〇サイド ドラフト

 そして、最も今のレースで出番も威力も大きいのがこのサイドドラフト。日本のドライバーも『サイド スリップ』と呼んでいるようですね。これは、名前の通り車両の側面で働く空気の力の作用です。車体の側面を流れている空気、通常はざっくり言えばこう流れていますが
上の空気は上を、横の空気は横を流れる

 横に車が近寄ってくると、その空気の流れが乱されて、側面から後ろへ流れるはずの空気が経路を捻じ曲げられてスポイラーへと運ばれてしまい、結果空気抵抗が増えてしまいます。これを利用するのがサイドドラフトです。



 解説のジェフ ゴードンは時々「dumping the air to the rear spoiler」(空気をリア スポイラーに浴びせています)といった表現を使っています。一般的な『後ろの車が速くなる』というイメージのドラフティングとは全く逆で『相手の車を遅くする』のがサイドドラフト。相手の斜め後ろから近づいてスポイラーにいらない空気を浴びせてやることで、相手の空気抵抗を増やし加速を鈍らせることで相対的に自分が速くなって追い抜く、という高速トラックでは今や必須の技術です。
 前方の車に対して「おい待たんかいコラア」とスポイラーを手で掴んで邪魔してると考えると、見えていない空気の流れが概念としてつかめてきます。

 抜いた後はできるだけすぐ相手から離れないと、今度は位置関係が逆になって自分がサイドドラフトを食らってしまい結局2台とも失速することになります。SUPER GTでも直線の長いコースだと結構威力があり、2019年の富士500マイルの映像は分かりやすいです。



14秒あたりからの映像。前方の2台がサイドドラフトを使い合って失速し、後の車が簡単に抜いているのが良く分かる映像です。またこちらの動画の49秒~も似たようなシーンです。



 ただ日本の放送コメンタリーはサイドドラフトをあまり知らないので、「いやー〇〇ストレート伸びますね~」という解説になってしまいます。知っていると見た時の印象が大きく変わります。

 このように、ドラフティングといってもNASCARではこうした空気の流れが生み出す様々な現象たちを指すので、ドラフティング=スリップストリーム、は50点の回答になるわけです。

 そしてもう1つ、サイドフォースという概念もNASCARでは重要です。名前の通り横方向での力の作用、もちろん空気の流れに関するもので、サイドドラフトも広義的にはサイドフォースの一種と捉えることができます。大きく2つの意味合いがあります。

〇サイド フォース(壁)

 サイドフォースという単語はサイドドラフト以上にあまり出てこないものですが、昨年のレースでデイル アーンハート ジュニアが解説をしていました。大外ラインを走るミスター壁走り・カイル ラーソンの走りについてのものでした。
 壁ギリギリの大外を走るミニ四駆みたいな走り、ダート出身の選手の方が得意だと聞きますが、やる人は少ないです。理由は単純に壁に近くて危ない、制御が難しい、他の人が走ってないから路面が汚れてる、など色々ですが、そもそも大外だけ走ってなぜ速いのか、という理由の1つがサイドフォースにあります。

 この解説で初めて知りました。壁ギリギリを高速走行すると、車体と壁に挟まれた空間の空気の流れから、なんと壁が車両を押し返すような力が働いて、旋回を助けてくれるんだそうです。車が通過すると周囲にはすんごい風圧が来ますので、これが壁に当たると押し返される、という話でしょう。
壁との間に見えない反発力が生まれる

 もし道が真っすぐで、車体も綺麗に空気を流す形状をしていたら外側の流速が内側より速くなって車両はむしろ壁に吸い寄せられると思いますが、実際はそんなことは無いので壁側から押し返され、壁に当たらないよう見えないアシストをしてくれます。

 外側を走るということは距離は内側よりは長いですが、半径が大きくて速度を落とすことなく走れます。トラックによってはバンク角が外へ行くほど大きくなっていることもあり、その場合さらに効果が増します。ラーソンと同じく大外走りを好んでいたジュニアさんなので良く分かっているんでしょうね。

 ただ、当然ながらサイドフォースは壁との距離感によって連続的に変動し続けます。そして、前方に車がいれば空気の流れもまた変化してしまうので、安定して走らせるのは大変なこと、ちょっとした失敗で
 壁にこすります。ラーソンの大外走りは非常に魅力的ですが、安定して結果を出すには向かない走りです。ドライバーによっては、レースの最後の勝負所、このままではどのみち勝負権がない、というタイミングでギャンブル的に繰り出す人もいますね。
 サイドドラフトについても、相手にグーっと近づいて相手に空気を浴びせたあとに瞬時に離れると、相手との間に発生したサイドフォースを利用した反発力が生まれるので、僅かながら加速を助けてくれるようです。

〇サイドフォース(車両)

 そして、オートスポーツNo.1525で知った個人的最新のネタが車両側でのサイドフォースの概念。ダウンフォースを稼ぐ時に、車体下面を流れる空気を上側より速くして路面に吸い付かせるグランドエフェクトという効果を利用しますが、サイドフォースはこれを側面でやろうという考え方。オーバルでは車は左にしか曲がりませんから、車体左側の空気の流速を右側より速くなるように設計してやれば、左側の圧力が低くなって左へ回ろうとする、というものです。



 NASCARは現在はカップとXfinityではレーザーによる計測で車検が行われていますが、以前は定規を組み合わせたようなものを車体に当てて測るテンプレートと呼ばれるものを使っていました。テンプレートで測られる部分、規則で形状が定められている部分以外には一定の自由度が残ったため、これを活用しようと考えた人たちが車体に施した細工が、側面の形状を左右で微妙に変える、というもの。

 『バナナ カー』という俗称が付いているそうですが、真上から見た場合に極端な書き方をすると



 こんな風に左側が膨らみ、右側はへこんでいます。ピット作業時のクルーが偶然を装って車体右側に体当たりを仕掛けて変形させた場面がありましたが、サイドフォース獲得を狙い、車検では真っすぐにして通しておいて、『たまたま不運にもレース中に曲がってしまった』ことにするための戦略だったのでしょうw
 冗談抜きに、レース中の接触で車体を損傷してしまったら、むしろサイドフォースが増えて車が速くなる、ということは稀に発生しています。2021年の最終戦では追突されたラーソンの右後部のフェンダーが外側に向かって曲がってしまい、ちょうどウイングのような機能を果たして速くなったのではないか、と中継の際に話題になりました。

 ナショナルシリーズの中でトラックシリーズだけは未だにテンプレート計測なので、職人さんが規則の範囲内で丁寧に板金作業で曲げているそうです。レーザー計測ではこういった、何と言いますか大らかな『改造』はなかなか通りませんが、オートスポーツ誌の記事では、

レーザー計測には当然誤差や許容範囲があるはずで、その範囲をNASCARは自ら言わない(言ったらその範囲までOKと考えてみんな狙うから)から、探りに行くはずだ、と書かれています。つまり、よく起こっている車体規則違反の中には、チームがわざとちょっと違反したレベルを狙い、

「このぐらいなら曲げても良いかな、あちゃー、通らんかったか(´・ω・`)」といった駆け引きが行われている可能性はありそうです。2022年からカップシリーズの投入されるGeneration7(Next Gen Car)はさらにチームが独自に手を加える余地は少なくなりそうですが、いつもギリギリアウトなアホなインチキをしてくる人たちなので、何も起きないということはきっと無いのでしょう。

 また、サイドフォースにはこの2つとはまた少し違った意味合いで、『車体の側面に発生する空気の流れ』そのものを指すことがあります。誰が悪いわけでもなく、高速で走行すると乱気流があっちこっちに生まれるわけですが、車体形状によって側面に生まれる乱気流は後方の車両にとってダウンフォースの邪魔になり、追走・追い抜きを難しくする存在です。
 そのため、Generation7ではサイドフォースの削減も開発テーマに挙げられて開発されており、Generation6よりも接近戦をやりやすい車になった、とされています。

 というわけで、今回は過去にも書いた内容に新ネタを追加してお送りしました。

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