SUPER GT、今さらの初歩的なお話(車両編)

 SUPER GTのざっくりとした歴史を知ったところでようやく現在の話です。レースを見るうえでやっぱり気にするのは走っている車両の話なので、この点について書いて行こうと思います。GT500とGT300では全然違うので、クラス別に見てきます。ちょっとコアな話も混ぜ込みますw

※本文中の写真は全てグランツーリスモSPORTにて撮影したもの、GT500車両は2016年モデルです

〇GT500

・Class1規定

 GT500クラスは現在ホンダ NSX-GT、トヨタ GR Supra、日産 GT-R NISMO GT500の3メーカーの車両が出場しています。これらの車両は俗に『Class1+α』と呼ばれる規則に基づいて作られています。
 Class1規定というのは、SUPER GTとドイツのレースであるDTMが長年をかけて練り上げて来た規則で、両カテゴリーの車両規則を統一することで、将来的にお互いのレースに出れるようにして世界展開を図りましょう、という趣旨の規則でした。

 DTMの考え方は大雑把に表現すると「市販車っぽい外観の速い車をできるだけ安いコストで走らせて、均衡した戦闘力でコース上でガシガシやってくれれば宣伝になるので、細かい改造とかいらないや」というもので、Class1規定は多くの共通部品が採用されています。
 サスペンション、リア ウイング、プロペラ シャフト、クラッチ、ECU(エンジン コントロール ユニット)など多岐にわたり、車両全体のコストの1/3を占めるとのこと。ここをみんなで割り勘して同じ部品を共同調達しているので、コストは大きく削減されます。これに加えて、DTMでは開発可能領域も非常に狭く設定されました。

 一方でSUPER GTでは、独自の改造はあまりにも無いのは受け入れがたかったため、『+α』部分を用意してエンジン、車体とも手を加えられる領域を確保。DTMと一緒にレースする際には+α部分を取り除いて規則を併せる、という手法を採用することにしました。
 DTMは2019年、SUPER GTは2020年にこの規則になりましたが、残念ながらDTMはアウディーのいきなりの撤退もあって2020年限りでClass1でのレースを終了(車両規則は生きているので、一応やりたい人が出てきたら復活は可能)、事実上Class1は日本だけの規定となり、+αもあんまり関係なくなってしまいました。

・ベース車を活かしつつ寸法を変える

 Class1車両は、市販のベース車と並べたら似ても似つかない車ですが、それなりに各車の特色が出て見た目には違いがはっきりしています。車の土台となる部分は規則で寸法が決まっていますので、各車両は簡単に言えばベース車両の外観を縦横に引き伸ばして、形状をシャーシに合わせています。これを『スケーリング』と呼びます。
 スケーリングをすることで、各車両はベース車の雰囲気、具体的にはピラーの立ち上がり方やルーフ形状、車体の角の丸まり具合なんかに『味』を残しつつ、全体としては似た形状に仕上がります。
 トヨタは2020年にGRスープラに車両が変更されましたが、スープラはノーズが長くてキャビンが後方寄りになっていてリアが短い車。そのため、従来の規定通りにスケーリングしたらロールケージが飛び出たので規則に微修正が加わったそうです^^;

・改造できるのは『デザイン ラインから下』

 Class1+αは改造範囲を確保しましたが、それでも非常に狭い領域です。『デザインライン』と呼ばれる線から下の部分で、ざっくり言えば車体底面から275mmの高さまでの部分です。
ざっくり言うと白く塗った部分が開発可能領域
※あくまでイメージです


フロントの角の部分は『フリック ボックス』、前後輪に挟まれた部分を『ラテラル ダクト』と呼んでおり、よく話題になる単語です。
フロントの角の部分がフリックボックス。
NSXは上段のカナードの上にさらに小型の空力部品が乗っている。
GT-Rは上段のカナードからホイールアーチへと繋がるデザイン


 車体全体のおおまかな形状はみんな同じでウイングも共通ですが、ダウンフォースをどうやって生み出すのか、前後バランスはどうとって、空気抵抗をどう減らすのか、という考え方にメーカーごとの差が出ており、特にラテラルダクトはかなり違いが出るので空力部品が好きな人にはClass1規定唯一と言ってもよい見どころになっています。
 というのも、ラテラルダクトというのは、フロントで床下に入った空気を引き抜く場所なので、ここでの空気の流れがダウンフォースに非常に大きく影響するからです。F1でもこのあたりのフロアは『バージボード』と呼ばれて開発上重要な領域とされていますね。
 しかしGTカーには当然フロント ウイングというものがありませんから、ラテラルダクトの開発というのは車両全体のダウンフォースに与える影響が大きく、F1におけるフロント ウイングの開発みたいなもんだと思っても過言ではないかもしれません。
 2020年の車両で言えば、GRスープラはシンプルであまり抵抗をかけない形状、NSXは微細な設計で繊細に空気の流れを制御してダウンフォースを得たい形状、GT-Rは剣のように鋭くみんな上方へ向かって跳ね上げており、リアウイングへ向かって流し込みたい形状、という風に読み取れます。
 1世代前の規定では、ホイールハウスの内側も微細な空力部品を装着可能でしたが、Class1規定では『見えないところはやめよう』ということで開発禁止になりました。DTMだと、このデザインライン下部分の空力開発がそもそも禁止されて共通の形状でした。 
非常にすっきりした形状のRC Fのラテラルダクト。
フロア下から取り入れた空気を、外へ逃がさないようにしつつ
ガバっと引き抜きたい雰囲気


NSX CONCEPT-GTは細かいフィンが多数配置され、
空気を目的に応じて微細に使い分けたい意図を感じる


・空力のアプデは年1回

 空力開発可能な部分は、シーズンが始まった段階でその形状でシーズンを通じて戦わなければいけない、いわゆるホモロゲート対象となっています。そのため、シーズン中にアップデートすることはできず、開幕戦の段階でばっちり決めていないといけません。
 過激な形状の部品を作ったけど、いざやってみたら乱気流で異様に走りにくかった、なんてことになると1年間苦戦するので、形状の選定は入念なテストを経て判断しないといけません。
 実際、2019年のNSXは、数値上ダウンフォースが増えると見越した部品を作ったものの、テストでドライバーからは不評。一発は速かったとしても、乱気流の中で走りズラい、という評価が下され結局2018年の形状に戻して開幕した、ということがありました。開発陣とドライバーのコミュニケーションや判断力、解析力が問われます。


・燃焼効率を追求したエンジン

 SUPER GTでは2014年から採用、DTMはコスト増を嫌気して2019年にやっと導入されたのが、統一規則の目玉の1つ・エンジンでした。2L 直列4気筒直噴ターボエンジンで、『燃料流量リストリクター(通称燃リス)』というものが装着されます。
 従来、エンジンは『吸気リストリクター』によって性能を制限していました。内燃機関というのは空気と燃料を混ぜて爆発させ、シリンダーを動かすことで推進力を得ますが、この空気と燃料の割合というのには理想的な比率がある程度決まっています。
 吸気リストリクターではこのうち空気を遮るので、一定以上の回転数になると比率が崩れて段々燃料が濃すぎる状態になります。ただ、ある程度は比率が理想的でなくてもエンジンを回して出力を絞り出せるため、効率の悪い手段で無理やり出力を出す開発になります。これは市販車では役に立たない発想で、今の時代にあまりイメージが良いものではありません。
 一方で燃リスの場合、絞られるのは燃料の方です。具体的には7500rpmで上限の95kg/h(2014年の導入当時は100kg/h、ウエイトハンデによって段階的にさらに絞られる)となり、以降はエンジンを回しても燃料は95kg/h以上のペースでは供給されません。しかし空気はいくらでも使えます。
 そのため、空気をたくさん使って、燃料の比率が低い中で効率的に燃焼を起こして出力を出すことが大事になります。希薄燃焼技術というやつですが、これは市販車がまさに求めている方向性です。簡単に言えば『パワーがある=燃費が良い』となる開発の方向性で、メーカーとしても『市販車の燃費改善に寄与する開発』と大義名分ができます。
 全メーカーが共通して2L 直列4気筒ターボだ、という表現が誤解されるのか、稀にyahoo知恵袋に「GT500は全て同じエンジンなんですか?」という質問が見られますが、規格が決まっているだけで各車自分で開発しています。ただ、タービンは開発競争が起きないよう共通部品になっています。

・プレチャンバー

 このエンジンでよく出て来る単語が『プレチャンバー』。副燃焼室、という意味合いですが、直噴ターボエンジンを効率的に動かすにあたって重要な開発だと言われています。F1も同じですね。
 通常、直噴エンジンではシリンダー内に燃料を噴射し、プラグの火花で着火して爆発・燃焼しますが、細かく見れば、火花を発した地点から炎が伝播してシリンダー全体に行き渡るには時間差があります。また、燃料流量制限にかかって希薄燃焼させると着火しづらくもなってきます。
 これをもっと、部屋全体をできるだけラグなく一気にボワっと燃やしたい、薄い燃料でも爆発的に燃やしたい、という願いをかなえるための仕組みがプレチャンバー。ザックリ言えば、先に小さい部屋(副室)で燃料を着火させておき、その炎を微細な穴から噴出させて、火炎放射器みたいに主室に送り込み、主室内の空気と燃料を一気に燃やし尽くす、という仕組みです。
 F1でもこの課題に取り組んでいたホンダは2016年後半にいち早く導入したと見られており、トヨタがその次、そして日産は2020年にようやく導入した、と推測されています。Class1規定ではプレチャンバーははっきりと『禁止』とされたので、DTMでは使用不可能でした。

・エンジンのアプデは年2回

 GT500クラスの規則では、エンジンは年間2基までとされており、シーズン途中で改良型エンジンを投入するなら、2基目のタイミングしか基本的に機会がありません。(ペナルティー覚悟で投入しまくるなら別ですが)。エンジンは開幕時点とシーズン途中、年間2回のアップデートということになります。
 しかし何でもかんでもアップデートできるわけではなく、エンジンの基本的な骨格部分、鋳物と呼ばれる部分は3年間の開発凍結となっており、現行エンジンは2020年を開幕すると~2022年の終わりまで凍結です。
 レースですから当然余計なぜい肉はつけたくないですが、ギリギリの設計をしてしまうと、時間を経て性能が向上した際に鋳物が耐えられずに壊れてしまう危険性があり、そうすると耐久性が開発の足かせになりかねません。3年間を見据えた設計・開発も必要です。ただ、鋳物は開発凍結されても加工はできるので、邪魔なら削って薄くすることはできます。

・ボンネットは数少ない開発領域

 エンジンは前から空気を取り入れて、エンジン室内を通過して冷却やらに使われて排出されますが、その出口がボンネット上部です。ここはエンジンの設計によって取り回しが変わるので、メーカーごとに差が出る部分です。
 当然、エンジンを効率的に使うために設計するのが第一ですが、ここから出て来る空気は熱を帯びたエネルギーのある空気の流れですから、空力的な意味も持ち合わせており、デザインライン領域ほどではないですが、数少ない他車との差を出せる場所です。


 GT500クラスはこんな感じの車になっており、考えるまでもないですが、参入障壁がかなり高いです。DTMで開発領域が狭かったのは、新規参入しても空力開発があまりいらず、共通部品を中心に組み立てて行けばそこそこすぐ競争できる、という意図もありましたが、現実問題プレチャンバー無しでもこのエンジンの製造・開発・運用は簡単ではありません。
 もちろん意欲のあるメーカーがいればそれは良い話ですが、既にかなり熟成された既存メーカーに新規参戦で対抗するには、規則が刷新されてみんなリセットでもされないと正直ほぼ戦えないでしょう。
 なぜ3メーカーしかいないのか、というと、結局新規参戦するのは壁が高すぎるから、というのが大きく、逆から言えば、運営側は新規参戦よりも、既存メーカーがお金のかかりすぎによって自滅しない範囲で、それでいて参戦意欲を持てるような規則を作ってシリーズを維持することを大事にしている、と言えるのではないかと思います。


〇GT300

 GT300クラスには、『FIA GT3』『JAF-GT300』『マザーシャシー』の3つの異なる規則の車が参加して成り立っています。それぞれ特徴があり、なかなか奇跡的に興行として成立させています。このあたりは昔からのノウハウが活かされている気がします。順番に見て行きましょう。

・FIA GT3

 正確にはグループ GT3という名称で、世界で大流行しているカテゴリーです。建前上世界最高峰のGTレースであったFIA GT選手権の主催者・SRO モータースポーツ グループという組織が主導してFIA(国際自動車連盟)が策定した規則で、2ドアのスポーツ車を大幅に改造して、概ね重量は1200kg~1300kg、エンジンの最高出力500~600馬力の性能を発揮する車両です。
 GT3はメーカーが車両を製造し、それを世界のユーザーに向けて販売するカスタマー車両で、基本的に一切改造ができません。売り主がOKしてくれれば購入できるので、極端な話お金さえあれば私でも買えないわけでは無く、しかも同一メーカーの同一年式なら改造不能の同一性能ですから、私の買った車も、SUPER GTに出ている車も全く同じ性能です。
 それゆえに『市販レーシングカー』といった表現がよくされます。『市販』という単語を見て『市販=公道を走れる』と誤解する方がいますが、お金を払えば買うことができる、という意味の市販であって、町の車屋さんで売っていて、公道走行できるという意味ではありません。


 元々GT3はGT1、GT2の下の3番目の存在で、アマチュアの中でとりわけうまい人向け、というような位置づけでした。そのため、販売価格に大枠が設定された一方で車両規定自体はそれほど厳しくなく、キャビン部分はベース車両を使用した上で、軽量化やデッカイ空力部品を装備して車を仕上げ、あとは性能調整(BoP)でどうにかする、というスタイルでした。
 結果的に、6000万円前後とお手軽で結構速くて車種も豊富。使った中古車もさらに別のオーナーに転売可能、自動車メーカーから見ても、作ったものを世界中に販売してある程度事業として成立するために、GT3は気づいたら世界最高峰のGT車両規格となり、そうなるとメーカーが気合いと人員とお金を注ぎ込み、世界のレースを席巻しています。

 SUPER GTにおいても2011年から登場し、その後GT300クラスの柱となりました。上述の通り売っているものを買うため参戦障壁が低いのが特徴です。現在では車両価格はだいたい6000万円~8000万円の範囲にあるようです。
 元がアマチュア向けの車両だったのでドライバーを助ける電子デバイス、ABSとトラクション コントロールも標準装備でかなり高性能。おかげで、オーナー兼ドライバーな人でもそこそこ扱いやすく作られています。

 ランボルギーニ ウラカンのような見るからに背が低くて速そうな車から、ベントレー コンチネンタルGTのように、一見レースする車には思えないものまで車種が色々あり、これを速さがある程度揃うように性能調整するので、それなりに車両ごとに個性が出るため、見る側としても面白さを感じやすいのも利点と言えます。
 搭載エンジンは基本的にベース車両の形式をそのままレース用にしたもの。ほぼ市販状態だったり、むしろパワーがありすぎて吸気制限で出力を下げているケースもあります。
 中には同一メーカーの別エンジンに換えているケースもあり、例えばメルセデスAMG GT3は、市販には無い6.2LのV型8気筒を搭載しています。これは先代モデルであるSLS AMG GT3で既に実績があり、扱いやすくコストも抑えられるからです。


 ただ、買ったらそれでおしまいというわけではなく当然デメリットもあります。まず、改造ができないので、単純に買った車両の戦闘力がそもそも低いと、1年間苦戦したままになります。
 また、BoPの設定はSROの設定に準じるため、ヨーロッパのレースでめっちゃ速いから厳しめの調整を受けている車両があったとすると、日本ではそんなに速くなくても同じBoPなので遅くて苦労するかもしれません。一応、必要があればSUPER GT独自のBoPを与えることもできるはずですが、今のところそうした運用はされていません。
 BoPで泣かされる、というのはグランツーリスモSPORTのユーザーには体験した方が多いかもしれませんね^^;

 また、海外メーカーの車両の場合、壊したら修理の部品代がめっちゃ高い、なんてこともあります。SUPER GTにいないGT3車両も数多くありますが、何かあった時のサポート体制というのも重要で、日本でのセールスに興味があまりない企業だと必然的に支援も期待できません。別に購入して参戦してもいいんですが、苦戦する可能性が高くなるので、使う人がいない、とこういう構図になります。

 クラッシュ1つとっても、日本のメーカーならすぐ翌日に部品が届きますが、海外メーカーだとそうは行きません。結果、予備部品を予め購入する必要があり、メーカーによってはこれが『予備部品セット一式で千何百万』みたいなこともあるとかないとか。
「パーツリストに『千代 勝正』と書いてあったので
チェックを入れたらドライバーが届いた」
という都市伝説(?)があるGT-R。
国内メーカーなのでサポートは手厚い

壊すとお高いらしいフェラーリ
本国に返送しないといけなかったりかなり大変そうでした^^;

 そして、こうした問題をクリアできたとしても、メーカーは毎年のようにアップデート部品を出したり、数年でEVOモデルとか呼ばれる新車を出したりするので、勝ちたいと思ったらお金を出すしかありません。結局、導入費用が安いかと思いきや、継続して優勝争いするにはお金がかかるのもまた悩ましいところです。

 GT3の特徴をまとめると
・初期コストが安い、すぐ使える
・誰でも乗りやすい
・競争力を維持するには新しいものを買い続けないといけない
・車が『ハズレ』だとどうしようもない

こんな感じでしょうか。

・JAF-GT300

 国際的に使えるGT3と対照的に、SUPER GTの独自規則なのがJAF-GT300です。厳密には2021年から規則の主導権がSUPER GTの主催者側に移って、名称が『GT300』に変更されますが、おそらく『ジャフジーティー』という呼び方が定着しているので来年もそう呼ばれると思いますw
 概念としては、前回の記事で書いた2003年からのGT500の規則と同じ要領です。ベース車両のキャビン部分を維持しつつ、前後はパイプフレームで組んで、イチから車をくみ上げる感じになります。
 部材の変更もできますしサスペンションから空力部品からかなり改造自由度が高いのが特徴ですが、ベース車両の寸法に対してホイールベースやオーバーハングの拡大をするため、ベースが小さい車は競技車両も必然的に小さめになります。
 レース毎に変更しても構わないので、富士では低ダウンフォースのカウル、鈴鹿では高ダウンフォースのカウル、といった使い分けもできますし、シーズン中に改造を加えることももちろん可能です。

 エンジンは同一メーカー内であれば変更が自由、最低重量は1100kg、1150kg、1200kgの3パターンから選ぶことになりますが、いずれもGT3よりかなり軽量です。そのためエンジン出力は相対的に低めとなり、コーナーが速い車両に仕上がる傾向があります。
 以前はエンジン搭載位置すら変更できたのでカローラやプリウスがミッドシップ化されていましたが、現在は禁止されています。グランツーリスモSPORTで言えば、本来FFなのにMR化されているRCZ Gr.3がまさにその方向性の車ですね。

 2020年に参戦していたJAF-GT300車両は、スバル BRZ、トヨタ プリウス、トヨタ GRスープラの3車種のみ、何せイチから作るので非常に技術も手間もコストも必要で、簡単にできるものではないのが最大の難点であり、同時にチームとしてはやりがいであると言えます。
 BRZはインプレッサの時代から使われている2L 水平対向4気筒ターボのEJ20型エンジンに換装、プリウスとスープラはいずれもRC F GT3と基本的に同じ仕様と思われる5.4L V型8気筒の2UR-G型エンジンを使用しています。


・マザーシャシー

 正確にはGT300MCという規定です。こちらもJAF-GT300MCの名称でしたが2021年にJAFは外れます。マザーシャシー(MC)はJAF-GT300をもう少しやりやすくした規定と言えます。
 MCは、童夢製の共通カーボンモノコックを中心骨格として、ある程度ホイールベースなどの寸法にも規定があり、そこにベース車として選ばれた車の外装を当てはめるような形になります。共通モノコックはエンジン搭載が前でも後ろでも良いようになっているのでミッドシップ車両でも作成可能です。
 搭載エンジンはGTA V8という4.5L V型8気筒エンジンのみで、一切手を加えることはできません。このエンジン、中身は2007年から日産がGT500で使っていたVK45DEだとされていますが、2020年限りで供給が途絶えるのではないか、と言われていました。最近の情報では2021年もまだ行けるそうですが、2022年以降の供給エンジンは引き続き課題となっています。
 メーカーから車両の意匠の使用を承諾さえしてもらえれば色んな車で作成が可能、イチから作るJAF-GT300と比べれば、購入したモノコックとエンジンが既にあるので幾分作りやすいですが、それでもきちんとレースで競争力を得られるレベルで考えれば、初期費用は1億円に迫るようです。
 『スターターキット』みたいな感じで、トヨタ86の車体を被せた状態での購入も可能で、実際86での参戦がMC勢の多くを占めてきました。ちなみにこの車両、正確には『童夢 M101-86』という名称です。86の形状は元々トヨタには無許可で黙認だったとかなかったとか・・・
 そもそもこのマザーシャシーという規定、元をたどるとさらに話が複雑でして、さすがに長すぎるのでよほどお暇な方は過去の私の記事もどうぞ。古いので出来が悪いかもしれませんが。

 マザーシャシーは動力系には手が加えられませんが、空力開発はJAF-GT300同様自由度が高く、重量もやはり1100kg~1200kgの3段階。実際に2020年に参戦しているMC車両はトヨタ 86とロータス エヴォーラのみですが、いずれも1100kgを選んでいます。
 MC86の第一人者だったつちやエンジニアリングでは、空力開発には『ホームセンターで買って来たアルミ板』など、極めて低コストな材料を多用。汎用の材料を創意工夫で取り付けてああでもないこうでもないと言いながらダウンフォースを増やしたり、空気抵抗を減らしたりする『モノづくり』が行われていました。
 ただ、マザーシャシーには導入当初から駆動系を中心にややトラブルが多いという難点がありました。参戦チームが一丸となって対処、つちやエンジニアリングからの提案で対策部品が投入されるなど、かなり動かすのは大変な車で、2020年もマッハ号にはトラブルが起きていましたね。


 そしてここからはJAF-GT300とMCの双方に言えることですが、初期投資費用が高く、技術が必要である一方で、いちいち新しい部品や新車を、メーカーに言われるがまま購入するしかないGT3と違って、こちらはぶっ壊さない限り本体を使い続けることができるので、数年単位で見た場合には、GT3よりも結局は安い総額で競争力を維持できる可能性があります。
 一方で、全く特徴の異なるGT3となんとか均衡した戦いにしようとBoPが設定されるため、シーズンによってはBoP的に妙に有利/不利が発生することもあり、同じ車を継続使用しているにもかかわらず、年によって自分たちの相対的な立ち位置の振れ幅がやや大きくなりがちです。
 そして、どうしてもパワー不足は解消できないので、車両としてはダウンフォースをものすごく出しに行ったり、富士スピードウェイだと逆にダウンフォースを猛烈に削って最高速を得る方向に振ったりするため、アマチュアが乗るにはかなり難易度が高い車に仕上がってしまいます。
 実際、近年の富士では、GT3勢ではダウンフォースを付ける方向性が主流なのに対し、MC86は猛烈に抵抗を削減しに行った結果、最高速では86が最速クラスになっています。そのぶんとても乗りにくい尖った車になってしまいます。アマチュアの方にはあまり向きません。


JAF-GT300とマザーシャシーの特徴をまとめると
・初期費用が高い
・軽量でパワーが低い
・改造の自由度が高い
・技術と継続的開発が必要
・数年単位で見ればコストはGT3を下回る可能性が高い
・突き詰めていくととても乗りづらい

こんな感じでしょうか。


 マザーシャシーは軽すぎてズルい、もう別カテゴリーにしろ、GT3だけでいいんじゃないか、なんて意見もあるでしょうし、逆にSUPER GTらしいJAF-GTが絶滅寸前であることにがっかりしているファンもきっと多いでしょう。
 日本のプライベーターの中で最高峰の戦いと言えるのが今のGT300クラスですが、チーム・オーナーによって参戦目的も異なりますし、1つの意見に集約するのは難題です。前回書いたように、GT3を軸としたことで、せっかく買った車が役に立たなくなり憤った人たちも当然いました。
 そんな中ではありますが、なんとか興行として成り立つように、別物の規則の車両の競争を成り立たせているGTアソシエイションは大したものだと思いますし、ややもすると独走で何も起きないGT500より、GT300の方が面白いと思って観戦している方もたくさんいると思います。
 
 上述の通りマザーシャシーにはエンジン供給問題があり、またJAF-GTも絶滅寸前なので、今運営側は将来像を模索しています。JAF-GTにもMCモノコックを利用できるようにしたらどうかとか、エンジン調達を変更するついでに、出力をもっと向上させ、重量は1250kgぐらうまで引き上げて、極端な性能差を是正してはどうかとか、案は色々あるようです。
 何が現実になるかは不明ですし、規則に手を加えたからと言って、新たに作りたい人が出て来るかも不明ですが、今のままでは消滅するという危機感は共有されています。

 というわけで、SUPER GTに参戦している車両とはどういうものなのか、自分なりに、Wikipediaで調べるよりはちょっと深い話を盛り込みつつお届けしました。細かいことまで覚える必要はありませんが、なんとなく知ってると知らないよりは面白いと思います。

コメント

okayplayer さんの投稿…
この先日の焼肉屋でちょっと聞いた話の詳しい版、すごい待ってました笑

確かエヴォーラのドライバーがプロに代わった事でセッティングを思い切ってできるようになって改善したって聞いた気がしますが、理由はそういう事だったんですねぇ

あと埼玉トヨペットはスキル向上のためにJAF GTで参戦してるとかどこかで見て へぇー程度に記憶していましたが、今まで見てきたそういう断片的な情報が今回の記事で色々腑に落ちました!

ありがとうございました〜
SCfromLA さんの投稿…
エヴォーラの場合はオーナーの高橋 一穂が「自分で出たい」「ミッドシップ乗りたい」
ということなのでマザーシャシー乗ってましたけど、さすがに難易度が上がって
苦戦しているのは明らかでしたね。
そもそもエヴォーラの鈴鹿での初テストの時、トラクションコントロールが無いのに
ピット出口でアクセル開けすぎて自爆、車を大破させて残りのオフのテスト期間全て
棒に振ってしまいましたから^^;

ただ今年から乗った柳田 真孝によれば、高橋さんが乗れるようなマイルドな車で
数年間熟成させてきたぶん、すごく乗りやすい車に仕上がってるそうです。