SUPER GT、今さらの初歩的なお話(競技編2)

・・・前回の続き・・・ 


・ローリングスタート

 決勝レースはペースカー先導でフォーメーションラップを行い、そのまま隊列走行からスタートに移るローリングスタート方式です。フォーメーションラップは通常1周ですがレースによっては追加されることもあります。また、フォーメーションラップの前にパレードラップというものがある場合もあります。パレードでは警察車両が先導して交通安全啓発となっています。

 フォーメーションラップ中はタイヤとブレーキに熱を入れるために、適度に車を左右に振ったり加減速したりしますが、スタート位置が近づいてペースカーが退出すると、コース脇に「GRID」と書いたボードを掲げた人がでてきます。これをグリッドボードと呼び、グリッドボードの位置を通過したら、各車両は2列隊列である程度定速で走ります。

GRIDの看板をかかげたコース脇のマーシャルさん

 そして、シグナルが青に変わったらレースがスタート、ただ追い越しが可能となるのはスタートラインを超えてからです。また、スタートした瞬間左右にバラバラに車が広がらないよう、『自分のグリッドの上を通過して』スタートすることが求められますGT300クラスはGT500クラスから遠く離れてこちらも同じ手順でスタートします。


・ピット作業

 ドライバー交代が必要なSUPER GTでは必ずピットに入る必要があります。ピットロード内での速度制限は50km/hとかなり遅めです。

 作業にあたれるクルーは最大7人(と消火器を持って待機する人1人)。F1のように1本のタイヤに3人もかかることはできず、タイヤ交換の人は自分でホイールを外し、そして予め用意しておいた交換用のホイールを自分でつかんで装着しないといけません。早いところだと1本を5秒ぐらいで交換してしまいます。外したタイヤは平置きする規則です。

 給油中は一部の補助的作業とドライバー交代のみ可能で、タイヤ交換は給油していない時に行うことになります。セオリーは、タイヤ交換→給油(この間にタイヤ交換クルーが移動)→タイヤ交換、の流れです。


 燃料は給油タワーからホースを通じて行われますが、規則で自然落下頼り、加圧してはいけないことになっています。給油リグは穴が2つついていますが、片方が給油用、もう片方はタンク内の空気を吸いだすもので、2つの穴から燃料を注ぎ込んでいるわけではありません。

 ペットボトルから飲料を早く飲むためには、吸い込むよりも、実は空気を吐き出した方が早いのと同じ理屈です(謎) 給油速度は3L/秒ですが、燃費の良いマザーシャシー車両などでは、給油時間を長くしてレースを面白くする(のと、ドライバー交代を慌てすぎて事故が起きないようにする)ために、給油リストリクターというものの仕様が義務付けられている場合もあり、全車この数字とは限りません。

 なお、SUPER GTの燃料は、規則で「サーキット内で販売されているもの」とされており、要するに一般向けと同じハイオクガソリンということになります。

 迅速なピット作業を行うには、ドライバーが事前にチームが決めておいた停止線にピッタリと止めることも重要で、理想はクルーがガンを持って構えているところにピッタリとホールの中心が来ること。そのために各陣営のピットにはテープで目印がたくさん貼ってあります。

 過去には「このドライバーは必ずこちら側に〇cmだけズレるから、目標よりそのぶんだけずらしてテープを貼っておこう」なんてこともあったとか。ある意味正確な停止技術です^^;


・アウトラップ

 SUPER GTでは、タイヤを事前に温めておくタイヤウォーマーが使えないため、交換直後のタイヤは全くと言っていいほどグリップしません。そのため、ピットを出ても、早くても1周、長いと2周以上本来の速さでは走ることができません。ピットを出た周のことをアウトラップと言いますが、レース後半に向けての勝負所になることが多いので、よく単語として出てきます。

 タイヤ無交換作戦を採用した場合、既にタイヤに熱が入っているのでアウトラップから速く走ることができ、タイヤ交換時間とこのアウトラップでの速さが作戦上の『貯金』になります。


・イエローフラッグ

 コース脇に車両が停止している、など危険がある時にはイエローフラッグが振られます。イエロー区間では追い越しが禁止されます。国際モータースポーツ競技規則附則H項に規定されており、旗を1本振る1本振動と、2本振る2本振動があります。

 1本は『速度を落とし、追い越しをしないこと。進路変更する準備をせよ』

 2本だと『速度を大幅に落とし、追い越しをしないこと。進路変更する、あるいは停止する準備をせよ。』

と規定されています。とはいえ、実際に2本振動で即時に停止が可能なまでに減速する人はなかなかいないですね。誰もやってないのに一人だけ急減速したら逆に危ないので、みんな実際はそれなりの速度で走ることになってしまいます。万国共通です。

 サーキットには『マーシャルポスト』というものがコース脇にたくさん配置されています。フラッグはこの区間単位で機能し、例えば『12番ポストでイエロー』となると、12番ポストの位置から先が追い抜き禁止、13番でグリーンが振られていたら、その位置から制限解除、追い越し可能です。

 イエロー区間では追い越しが禁止されますが、追い越し禁止はクラスの区別などもちろんありませんので、GT500はGT300をイエロー区間では抜くことができません。中継を見ていると、時々「ずいぶん慎重にGT300をかわしましたね」といった会話がされている場面があり、それが実は単に「イエローだから抜けなかった」ということがあります。

 特に、GT500と300の速度差が大きくなるようなコーナーで、GT300の下位チームの車両の後ろにいる時にイエロー区間になってしまうと、そこだけで秒単位で遅くなっていきなり後ろの車に追いつかれたりします。コース脇の状況にも目を配ると、放送席の人が見落としたものに気づけたりします。


・セーフティーカー(SC)

 イエローフラッグを振っているだけでは現場の車両を撤去できない、作業が危ない、そんなときにはSCが出ます。SUPER GTではSCの運用制度がかなり特殊なので、見ている人が混乱する原因になります。

 まずSCが出るとその時点でピットの入り口が『クローズ』になります。クローズが宣言されている間にもピットには入れますが、入るとペナルティーを受けます。なお、SC導入の瞬間既にピット入り口に来ており、不可抗力でクローズ直後に入ったようなケースではピットは許可されます。NASCARだと作業せず通過しない限り問答無用でペナルティーですw

 ある程度隊列が整ったら、SCはストレート上で停車し、GT500とGT300はそれぞれの列に並んで、ごちゃごちゃだったものを分けます。SCと各クラスのトップ車両との間に挟まれている車は、一旦SCを追い越して1周回って隊列の後ろに戻ってきます。トップ車両よりも後ろにいる周回遅れの車はそのまま周回遅れです。


 そしてGT500のメンツがある程度揃ったらSCは再発進し、GT500がSCに付いて行きます。GT500が全員走り去ったらGT300も発進し、これでコース上はGT500、GT300がそれぞれ順位通りに並ぶことができました。

 そしてSCの原因となっている作業が終了し、リスタートの1周前になると、ピットは『オープン』に変わります。これでピットに入れますが、ドライバー交代だけは禁止です。そしてSC退出のメッセージが発出されると、最終セクターに入ったところでSCはライトを消して走り去り、以降は先頭の車両が隊列を率います。

 先頭の車両は自分のタイミングで加速することができますが、ピットに入る前のSCをうっかり追い越すとペナルティーなので、SC退出はちゃんと待った方が良いです。また、追い越しが可能となるのはスタートラインから。コースによってはスタートラインと、タイムを計時するコントロールラインが別の場所にあるので、うっかり間違えてコントロールラインで抜かないよう注意が必要です。

 SCが退出したらドライバー交代は許可されるので、SCの後ろにひっついてピットに入り作業を行うことも可能です。リスタート時は通常より少しばかりコース上の車両の速度は遅いのでここで入るとロスが実質的に少し短くなりますが、みんながいっぺんに入ると混雑して、それ以上に時間を失うこともあります。


・SC導入で発生する損得

 ドライバー交代義務があり、かつSC中はドライバー交代ができない、という規則上、ドライバー交代を終えた車と終えていない車が混在する状態でSCが出ると、周回遅れになっていない限り、交代を終えた車が圧倒的に有利になります。

 なぜかというと、例えば1周が90分、ピットに入ると70秒かかると仮定します。1位と2位の差が10秒の時に2位の車がピットに入ると、ピット後にこの差は80秒となります。この後1位の車が入ればまたその差は10秒になって順位は変わりませんが、その前にSCが出るとどうなるか。

 2位の車はSCで隊列に追いつくので1位の車の後ろに来てしまいます。1位の車はSCが終わるまでピットに入れないですから、SC終了後に渋々ピットに入ると、なんと自分たちは何も悪くないのに、2位に転落、しかも1位と70秒差と逆転は絶望的になりました( ゚Д゚) 2020年の第7戦もてぎでのGT500クラスは分かりやすい例でした。

SC前にARTAとModuloだけがドライバー交代を済ませたことを表すテロップ
ただ、このテロップは周回遅れかそうでないのか判別ができず、
解説もほぼされないので毎回よーく画面を見て判断するしかありません

 実際はたくさん車がいるので、2位の車はピットに入ったら下位に落ちて、隊列に追いついても1位と20秒とかの差はありますが、ピット1回分のロスを考えれば無いも同然です。

 ただ、周回遅れになっていると話が変わります。さっきの話で、2位の車が25秒遅れだったとしたら、ピット後は95秒差=1周遅れです。ここでSCが出たら、2位の車は周回遅れのまま1位の車の後ろで隊列に並びます。SC終了までそのままなのでつまり1位とは2分差、1位の車がピットに入っても、まだ1位の車は20秒のリードを持っています。

 さらに言えば、同じようにSC前にピットを済ませ、かつ周回遅れにならなかった車がいた場合、その車は同じ隊列の後方につけていますので、実質自分たちはトップから1周遅れになります。2020年第7戦もてぎでのLEON PYLAMID AMGが典型例です。

 ただこれもまたサーキットが1周何秒なのかで話が変わります。スポーツランドSUGOでは、1周が短いためにピットに入るとほぼ確実に周回遅れになりますが、ピットでのロスと1周のタイムが似たような時間なので、周回遅れでリスタートされても、相手がピットに入って出てきたらだいたい同じような場所になったりします。

 また、ピットインとSC導入がほぼ同時というのが最もお得です。この場合、コース上にいる他の全ての車両がゆっくりと走行するので、普段よりもロスタイムそのものが短くなり、コースと条件次第では20秒以上の差を一気に逆転できてしまいます。2020年の第6戦鈴鹿が典型的な例です。

 基本的には『SC前にドライバー交代を済ませていると得』『ピットインとほぼ同時にSCが出たら超ラッキー』『SC時に周回遅れだとやばい』の3点を覚えておくと良いと思います。

・FRO

 SUPER GTの独自制度として、FROというのがあります。ファースト レスキュー オペレーションの略で、クラッシュや火災が発生した際に現場に素早くかけつけて救助や撤去の作業を行う仕組みのことです。

 FROには救急と消化に関するスタッフが乗車しており、それを元レースドライバーの人が運転する車両でコース上を走って現場に向かいます。SCは追い抜いてはいけませんが、FROの場合はぶつからないよう注意しつつ追い越し可能。

 コースにはFROのボードが掲示されて注意喚起され、ドライバーはFROに注意して走る必要がもちろんありますが、基本的にレースは続行されているので、かなりの速度で走る車両に抜かれながらFROは走行します。コース上にSUVが走ってたらそれがFROです。

2018年第6戦で出動したFRO

 SCが出そうなアクシデントに対して、FROの手早い初期対応によってレースを止めることなく続行できるケースもあり、黄旗以上SC未満の中間の仕組みが無いSUPER GTにとってはその代替のような存在でもありますが、近年はどんどん車両が高速化しているので、見ていてちょっと怖い部分は感じます。

 

テレメトリー

 F1などのレースでは、車両のセンサーなどのデータが常時ピット側と無線でやり取りされており、そのデータを見てエンジニアは細かな指示を出していきます。このデータのやり取りを『テレメトリーシステム』と呼びます。

 しかしSUPER GTにはこれがありません。あくまでドライバー主体のストイックなレースを志向しているから、ではなく、電波法が壁となっているからです。詳しいことは法律の専門家ではないので知識不足ですが、電波を使うには『技適マーク』のついた無線機器を使う必要があり、これをしないと違法になります。

 会話の交信に使っている無線機は売られているものなので技適を取得していますが、自動車にはそれがないので電波を使えない、とおそらくこういうことだと思います。テレメトリーが使えないため、テレビ中継で速度を表示するようなことも当然できません。

 しかしF1は日本でも開催されていて、テレメトリーが使えているはずなのになぜ?と思いますが、国際的なイベントに協力する際には特例で使用が認められると規定されており、これによって海外からやってくるレースだと例外的に使用が許可されているのです。

 テレメトリーがないため、ドライバーは車両のディスプレイに表示されているタイヤ内圧、燃料消費などの数字を読んで、それを無線交信でエンジニアに伝え、それを聞いてエンジニアは作戦を考え指示を出す、という流れになっています。

レース後に適宜公開される車載映像
ディスプレイ部分は機密情報が多いためボカシが入る

 SUPER GTでは、コース上の全車両に一斉に速度制限を課してゆっくり走らるフルコースイエロー(FCY)という制度の導入を検討していますが、目標とした2020年には完成しませんでした。

 FCY制度では、一旦みんなに一般道並みにゆっくり走ってもらうことで、ある程度の撤去作業はSCを導入する必要が無くなり、レース全体の流れを壊すことなくレースを再開できます。しかし、各車が制限速度をきちっと守っているか常時監視する必要があり、基本的にテレメトリーが使えないとそれができません。

 他にもGPSを利用するなどの手法もあるようですが、こちらもコース側の設備投資が必要になり簡単ではなく、シリーズを通じた安定運用に課題があります。

 仕方なく、代わりにWi-Fiの電波を利用してテストしましたが、電波が届かない穴のような空間がコース上にあったり、ラグがあったりして、公正な競技運営には完璧さが求められるため、その水準に至らなかったとのことです。

 スーパー耐久ではFCYがありますが、こちらは完璧な速度監視をある種諦めて、区間タイムから制限を守ったか割り出して運用しているとのこと。この場合、FCY導入中の違反は概ね監視できますが、FCY開始時点で走っていたセクターは途中まで速く走っていたので、計算だけでは限界があります。

 みんながきちっと守っていればいいわけですが、メーカーが多額の予算をかけて参加するSUPER GTで曖昧な点が残ってシリーズの結果に影響するわけにはいかないので、完璧なものが求められるということです。


・ペナルティー

 SUPER GTではレース中の違反行為に対してペナルティーが発行されます。その種類はドライブスルーと10秒以上の停止ペナルティー、いずれも、掲示されたら3周以内にピットに入って消化しなければいけないものです。

 F1で導入されている、強制ピット無し、ピット作業時に消化するか、そうでなければレース後にタイム加算しても良い『タイム ペナルティー』は導入されていません。そのため、ペナルティーは最低のものでも結構重たい数十秒の時間を失う罰則となっています。

 2020年からは、不公正な方法(接触やコース外からの追い抜きなど)で順位を上げた場合に対して、順位の入れ替えを指示されるペナルティーが規則に盛り込まれましたが、映像を見る限りでは適用されていない模様。そもそも他のレースでは当たり前となっている、審議や審議結果に関する情報をテレビ視聴者に伝えることがされていないため、映ってないペナルティーもちょこちょことあります。改善してほしい点ですね^^;


 

 というわけで、ざっとSUPER GTの競技に関する色んなものを並べてみました。

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